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第20話 シデンの接触 |
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神殿に向かい、ロアは足を進める。 道の左右には、見上げるほどに巨大な木。地面に生えた青々とした草。青色や白、黄色などの淡くきれいな花。小さな畑には野菜が植えられている。極寒吹雪の中にある世界とは思えなかった。凄まじく強大な力が、この世界を維持している。 「最果ての世界か……」 ロアは静かに足を進める。アルニは、ハイロに預けてある。黒い妖精を連れた灰色髪の男に預けておけば問題は起こらない。町長に言われた言葉だった。アルニについては心配はいらないだろう。ハイロもイベリスも、真面目でしっかり者だ。 不意に、頭上に感じる淡い殺気のようなもの。 「おっと」 ロアは左足で地面を蹴って、軽く右に跳んだ。腰に差した剣の柄に一応右手を添える。ここで武器を使うことはないが、念のためだった。 とすっ。 軽い音とともに、小さな人影が地面に落ちた。そのまま尻餅をつく。 「着地失敗……残念」 呻きながら起き上がり、手で上着に付いた埃を払っている。 身長六十センチにも満たない、小さな少女だった。 見た目は十代半ば。無感情――というよりも機械的な黄色い瞳で、左目が白い眼帯に覆われている。肩の辺りで切った外跳ね気味の紫色の髪。服装はコートのような丈の長い薄紫色の上着に、白いショートパンツ。上着にはあちこちに歯車が意匠されている。何かの象徴なのかもしれない。 「君は――」 ロアは息を止め、少女を見下ろした。 少女は無感情な黄色い瞳をロアに向け、簡単に挨拶をする。 「こんにちハ、外の世界の住人サン。ワタシは森の住人のシデン。よろしク」 「よろしく……」 他に言うこともなく、ロアは挨拶をかえした。右手を剣の柄から離す。武器を必要とするような相手でも無いだろう。 ただ、気になる事がひとつ。 「って、今何しようとしてた? 木の上から飛び降りてきたけど」 見上げると、道の上に木の枝が張り出していた。地面から、五メートルくらいの高さだろう。シデンはそこからロアめがけて飛び降りてきていた。 同じように枝を見上げるシデン。 「そこの木の枝からアナタの肩に飛び乗ろうとしたケド、失敗。思ったよりも反射神経が良くて、避けられてしまっタ。残念……」 と肩を落とす。落ち込んでいるような仕草をしているものの、口調や表情は変わっていない。しかし、一応落ち込んでいると見ていいのだろう。 苦笑いをしながら、ロアは告げた。 「普通は避けるって」 「むぅ……」 唇を少し曲げ、シデンが見上げてきた。黄色い瞳で、自分の三倍ほどの大きさの人間を見上げる。それは何とも奇妙な感覚だった。 「外の世界の住人というのは、ワタシが想像していたよりも普通に見えル」 ロアを見上げたまま、そう感想を口にする。 「君は外の世界に興味があるようだけど」 ロアが気になってそう訪ねた。最果ての住人には、外の世界に興味を持つ者が多い。そう教えられている。実際、自分が同じ立場ならば、強い興味を持つだろう。 シデンは一度眼を閉じ、黄色い眼を横に向けた。その視線の先にあるのは、森ではなく、最果ての最果て。猛吹雪の結界。そして、猛吹雪の外にある世界。 「もし可能なら、ワタシはこの最果ての世界から外に出てみたいと考えていル。でも、この最果ての世界は猛吹雪に包まれていル。入るのも出るのも不可能……。なのに、あなたはどうやって、あの吹雪を越えてきたノ?」 「悪いけど、それは言えないんだ」 シデンの問いに、ロアはそう答えた。最果ての住人に外の事を教えてはいけない。何度もそう忠告されている。 「そう。分かっていタ」 シデンはあっさりと引き下がる。外の情報を喋れないことは百も承知だろう。 一度下を向いてから、シデンは再びロアを見上げた。 「ひとつお願いがあル」 「お願い?」 じっとシデンを見つめ返す。眼を見れば大体考えている事が分かるものだ。しかし、シデンの黄色い瞳は、一切の感情を映すことなくロアを見つめている。 それから、シデンは口を開いた。 「あなたの肩に乗せて欲しイ。肩車をして欲しイ」 「肩車……? それくらいならいいけど」 予想外の頼みにいくらか戸惑いつつも、ロアは承諾した。肩車。主に子供を肩に座らせるように担ぐ行為を意味する。単純な遊びだったり、高いところのものを取るためだったり、用法は色々とあった。 ロアはシデンの前に腰を屈めた。 左手を差し出すと、 「失礼すル」 シデンが地面を蹴って、ロアの左手に片足を乗せた。さらに、足を蹴って、頭を掴み自分の身体を持ち上げる。するりと慣れた動きで身体を登り、シデンはロアの肩に腰を下ろした。紫色のコートが揺れる。 「うン……」 両手でロアの頭を掴み、満足げに頷いていた。 ロアはその場に立ち上がった。シデン。身長六十センチ未満の小さな身体だが、体格に比べると体重は大きいかもしれない。 「歩いてみテ」 「ああ」 言われた通りに、ロアは足を進める。 最初の予定通り神殿に向かう道。平たい石の敷かれたきれいな道だ。きれいに手入れされているようで、石の隙間からは雑草一本生えていない。最果ては街も森も、まるで全てが作り物のような空気がある。実際、非常によくできた作り物なのだろう。 思索は顔にも出さず、ロアは肩に跨ったシデンに声を掛けた。 「どんな感じ?」 「なかなか乗り心地は良好……。九十五点。現在二位。おめでとウ」 「ありがとう」 与えられた得点に、とりあえず礼を言う。基準が不明だが、ロアは乗り心地がいいのだろう。ほとんど身体を揺らさない特殊な歩行法のおかげかもしれない。 「ん?」 ロアは足を止め、左に向き直った。 「お嬢おおおおおおおおおッ!」 大声で叫びながら、草地を全力疾走してくる黒い狼の姿だった。突進してくる狼というのはそれなりに野生の迫力があるのだが、この狼にそれはない。動物というよりも、人間的な必死さがにじみ出ていた。 「見つかってしまっタ……」 肩の上のシデンが、小さく呟いている。 |
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