Index Top 第8話 夢は現実、現実は夢

第14章 切り札を全部


 そこは、音もない灰色の広い空間だった。話によると、精神の一番深い部分らしい。
 乖霊刃三本を構えた凉子、斬られた部分をくっつけて元に戻っている折り紙の蝶、十メートルほどの距離を取り緩く構えている智也。
 それらを順番に眺めてから、慎一は左手を刀の柄に置いた。
「今ので、ぼくの情報を写し取ったのかい?」
「ええ。これで第一目的は達成しました」
 智也の問いに、隠すことなく頷く。
 たった今、慎一は逆式合成術によって、智也の持つ夢の魔物を写し取った。魔物の情報は、既に現実へと書き出されている。この情報は後日解析されるだろう。現実に干渉できない智也では、現実に持ち出された情報を止める手段はない。
「第一……ということは、第二、第三もあるということ?」
 両腕を組み、智也が小さく笑みを浮かべた。
 小さく吐息してから、慎一は間を作るように背後を見やる。凉子が三本の刀を構えたまま、困ったように首を傾げていた。置いてきぼりを食らっている。
 智也へと目を戻しながら、答えた。
「第二目的は邪術の封印です。つまり、鬼門寺さんが夢の幻術世界に他人を引き込むこの力を、一生使えないようにします。危険な力ですからね、これ」
 他者を自分の作る夢の中に引き込む。色々と制約は多いようだが、それでも十分に危険な能力だ。この力を使い慣れれば、他人の精神操作も可能だろう。また、邪術は可能な限り封じるというのが、退魔師協会の方針である。
「なるほど」
 頷いてから、智也が左へと歩き出した。灰色の壁や天井が崩れる。
 灰色の空間が消えた後には、ホテルの中庭があった。芝生や植木、簡単なオブジェなどが見える。ただ、実物の中庭よりも三倍くらいの広さがあった。
 深層部まで食い込んでいた意識の接続が切られたのだろう。
 四歩動いたところで、組んでいた腕を広げて、
「断ると言ったら」
「説得失敗ということで、力尽くで封じます」
 腰を引き、左手で鞘を押さえ、右手で刀を抜く。一級破魔刀・夜叉丸。刃渡りは二尺六分。微かに蒼味を帯びた刀身からは、禍々しい気配を放っていた。ここにあるものは現実の刀ではないが、逆式合成術によって実物と繋がっているため、その力をそのまま夢の世界へと映し出すことができる。
「既にその封印は半分くらいかけられているようだけど……」
 苦笑しつつ、智也は辺りを示した。
 封印術はすでに掛けられている。折り紙の蝶を斬り、慎一が魔物の情報を写し取った瞬間、完全に隙ができたところに、沙夜が封印を施したのだ。意識にかける封印術は、日暈よりも河音の方が得意である。
 ゆっくりと重心を移動させながら、慎一は告げた。
「外からの封印は行いました。あとは、内からの封印を行えば完了です。この夢の世界が消えれば封印は完全に終わります。おとなしく終わらせて貰えれば、僕としても手間が掛からずありがたいのですけど」
 相手が理性を保った人間であるため、問答無用で封印というわけにもいかない。一応説得は必要である。既に封印の術式は実行されていて、事後承諾に近いものだが、事を荒立てずに終わらせられるなら、それに越したことはない。
 もっとも、上手く行くとは思っていない。
「抵抗したら、何かペナルティあるかい?」
「ありません」
 事実を答える。
 智也の右手に現れる両手剣。
「なら、存分に抵抗させてもらうよ!」
 慎一は右手を開いた。握っていた刀が切先から地面に落ちていく。
 智也がそれに気を取られた瞬間、慎一の脇を駆け抜け凉子が智也へと迫った。両手にそれぞれ一本、尻尾に一本の乖霊刃を構え、瞬身の術によって間合いを一気に詰める。黄色い猫目を見開き、長い黒髪をひらめかせながら。
 迎え撃つように剣を振り下ろす智也だが、
「三刀破壊・刃断!」
 左手と尻尾の刀が左から剣を受け止める。と同時に破鉄の術を帯びた右手の刀が、右側から剣の腹に叩き付けられた。相手の動きを利用し、さらに三本の刀を使い、強度の低い側面へと衝撃を直撃させている。見た目とは裏腹に、よくできた技だ。
 澄んだ音とともに剣が折れる。
「む……」
 顔をしかめ後退する智也。
 しかし、凉子の方が速い。
「三刀疾駆・三清流!」
 流れるような三閃。縮地の術による瞬間加速から、三本を同時に閃かせていた。振り抜かれた刃が、智也の首と胸と足を斬っている。切断するには至らないが、骨に達するほどの深手を与えていた。
 傷口から血を吹き出しながら、智也が倒れる。
「どうですか、私の三刀剣術?」
 振り向きながら、凉子が得意げに鼻を鳴らす。
「一発芸も極めれば必殺技か。思っていたより凄いよ」
 賞賛半分、呆れ半分で慎一は答えた。印を結び終わり、両手を合わせて術式に堅力と剣気を流し込む。術式構成に必要な四秒は終わった。
「両手に二本、尻尾に一本。……変な三刀流だなぁ」
