Index Top 第7話 臨海合宿

第4章 水着披露


「青い空、白い雲、蒼い海。ああ、海だなぁ」
 ビニールシートに体育座りをしながら、浩介はしみじみと呟いてた。熱さ除けの麦わら帽子をかぶり、服装はそのままである。
 長さ一キロほどの大きな海水浴場。浩介たちが場所を取ったのは、その端の方だった。近くには岩場が見える。時々テレビで見るような混雑っぷりはない。それでも人は多い方だろう。三枚のシートの上にジュースなどを入れたクーラーボックスが置かれ、浩介はパラソルの影に座って、海を眺めていた。
「それにしても暑いですねぇ。本当に身体焼けそうですよ」
 近くのクーラーボックスに留まっている小柄な烏。身体には薄い幾何学模様が走っている。背中には布製の鞘に収められたクナイを背負っていた。結奈が連れている憑喪神の少年、飛影である。浩介と一緒に留守番をしていた。
「君は海行かないの?」
 浩介が尋ねると、飛影は一度首を縦に動かし、
「オレ、刃物の憑喪神ですから、泳げないんですよ。水より重いから沈んじゃいますし。それに、海水は錆の原因にもなりますからね。今は術で守っていますけど、長時間潮風に当たるのも、あんまり身体によくないです」
「なるほど。大変なんだなぁ」
 麦わら帽子を押さえつつ、浩介はしみじみと頷いた。鋼にとっては塩水は天敵、刃物の憑喪神の飛影にとっても海水は身体によくないのだろう。
「ところで、浩介さんは何で着替えないんですか?」
「表向き眼の病気が治りかけだからってことにしてるけど……」
 飛影の問いに、浩介は苦笑いを見せた。部長たちにはそう説明してある。慎一に頼んで偽の診断書も作って貰ったが、そちらは使うこともなかった。
 もっとも、本当の理由は言うまでもない。自分を指差し、続ける。
「俺の身体知ってたら、分かるだろ? 結奈に凉子さんまで加わって、それで脳天気に泳げるほど、俺の神経は図太くないって。セクハラされるのヤだし」
「大変ですねぇ」
「あぁ。お互いにな……」
 二人で妙な親近感を覚える。
 聞こえてくるのは波の音と、浜辺にいる人たちの話し声。そして、砂を踏みしめる音。
「まあ、それで見逃すほど、あたしたちも甘くはないんだけどねー」
 後ろから聞こえてきた声に、浩介は息を止めた。
 振り向くと、結奈と凉子が立っている。
「お待たせ」
 にやりと不敵な笑みを浮かべた結奈。ほどよく日焼けした肌と、スタイルの良い身体。着ているのはビーチバレービキニだった。上が緑で下が白という色遣いは変わらない。ポニーテールはそのままで、額にオレンジ色のサンバイザーを付けている。
「あんたの予想通りのこと考えてるから、今のうちに覚悟決めておきなさい」
「いきなりそういうこと言っちゃ駄目だよ、結奈……」
 と、こちらは凉子。乾いた笑顔を見せている。
 こちらはワンピースタイプの水着だった。右側が白で左側が黒。表面の光沢からするに、ファッション性を持たせた競泳水着だろう。腰には太股丈の白いパレオを巻いている。プロポーションでは、凉子の方が結奈よりも上だった。
「ところで、浩介くん。どう、この水着? 似合ってる?」
 右手を腰に当て、左手を頭に当て、身体を曲げてみせる。ついでに、ウインク。挑発するようなポーズだ。高校生ほどの少女の水着姿をこうも近くで見ることはないだろう。ただ、思っていたよりも興奮はしない。
 二人の黒髪が潮風に揺れている。
(この身体になってから性欲が薄れてるんだな。何か張り合いないんだけど)
 浩介は心中で呟きつつ、無難な答えを口にした。
「似合ってるよ。でも、凉子さんって意外と背が高いんだな」
「まあね〜。今頃気づいたんだ?」
 得意げに胸を反らし、黒髪を掻き上げる凉子。大きな胸が強調される。本人曰く、身長は百六十七センチ。かなりの長身だ。
「いや、今まであんまり気にしてなかった」
「あたしと並ぶと時々凉子の方が年上に見られるのよねー」
 両腕を広げながら結奈がぼやく。身長だけなら、凉子は結奈よりも五センチほど高い。顔立ちは凉子の方が幼いので、よく見ればどちらが年上かは分かる。それでも間違えられることはあるだろう。実年齢は凉子が上ということはさておいて。
 音もなく辺りが影になる。空を見ると大きな雲が太陽を隠したようだった。
 視線を戻し、浩介は二人の腕や足を見つめた。
「それに、こうしてみると物凄い筋肉だな……二人とも。いや、他意はないけど」
