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第18話 シデンの好奇心


 街から森へと続く道を歩いていく。
 僕の傍らにはイベリスが音もなく飛んでいた。横ではクロノと、クロノに乗ったシデンがいる。白い石畳が敷かれた道を歩いていた。
 シデンの脇には文庫本が一冊抱えられている。
「それ、食べるのか?」
「今日の晩ご飯」
 ごく当然とばかりに、シデンが答えた。僕たちは何でも食べられて、シデンは本類を主食としている。実際、朝食べているのを見た。でも、いまだに半信半疑だ。僕はまだ普通の食べ物以外を口に入れてないからなぁ……。
 日は傾き、空は夕方の色に染まっている。森の住人が街にいられる時間は、決まっているらしい。日没以降は特別が用事が無い限り、街にいてはいけない。
「外からの人間が来たってのが話題になってる」
 クロノが呟いた。尻尾を垂らしたまま、目蓋を少し下げている。
 僕は一度頷いて、答えた。
「ロアって人と、アルニって妖精だった」
 緑の服を着た剣士と、青い妖精の女の子。外から来た人間として、かなり騒ぎになっているようだった。外から人が来るのは、本当に久しぶりのようである。
 クロノの背から、シデンが僕に黄色い右目を向けてきた。
「ワタシはまだ顔を見ていなイ。機会があったらお話をしてみたイ。外の事とか色々教えてくれるカモ……」
 それに答えたのは、イベリスだった。赤い瞳でシデンを見下ろしている。指先で三角帽子のツバを動かし、口を開いた。
「彼は外の事を教えてはいけないと言われている。下手に話すとよくないことが起こる。この最果ての住人が、外の事を無闇に知ろうとしてはいけない」
「そう。でも、気になル」
 無感情のまま、シデンが続ける。表情は変わらず、声もいつもの淡々としたもの。しかし、ロアとアルニにかなり興味を持っているようだった。
 紫色の空に、橙色に染まった雲が浮かんでいる。今は大体六時過ぎ。辺りはさきほどよりも暗くなっていた。もうしばらくすれば、日が暮れる夜の闇が訪れるだろう。
「会うのは構わないけど、外の事を無闇に訊くな」
 吐息してから、クロノが呻く。忠告するように。
「お嬢。悪いけど、これは俺も妥協出来ないんだよ。不用意な行動を取るっていうなら、ちょっとマジで捕まえさせてもらう」
 微かに口端を持ち上げ、白い牙を除かせた。そう告げる口調はいつもとは違う。声に込められた本気。黒い目に、鋭い光が灯っていた。シデンが不用意な事をする気なら、おそらく本気でロアとの接触を阻むだろう。
「あなたが、そんな事言うなんて珍しイ」
 クロノの頭を右手で撫でながら、シデンが驚いている。
「一応、お嬢の従者だから……」
 目から鋭い光を消し、クロノが横を向いた。
 それから僕を見上げてくる。
「お前はそのロアってのの連れの妖精預かるんだってな」
 探るような光を灯し、微かに目蓋を下げた。まだクロノにはその事を言ってないはずなんだけど、誰かから聞いたのだろう。噂というものは、広がるのが早い。
 僕は頭をかいてから、両手を広げて見せた。
「そういうことになってるみたい。いつから預かるかってのは、まだ聞いてないけど、僕の家を教えてからそのうち来ると思う」
 正直に告げる。隠す事でもないし。
 クロノは尻尾を動かしながら、首を捻った。
「しかし……、何でお前なんだ?」
「イベリスを連れているかラじゃないかしラ?」
 シデンが僕の傍らに浮かぶイベリスを見上げる。
 今のところ、最果ての森で妖精の従者を連れているのは、僕だけのようだ。動物や鳥だったたり、羽の無い小人だったり、ぬいぐるみだったり、生物か分からない四角い物体だったり。従者の容姿に一貫性は無いけど、羽の生えた小さな女の子を従者にしているのは僕だけらしい。
「そうかもしれない。違うかもしれない」
 イベリスが曖昧な答えを返す。
 僕が"妖精"を連れているから、自分が連れている妖精を預ける。普通に考えればそれが無難な答えだけど。違うからといって、何があるかけでもないかな。
「アルニって、どんな子だっタ?」
 続けて質問するシデン。
 僕は片目を瞑った。僕の前に現れ、色々お喋りをした記憶を思い返す。アルニを預かるという約束をしてからも、ロアとともに少し話し込んでいた。
「青い妖精だったな。元気そうな印象だ」
「私とは性格の方向性が逆に見える。気が合うかもしれない」
 それぞれ答えを口にする。
 シデンは顎に指を添え、右目を横に向けた。少し考えてから、
「あなたの所ニ、そのアルニって子か来たら、見に行かせてもらウ。外の事は訊かないかラ。その程度なら問題ないと思ウ」
 と、クロノを見る。
 いくらか考えてから、クロノはため息をついた。
「その程度だったらな」

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11/2/28