 流血はそのままに智也が立ち上がる。現実ではないので、致命傷の身体だろうとごく普通に動かす事ができるのだ。手で傷口をぬぐうと、それだけで傷が消える。
「刀絡みそうだけど、大丈夫なの?」
「慣れです。あと、愛です」
 智也の疑問に、凉子は胸を張ってやたらきっぱりと答えた。
 何と言うべきか迷ったのだろう。少し視線を泳がせてから、智也が目を向けてくる。
「さっきから何かしてたようだけど?」
「口寄せ・玄室瘴門」
 地面に刺さった刀から、青黒い霞が現れた。見るからに禍々しい毒の霞。
 その場の空気が一変する。
「……何をする気だ、慎一?」
 露骨に警戒心を見せる智也。
 答えぬまま、慎一は刀を掴み正眼に構えた。刀から湧き出た霞が、手から体内へと流れ込んでいく。日暈宗家が収める太古のマガツカミを封じた鉄剣。その鉄剣の封じられた玄室の瘴気を口寄せする。破魔刀夜叉丸はその媒介だった。
 全てを朽ちさせる瘴気を操る、瘴術と呼ばれる特殊術。高い爆発力を持つ合成術、高い強度を持つ逆式合成術。これら三種類の術を使いこなすのが、日暈流戦術の基本であり完成系である。味方にも影響が出る瘴術は使われないことも多い。
 夢の世界なので予行練習のようなものだが、その力は本物である。
「凉子、今すぐ離れろ」
「はいィ!」
 慎一の言葉よりも早く、凉子が慌てて逃げていった。蒼黒い瘴気が、空間を浸食していく。触れるだけで生命力を削り取る猛毒だ。
 一度距離を取るように、智也はホテルの屋上へと飛び上がる。
 飛翔の術で跳び上がり、慎一は中庭を挟んだ反対側の屋上へと移動した。
 夜空には無数の星が輝いている。星座の形も分からないほどに。潮の香りのする風が吹いていた。このような状況でなかったら、夜空を眺めることもできただろう。
 足元に流れる瘴気が、コンクリートを目に見える速度で風化させていく。
「何を企んでいる?」
 眼鏡を持ち上げ、智也が訝る。
 慎一は首を傾げてから、正直に答えた。
「そうですね。こう好き勝手戦える状況というのが珍しいので、鬼門寺さんがどこまでやるか、僕がどこまで出来るか、試してみたくなりまして。どのみち勝敗の見えた戦い、あとは好きにやらせてもらいますよ」
 口元に笑みが浮かぶのが自分でも分かる。
 刀の鍔元から切先まで、白い輝きが走った。
 鎖旋刃。刃の表面に旋刃を走らせ、切れ味と破壊力を高める技法。剣気の火力と、堅力の硬度、瘴気の浸食力が重なり、その殺傷力は桁違いなものとなる。
「その決闘、乗った――! いでよ、機竜兵ドラグオン」
 智也の周囲に現れる数十の機械部品。それらが集まり、コックピットのようなものを作り上げた。さらに空中から現れた部品が集まり、組み上がり重厚な機械を構築していく。
「僕も始めよう」
 慎一は左手を自分の胸に当てた。心臓の上に刻まれた目に見えない術印。
「封気開放」
 胸に刻まれた術印から、大量の霊力と気が溢れてくる。余分なエネルギーを術印へと溜めておく技術だ。術力の貯金箱のようなもの。その貯金を開放すれば、術力総量はおよそ五倍となり、消耗を気にせず動けるようになる。
 続けて刀を持ったまま両手で印を結び、
「逆式合成術・意志雷迅」
 神経に痺れるような痛みが走った。雷術による反応速度の強化。事象と行動の時間差を可能な限りゼロに近づける技術である。奥義である未来予知が使えない身としては、反応速度を極限まで上げるしかない。
 さらに慎一は一度深呼吸をして、右手の親指を犬歯に引っかけた。
 歯を押すように、親指を下に引っ張る。
 ズン……。
 鈍い衝撃が身体を貫き、全身のリミッターが外された。日暈家の十八番である限開式。およそ十分間、全能力を数倍に跳ね上げる。だが、今回は封気開放により術力総量を増設しているため、限開式の持続時間は三十分近くなるだろう。
 静かに息を吐き出す。
 慎一の準備が終わった頃には、智也の準備も終わっていた。
「さて、気に入って貰えたかな?」
 智也の声が響く。
 作り上げられたのは、全長十五メートルほどの機械のドラゴンだった。漆黒の装甲を継ぎ合わせたような重厚で無骨な外見で、背中からは二枚の翼が広がっている。右手に刃渡り五メートルはある大剣を持ち、左手にはガトリング砲を装備していた。身体のあちこちには、ミサイルポットのようなものが見えた。見えない部分にも大量の武装を仕込んでいるのだろう。
「いわゆる"ぼくの考えた最強のロボット"だけど……だからこそ、本当に強いよ。遠慮も自重もしてないからね。覚悟はいいかな?」
 ドラゴンが右手の大剣を一振りする。空気が渦巻き、爆風のような風が吹き抜けた。
 上衣の袖や髪の毛が、激しく揺れる。
「相手にとって不足は無し」
 静かに答え。
 慎一は床を蹴った。

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