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第17話 砂色の髪の剣士


「その"ロアさん"って誰なんだ?」
 店の外に目を向けるアルニに、僕は尋ねた。
 さきほどから何度か口にしている名前。アルニと同じく外の住人だろう。口振りや目の動きからするに、妖精などではなく普通の人間だと思う。
 アルニが僕の方に向き直る。
「わたしと一緒に旅をしている人間の剣士です。以前迷っているところを助けて貰いまして、それからずっと一緒に旅をしています。優しいですし、頼りにある人ですよ」
 と、微笑んだ。
「大変みたいね」
 赤い瞳でアルニを見ながら、イベリスが呟く。感情が読めないので、どう考えているかは分からなかった。でも、アルニの表情から苦労を読み取ったらしい。
「色々ありましたよー。何度死にかけたことか……」
 腕組みをして、しんみりと頷くアルニ。
 僕は続けて尋ねた。
「アルニたちは、ここに何しに来たんだ?」
「それはですね……」
 左上を眺めながら、アルニが口を開く。
 それを見計らったかのように、声が聞こえてきた。
「アルニ」
「あ、ロアさん」
 入り口から入ってきた男。年格好は僕と同じくらいだろう。体格は中肉中背。背中まで伸ばした砂色の髪と、どこか眠そうな青い瞳で、眼鏡を掛けている。服装は草色の上着とズボン、編上げのブーツ。荷物の詰まった鞄を背負い、腰に剣を差していた。
「探したぞ……」
 アルニに向かい、そう声を掛ける。
「すみません」
 苦笑いをしながら、アルニが頭を下げた。
 ロアはそれ以上何かを言うつもりは無いらしく、僕に視線を移した。イベリスやシデンのように無感情というわけではないけど、いまいち思考の読みにくい青い瞳。
「えっと、あんたは宿の人か?」
「いや、料理係です。店主は買い物に出掛けてます」
 エプロンを示しながら、僕は答えた。
「じゃ、店主が来るまで少し待たせてもらう」
 適当な椅子を引き、ロアがそこに腰を下ろした。
 まだ開店時間前だけど、水とか出した方がいいかな? 一応お客ってことだし。そう判断して、僕は厨房に移動。コップに氷水を注いで、トレイに乗せて戻ってくる。
 ロアの前に水を置きながら、
「外から来たってアルニが言ってましたけど?」
「ちょっと用事があってな。ああ、外の事は中の人間には伝えるなって言われてるから、それを聞かれても答えられないぞ」
「はい」
 頷く。
 コップの水を一口飲んでから、ロアが目を動かした。
 僕の傍らに浮かんでいるイベリスを眺める。
「その子は、妖精か……?」
 青い目に映る疑問の色。
 イベリスは空中に留まったまま、軽く会釈をした。
「はじめまして。私はイベリス。彼の従者。妖精――ではないと思う」
 ロアがアルニに視線で問いかける。
 アルニは一度首を傾げてから、水色の髪の毛を手で梳いた。
「……そうですねぇ。姿形は妖精と似ていますけど、少なくともわたしと同じ種類の妖精ではないと思いますよ。雰囲気が違いますし、妖精の魔力も持っていませんし。もしかしたら、他の種類の妖精かもしれませんけど」
 イベリスを見る。
 イベリスは表情を変えぬまま、アルニの言葉を聞いていた。
 同じ種類って言ってたけど、妖精って種類があるんだろうか? 僕が見た妖精はイベリスとアルニだけ。しかも、イベイスは本物の妖精ではないみたいだし。
「そうか……ふむ」
 考え込むように視線を下ろしてから、
「ええと、あんたは森の住人だよな?」
「ハイロと言います」
 僕は自己紹介をした。
「うむ……」
 再び顎に手を当て考え込むロア。
 数秒してから、何かを決心したように頷いた。
「すまないけど、ちょっとあんたの家を教えて貰えないかな? 今すぐってわけじゃないけど、しばらくアルニを預かって欲しいんだ」
「え、この子を?」
 僕は驚いてアルニを見る。元気そうな青い妖精の女の子。
 アルニ自身は少し驚いているけど、僕ほどではない。あらかじめ話を聞かされていたんだろう。イベリスは無表情のままアルニを見ている。
「全部は話せないんだが、俺は森の教授の所に用があるんだ。でも、一人で来るようにと言われているからアルニは連れて行けない。町長にその事話たら、妖精連れてるヤツに預けるのが適当じゃないかって言われてな」
「町長って?」
 気になった単語に、僕はイベリスを見た。
「教授は森の教授、町長は街の町長。このサイハテの世界を管理している人たち」
「引き受けてくれるか?」
 ロアの問いに、僕は少し迷ってから、
「構いませんよ」
「ありがとう」
 安心したようにロアが礼を言ってきた。

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11/2/17