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第21話 妖精は不思議


 皿に盛られた木の実。アサガオの種くらいの大きさで、色は薄茶色だ。
 皿の隣に腰を下ろしたアルニが手で実を掴み、それを口に入れている。ぽりぽりと小気味良い音とともに噛み砕かれていた。
「美味しいですねー。この木の実。わたしも今まで色々なもの食べてきましたけど、この木の実は初めて食べました。この森にしか生えていないんですか?」
 青い眼を僕に向け、訊いてくる。両足を伸ばして鞄を下ろし、自分の家のようにくつろいでいた。まだ一時間も経ってないけど、適応が早いみたい。
 テーブルの上に座ったアルニとイベリス。僕は椅子に座っていた。
「おそらく、この最果ての森だけに生えている」
 しかし、答えたのはイベリスだった。アルニの隣に座って、木の実を囓っている。
 ロアからアルニを預かった時から、ずっと傍らに付き添っていた。アルニが外の事を喋らないように見張っているらしい。アルニもそのことを理解しているのか、余計な事を口にすることはない。今のところは。
「近所のカロンさんが作っている。ただ、彼が作っているだけしかない」
 カロンは近所に住んでいる男だ。町には行かず、畑を耕して木やら野菜やらを気ままに育てている。どこから持ってきたのか、色々奇妙な植物が育っていた。自分が食べるだけでなく、近所に野菜や木の実をおすそわけしている。
 ちなみに、従者は白黒模様の鳥でアリアルという名前だ。
「ハイロさんは食べないんですか? 美味しいですよ」
 右手に持った実を持ち上げる。
「僕は苦手なんだ。イベリスは好きなんだけど」
 お茶の入ったコップを見せ、僕は苦笑いを返した。
 微かに苦みを含んだ甘さ。好きな人は好きなんだろうけど、僕はどうにも苦手である。逆にイベリスはこういうほろ苦系のものが好きなようだった。
「それは、残念ですね」
 ぽりぽりと木の実を食べるアルニ。青みを帯びた羽が少し下がった。
「にしても、アルニ……君は随分食べるよね。その身体のどこに食べたものが消えているか果てしなく疑問だ。イベリスも体積無視して食べるけど」
 気がつくと、小皿に盛ってあった木の実が半分以下にまで減っている。小さい身体なのに、アルニの食べる速度は結構なものだった。
「成長期だと思います」
 得意げに羽を伸ばし、アルニが言い切った。
 それは違うと思うけど……。
 思った事は言わず、黙ってお茶をすする。
「そういえば、アルニ」
 イベリスがふと口を開いた。
「はい。何でしょう?」
 アルニが顔を向けるのを見てから、続ける。
「ひとつ気になっていることがある。初めて会った時にあなたは、私の事を『姉さん』と勘違いしたけど。あなたのお姉さんは、どんな人なの?」
 赤い瞳で、じっとアルニを見つめた。初めてアルニを見た時、アルニはイベリスを姉と見間違えた。アルニの話を聞いても、全然似ていないようだけど。
 アルニは人差し指で頬を掻いてから天井を見上げる。
「えっと、髪は紫色で目は緑ですね。青と白の制服を着て三角帽子被って杖持ってます。ちょっとのんびり屋ですけど、真面目で礼儀正しい人ですよ。イベリスさんとは……そうですね、声がちょっと似ているかもしれません」
 やっぱり全然似てないよね?
 ため息混じりに僕はアルニを見つめる。アルニの言葉から想像した姿は、イベリスとは似ても似付かない。本人も自分が間違えた事を疑問に感じていたようだし。でも、もしかしたら、三角帽子が原因? イベリスも黒い三角帽子被ってるし。
 三角帽子のツバを指で摘み、イベリスが窓に目を向ける。
「機会があったら会ってみたい」
 そう呟いてから、付け足した。
「ここにいる限り会う事は無いと思うけど」
 興味はあるけど、無理。最果ての住人は外に出られない。この箱庭の世界を維持するルール。それを破れないことは、従者であるイベリス自身が一番理解している。
 吹雪の壁を思い出し、僕はお茶を飲み干した。
 残り少なくなった木の実を食べながら、アルニが首を傾げる。
「でも、姉さん今どこで何してるんでしょうね? どこかに行ったみたいですけど、それっきり音沙汰無しすし。元気にしているとは思いますけど」
「それは、いいのか? 姉妹が音信不通って、マズくない?」
 思わず僕は声を上げた。
 しかし、僕の心配をよそにアルニはあっさりと言った。
「わたしたちの間では割と普通ですよ。ふっと居なくなって、数年数十年戻らなかったりってよくあることですから。わたしも四年くらい故郷に戻っていませんでしたから。一番上の姉さんは三十年くらい連絡ありませんし」
 耳が言葉を聞き、頭がその意味を理解しようとして――いまいち理解できない。
 えっと、妖精の常識では長期間音信不通になるのはありふれたこと。アルニも四年故郷に戻っていない。一番上の姉、イベリスに似ているという姉とは別だろう。その姉は三十年くらい音信不通。
「三十年……。というか、君何歳? 一応、イベリスよりも年上に見えるけど」
 改めてアルニを見る。
 外跳ね気味の青いショートカットの髪の毛。青い瞳。紺色の上着と、膝丈のハーフパンツ。傍らには茶色い肩掛け鞄を置いている。見た目の年齢は十代半ばくらいだろうか。言動は子供っぽいけど、身体はそれなりに成長していると思う。
 最後の木の実を呑み込んでから、アルニは目線を斜め上に傾けた。
「うーん。妖精って外見と実年齢が一致しないんですよね。それに、年齢自体あんまり意味が無いものですし、わたしも自分が何歳なのかよく知らないんです。知らなくても特に困ったりはしないですから」
 と、あっけらかんと笑う。
「妖精は、不思議――」
 アルニの姿を眺めながら、イベリスがそう口にした。

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11/4/14