Index Top 第8話 夢は現実、現実は夢

第13章 虹色の旋風


 静かに、決然と放たれた号令によって。
『突撃いいイイイ!』
 大音声とともに、整列していた大量の分身が突撃を始める。四枚の羽を広げ、空中を滑るように。様々な色彩の少女が並んだ虹色の津波。色とりどりの妖精が一斉に移動する光景は、ひどく現実味が無く、そして現実離れして幻想的だった。
 しかし、攻撃対象である一樹は、感動している暇も無いだろう。
「え? ちょっ、と……」
 押し寄せる虹色の大群に、思考を停止させて狼狽える。
 カルミアの分身たちは、それぞれ両手で持った杖を構え。
 ガゴゲシガッ!
 容赦無く一樹に叩き付けた。数は多いのに、不思議と身体や杖は重なっていない。振下ろす、払う、振り上げる、突く。およそ二十の打撃が一樹へと叩き込まれる。
「か、ぁッ!」
 口と鼻から血を吹き出しながら、一樹が吹っ飛んだ。壊れた眼鏡と潰れた緑色のシルクハットが床に落ちる。カルミアの杖は金属製だが重くはない。重さは無いが、硬さは紛れもなく金属である。力任せに叩き付ければ十分な凶器だ。
「あらら……」
 他人事のように、結奈は目を逸らす。
 今までの苦労が無駄に思える快進撃だった。
 一樹が床に落ちるよりも早く、十数体の分身が追撃している。
「とりゃああぁァァァ!」
 かけ声とともに構えた杖を振り抜き、一樹を真上へと叩き上げる。客席の中央、床から二十メートルほどまで。既に一樹には思考らしい思考は残っていないようだった。
 カルミアの分身たちが一度客席全体へと散らばり、空中への一樹へと突進していく。
 赤、青、緑、紫、黄色、橙、白、黒、茶色、灰色――
 鮮やかな髪の毛が空中に翻っている。色とりどりの妖精が空中を移動する様子は、虹色の渦のようだ。その中央にいるのは、無抵抗となった一樹。
 分身たちが杖を構えた。
「ヤあああァァッ!」
 裂帛の気合いから、一斉に襲いかかる。
 ガゴガツガキゴゥガッゲシガス……!
 立て続けに響く鈍い音。カルミアの分身たちが前後左右上下、全方向から杖を叩き付けた。攻撃を終えた分身は、そのまま消えているらしい。攻撃から間髪容れず、次の分身が杖を叩き付けていく。離脱の隙間が無いため、攻撃の間断が無い。人一人殴り倒すのに十分な打撃を全身に一千以上。
 一分ほどして分身が全員消え、一樹の姿も消えていた。
「勝ちました!」
 一人だけ残ったカルミアが、得意げに杖を持ち上げる。結奈の立っている舞台の上に両足で降りて羽を下ろした。
 弓矢を持ったまま、結奈は改めて周囲に意識を向ける。
 周囲に一樹の気配は残っていない。攻撃を受けた振りをして隠れたということはないだろう。一樹の反応は、演技ではなく素だった。誘導のために一樹の上着に貼り付けておいた黒鬼蟲が、落ちていくのが感じ取れる。
「人が苦労しているのに、それをあっさり覆して……。しかも、素人だからやることエゲツないわ。多重分身から金属の杖でタコ殴りなんて」
 ジト眼でカルミアを見つめ、呻く。
 オーバーキルと呼べる攻撃だった。経験者ならば必要なだけの攻撃で終わらせるが、素人は加減が分からず過剰な攻撃をしてしまうことがままある。
「数は力って、飛影辺りの考え?」
「はい」
 結奈の方へと歩きながら、カルミアは笑顔で頷いた。
「そう……」
 ため息をついて納得する。
 戦術や駆け引きというのは、自分の力不足を補うために行う。相手を圧倒できる数や力があれば、小細工は必要ない。小細工無用に強い者というは、滅多にいないが。
「ところで」
 矢を構成していた蟲を体内に戻し、結奈はカルミアに目を戻した。
 両手で杖を握ったまま、興味津々な様子で辺りを観察しているカルミア。身体のサイズが変わると、景色も変わるのだろう。その身長はおよそ百六十センチで、頭に乗せた三角帽子を含めると百八十近くなる。顔立ちは二十歳くらいのものだろうか。身体も相応に凹凸ができている。
「あなた……成長してない? 大人びいたというか」
 改めて観察しつつ、結奈は尋ねた。カルミアの今の姿と普段の姿が重ならない。普段は十代前半の容姿なのに、今は二十歳前後の容姿になっている。
 カルミアが結奈に目を戻してから、右手を胸に当てた。自分を示すように。
「成長というか、この身体の寸法はユイナさんですから。わたしの元の体格よりも大人になっています。以前、感覚交換でユイナさんの身体を使わせてもらったので、その感覚をそのまま使ってみました」
「あったわねー、そんなこと」
 明後日の方を向きながら、結奈は適当に頷く。
 目見当で計算してみると、確かにカルミアの体格は自分と同じだ。記憶にあった人間の身体の大きさと動きをそのまま使ったのだろう。妖精の身体を大きくしたのでは、体感時間の歪みが酷くなってしまう。
 カルミアの疑問は片付いたので、結奈は次の疑問を口にした。
「一樹も倒したし、どうしようか?」
「カズキさんを倒した後のこと、何も考えていませんでしたね」
 緑色の瞳を劇場に向けながら、カルミアも首を傾げている。
 どこかに扉や入り口などが現れる。今までの流れはそうだった。仕掛けや敵を片付けると、行き先が現れる。だが、この劇場に変化は無い。
「どうしましょう?」
 尋ねてくるカルミアに、結奈は一度視線を一回転させてから、
「何とかできない? 今のあなた、かなり自由度高いみたいだから」
「やってみます」
 頷いて、カルミアは意識を集中するように目を閉じた。