 二人の筋肉量は女としては凄いものだった。もっとも筋肉女というほどではなく、動きやすい筋肉量。それでいて適度に脂肪もあり、無駄のない体躯を作り出していた。見る人が見れば、並外れた鍛錬を積んでいることが分かるだろう。
「何でそこに注目するのかしらねぇ?」
 呆れたようにサンバイザーを動かす結奈。
 雲が通り抜け、日差しが戻った。浜辺を影がゆっくりと移動しているのが見える。
「ところで飛影」
「ん?」
 声をかけられ、飛影が視線を上げた。
「あんた、大丈夫なの? 潮風は苦手だって言ってたけど」
「慎一さんに保護の術かけてもらってるから、今は大丈夫だよ。憑喪神用の保護結界だっていわれた。さすがに海水に浸かるとマズいけど」
 右の翼を持ち上げ、答える。飛影は慎一の家系にある術で憑喪神になったらしい。その当たりの手入れは、慎一の方が得意なのだろう。
 結奈は顎に手を当てて、目蓋を半分下ろす。
「あいつ飛影を手駒にしたわけね……」
「当然だと思うぞ」
 目蓋を下げながら、浩介は冷静に告げる。飛影は結奈よりも常識人なので、まともな考え方の持ち主に付くだろう。力不足が難点ではある。
 結奈はひょいと右手を伸ばしながら、
「そんなこと言ってると、今すぐ剥いちゃうわ――」
 ゴウッ。
 凄まじい風切り音を唸らせ、目の前を何かが通り過ぎる。回転しながら結奈の指先を掠めた薄い影。もう少し指を出していたら、手が砕けていただろう。
 続けて重い音が響いた。
 そちらに目を向けると、二十メートルほど離れた所に木刀が突き刺さっている。
「………」
 無言のまま、浩介たちは木刀を見つめた。
 白樫の木刀。長さ三尺半ほどで、普通の木刀よりも身幅がある。身幅を大きくすることで真剣に近い重さを持たせたものだった。
 逆方向に視線を動かすと、投げたのは予想通り慎一だった。左手にスイカを二つ持ち、右手を無造作に前へと伸ばしている。距離は四十メートルほど。
 傍らにはカルミアが浮かんでいる。こちらは普段着のままだった。
「木野崎、大丈夫かー……? 今投げた木刀、当たってない?」
 声をかけてきたのは、慎一の隣を歩いている一樹である。呆れ半分、驚き半分で砂浜に刺さった木刀を見つめていた。この距離から木刀を投げ付けるのは、理解不能だろう。
 浩介に伸ばしていた手を引っ込め、結奈は慎一を指差し叫んだ。
「ぬぁにすんのよ、あんたは! あと十センチ左に逸れてたら、あたしの指千切れてたじゃない! もう少し常識的な行動しなさいッ!」
「大丈夫だ、結奈は頑丈だから」
 相手にする気もない慎一。リズムを外され一言で会話を打ち切ってしまうため、結奈は二の句を告げないでいる。何か言っても、再び会話を切られるだろう。なぜか結奈の扱いに慣れている慎一。身近に似た人間がいるのかもしれない。
「うぐぐ」
 結奈が不服そうに唸っている。
 慎一の格好はありふれたトランクス型の紺色の海水パンツだった。一樹も似たようなもので、色遣いは深緑だった。両者ともあまり凝ったものは穿いていない。
「あの二人が並ぶと、痩せてるって言葉の質の違い感じるよね」
「そうだな。俺も驚いてる……」
 凉子の言葉に浩介は頷いた。
 鍛錬で絞られた細身の慎一と、栄養失調と言っても不思議ではない細身の一樹。並んでみると、その差が際だっている。喩えるなら、真剣と枯れ枝。
「ぼくの身体は見せ物じゃないんだけど。気持ちは分かるけどね。いくら食べても太らない、いや太れない体質なんだよ。肉苦手だからかな?」
 近くまでやってきた一樹が、眼鏡を動かし苦笑いを見せる。服を着ていても細いのは分かっていたが、服を脱ぐとさらにその細さが際立つ。予想以上に。
 シートの上に腰を下ろし、一樹はクーラーボックスから麦茶を取り出していた。
 慎一がスイカをシートの上に置く。
「コウスケさん。お留守番お疲れ様です。ずっと暑い中にいたようですけど、大丈夫ですか? 氷の魔法なら使えますけど、どうします」
 カルミアの言葉に、浩介はお礼の意味で頷いた。氷の魔法。時折リリルが部屋を冷やしているあれだろう。しかし、気遣いだけで十分嬉しかった。
「カルミアは水着じゃないの? せっかく海に来たんだから、水着になればいいのに。魔法で布加工できるみたいだし、作ればいいのに」
 結奈がそんなことを尋ねた。

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