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第19話 アルニ来る


「よう。こんにちは」
 ドアを開けると、緑色の服を着た砂色の髪の男と、肩から鞄を下げた青い妖精の女の子が待っていた。ロアとアルニの二人組。前に見た時と変わらぬ姿である。
 僕は壁の時計を見てから、二人を見た。
「時間通りですね」
 宿屋の食堂が休みの日の、午前八時半。時計はきっちりと八時半を示している。食堂で働いている時に、ロアから言われた時間だった。
「いらっしゃい」
 イベリスが二人を眺め、小さく挨拶をする。
「お久しぶりです、ハイロさん、イベリスさん」
「久しぶり。変わらず元気そうで何より」
 元気に声を上げるアルニを眺め、僕は笑った。僕の周りにいる人は、みんな感情が薄いから、こういう感情豊かな子は新鮮だった。
 ロアが右手を持ち上げる。
「さっそくだけど、こないだの約束をお願いしたい。しばらくアルニを預かって欲しい」
「分かりました」
 僕は素直に頷いた。
 先日の約束。僕がアルニを預かること。どうやら、街の町長から直接指名があったらしい。アルニを預ける相手は、妖精の女の子を連れた灰色の髪の森の住人、と。その条件に合致するのは、僕しかいない。
 どうして指名されたかは、よく分からないけど。
「よろしくお願いします!」
「よろしく」
 頭を下げるアルニに、僕は頷いた。
 イベリスは赤い瞳をアルニに向けたまま、三角帽子のツバを軽く撫でる。挨拶?
 僕はロアに尋ねた。
「それで、いつ頃迎えに来ます?」
 アルニを預けるとは頼まれているけど、いつまで預かるというのはまだ聞いていない。そう何日もってわけじゃないと思ったから、聞きそびれてしまったんだけど。
「今回は……明日の昼くらいになりそうだな」
 首を捻りながら、ロアが曖昧に口を動かす。
 本人も自信が無いっぽい。
「何しに行くんですか?」
「それは言えない」
 僕の問いに、ロアはため息混じりに答えた。
「オレ自身、何をするかは聞いてないからな。ただ、明日の昼くらいまで掛かるらしいとだけ言われてる。それより早くなるかもしれないし、遅くなるかもしれない」
 なるほど。よく分からない。
 教授の所というと、あの神殿か。僕も最初あそこで目が覚めたきり、行っていない。特に行く用事も無いからだ。あの場所で教授が何をしているのかも知らない。イベリスに訊いてみても、知らないらしい。
 イベリスの傍らまで移動したアルニに、ロアが声を掛ける。
「じゃ、アルニ。大人しく待ってるんだぞ」
「はい。分かりました。ロアさんも安心して用事を片付けてきて下さい」
 アルニが右手を上げて応じた。
「あと、外のことは話すんじゃないぞ」
 続けて釘を刺すロアに、アルニは苦笑いを見せる。
「分かってますよ。心配しないで下さい。わたしたち外の者は、最果ての中の住人、特に森の住人に外のことを教えてはいけない。そういうルールですよね?」
 と、イベリスを見た。快活な青い瞳で。
 無言で頷くイベリス。どこか眠そうな瞳でアルニを眺めているけど、その顔から何を考えているかは読み取れなかった。
「ハイロもあまり訊かないでくれ。アルニは口が軽いから」
「分かってます」
 ロアの言葉に、僕も頷く。
 中の住人は外の事を知ってはいけない。理由は分からない。イベリスもクロノもみんなルールという一言で済ましてしまう。ロアを見る限り、特別外に知られてはいけないものがあるとも思えないけど……案外、理由は無かったりして。
「イベリス」
「何?」
 声をかけられ、イベリスが淡々と赤い瞳をロアに向ける。
「アルニが口滑らせそうになったら、口塞いでくれよ」
「大丈夫。その点は心配しないで……。私も"従者"だから、"主"のことはしっかり面倒を見る。彼女が口を滑らせそうになったら、口を塞ぐ」
「あう、信用無いですね、わたし……」
 両手を垂らし、二十センチほど落ちるアルニ。
 苦笑いしながら、それを眺める僕。でも、掛ける言葉が無い。アルニ本人だけじゃなくて、預かる相手とその従者にまで、きっちり釘刺していくんだからな。
「仕方ないだろ」
 両手の人差し指をつんつんさせるアルニに、乾いた笑顔を向けるロア。
「じゃ、行儀良くしてるんだぞ、アルニ」
「それでは、ロアさんも頑張って下さい」
 落ち込んだ様子もすぐに引っ込め、アルニが元気に声を出した。

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11/3/8