 ガラスの迷路を抜けた先は、灰色の部屋だった。
 床も壁も天井も灰色一色で、広さは体育館くらい。窓や扉もなく、無味乾燥な空間だった。暑くもなく寒くもなく、音もない。刺激の少ない場所である。
 凉子と沙夜は静かにその空間を進んでいた。
「いらっしゃい、お二方」
 掛けられた声に、凉子は三本の刀を構える。
 音もなく、その場に現れた鬼門寺智也。きれいな黒髪と整った顔立ち。フレームの無い眼鏡を掛けた長身の好青年だ。半袖のワイシャツと黒いジーンズという恰好で、挨拶するように右手を持ち上げている。敵意や殺気は無い。
 漫画研究部部長という肩書きには相応しくない、爽やか好青年だった。
「まさかここまで来るとは思わなかったよ。してやられたもんだ」
 ぺしりと自分の額を叩く智也。
「智也さん」
 凉子は気付かれないように攻撃態勢へと移る。
 それを知ってか知らずか、智也は腕組みをしながら、
「風無凉子さん。死神……という話だけど、まさか僕の魂を刈り取りにきたのかい? 一応死ぬはずだったみたいだけど。あと、死神というとこういう大鎌を――」
 持ち上げた右手に大鎌が現れる。
 絵に描いたような死神の大鎌だった。二メートルくらいの柄に、内側に湾曲した百五十センチほどの刃が取り付けられている。
「持っているイメージあるんだけど」
「得物が鎌なのは、主にキリスト教圏の死神ですよ。日本でそういう大きくて扱いにくい乖霊刃持っている人は普通いません。……支給品の乖霊刃に大鎌頼んで苦労してる人は何人か知ってますけど」
 猫耳を伏せつつ、凉子は頬のヒゲを微かに揺らした。
 正式な死神の証しとして、一人一振り乖霊刃が渡される。その形状は、本人の自由だ。多くは短く扱いやすい形を取るが、大太刀や大鎌などを頼む無謀者も稀にいる。その場合は、大抵その大きさから扱いに苦労していた。
 凉子の親戚にその無謀者の一人がいる。
「そうなんだ」
 頷いて、智也は大鎌を片手で振り抜いた。
 音もなく近づいていた折り紙の蝶――沙夜が上下真っ二つに裂ける。
 そして。
 裂けた切れ目から、男の右腕が伸びて智也の顔面を鷲掴みにした。淡い白光が瞬く。霊力に似ているが、それとは違うどこか堅い光だった。
「にゃぁ」
 脈絡のない出来事に、凉子はただ固まる。
「慎一か……!」
 智也が現れた手を掴み返した。
 大鎌が床に落ちることなく消える。腕の主は慎一だった。後ろに下がった智也に引っ張られるように、白い上衣を纏った上半身が現れる。
「こう来るとは思わなかったよ!」
 智也が顔を掴んでいた手を引き剥がした。
 右手を引っ込め、慎一が左手で身体を隙間から引っ張り出す。手で何もない空間を掴んだように見えたが、よく分からなかった。紺色の馬乗袴を穿いた下半身が現れる。
「第一目的終了、と」
 灰色の地面に両足で降りる慎一。腰には打刀と脇差を差していた。
 智也が手から逃れて後ろに下がる。

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