Index Top 第7話 臨海合宿

第5章 続・水着披露


 浩介はカルミアを見つめる。
 服装は最初に見た時と変わらぬ、学校の制服のような白い服と三角帽子だった。左手に握った銀色の杖。水着姿を期待していたのだが、願いは通じなかったようである。
「わたしは水着持ってませんから、魔法で布は加工できますけど、丁度良い布ありませんでしたし。それに小川や水溜まりならともかく、わたしに海は大きすぎますよ」
 と、海を示す。妖精の小さな身体に海は大きすぎるのだろう。
 横を見ると、一樹が気にせず麦茶を飲んでいる。人外との会話は一般人には認識できないらしい。結奈がカルミアに話しかけたことも、一樹は気づいていないのだ。
 青い空を見上げる一樹。
「やっぱり、暑いなぁ」
「一樹さん」
 凉子が声を掛ける。
「私の水着姿どう思います?」
 さきほど浩介にしたような誘惑のポーズを取ってみせた。一人の女として、何かしら常識的な反応を期待したのだろう。浩介の反応は気に入らなかったらしい。
 一樹は凉子の身体を見上げて、
「羨ましいなぁ、そんなしっかりした体付きで。ぼくはいくら食べても動いても脂肪も筋肉も付かないから。枯れ枝とかもやしとか言われるし……。いつだったか、きゃしゃりんって言われたのはさすがに堪えたなぁ」
 自分の腕を見ながら、乾いた言葉を口にした。気楽に言っているものの、切実な感情がこもっている。もっとも、常人離れした計算力は、この華奢な身体と引き替えに天だか神だかが与えたものなのだろう。
「うぇ〜ん、結奈ぁ〜」
 凉子が泣きながら、結奈にすがりつく。何かプライドを折られたようだった。
 結奈は宥めるように凉子の頭を撫でながら、
「今ここにいる面子にあなたの求めるような反応は期待できないわ。諦めなさい。ここで一番健全なのは浩介よ。恐ろしいことに」
 さらっと失礼なことを言い切る。だが、言っていることは事実だった。この面子でまともに女に興味がある男はいないだろう。
 沖から吹いてくる潮風に、シートの端が揺れている。
 浩介は慎一に視線を移した。助けを求めるように。
 他人事のように眺めていた慎一が、視線を逸らして歩き出す。
「じゃ、木刀取ってくるよ」
「いってらっしゃい、シンイチさん」
 その場に留まったまま、カルミアが手を振って見送る。
 慎一は砂に刺さった木刀を右手で引き抜いた。一振りしてから左手で鍔元を掴む。帯刀するような格好。怖いくらい似合っていた。
 結奈が両手を腰に当て、半眼で木刀を見つめている。
「その木刀、あんたの? 見た感じどこか実戦系流派の代物だけど」
「僕のじゃないよ。鬼門寺さんがスイカ割り用に持ってきた。心現流の素振り用櫂木刀だと思う……そうそう手に入るものじゃないのに、どこで手に入れたんだろ?」
 木刀を眺めながら、慎一は笑っていた。智也がイベントの小道具は用意すると言っていたのを思い出す。スイカや木刀はその小道具なのだろう。
「ちと質問いいか?」
 やや躊躇しつつも、浩介は問いかけた。無視しようとも思ったのだが、好奇心の誘惑には勝てない。指を持ち上げ、戻ってきた慎一の右腕を指差す。
「お前の右腕……根本に変な跡が見えるんだけど、何それ?」
「これか?」
 右腕肩口の下辺りを、白っぽい皮膚が一周している。日焼けしてない皮膚ではなく、もっと白い皮膚。幅は一センチほど。どう考えても物騒なことをやった跡にしか見えない。ついでに背中や足などにも普通ではない古傷が見えた。
「ちょっと怪我しただけだよ」
 慎一はそう答える。
 絶対に嘘だ。即座に浩介はそう判断した。
 背後で砂を踏む音が聞こえる。
「あれは、一度腕斬って繋ぎ合わせた跡だな……。しかもごく最近。多分、自分の手でぶった斬ったんじゃないか? 何を目的にそんなことしたかは知らんけど」
 振り向いた先に佇むリリル。
「う……」
 浩介は思わず口元を押さえる。
 真紅のハイレグワンピース水着。淡褐色の肌とショートカットの銀色の髪、引き締まった身体に、それは怖いほど似合っていた。発育途中の幼児体型とは言え、微かな胸の膨らみや腰のくびれなどが、水着の凹凸に現れて息を呑む艶気を見せている。
 ごくり、と喉が鳴った。
「どうだ、コースケ? アタシの水着姿に見取れたか? ロリコンめ」
 赤い前髪を掻き上げ、リリルが勝ち誇ったように笑う。黒い尻尾が左右に揺れていた。
 無言で頷く浩介。何も言い返すことができない。
「これは、なかなか強敵……。人外の色気は、さすがに厄介ね。銀髪褐色肌のロリ悪魔っ娘にハイレグ赤水着って反則でしょ――。あざとすぎるわ……!」
 腕組みして呻く結奈に、無言のまま首を振っている凉子。カルミアもリリルの姿に見入っていた。女性陣三人の水着対決ではリリルが勝者だった。これは文句なしだろう。
 慎一が木刀を肩に担いで、リリルを見つめていた。何かを探るような眼差し。
「人の急所を視線でたどるな。怖いから」
「すまん、癖だ……」
 リリルの抗議に、慎一が目を逸らす。
 浜辺では海水浴客が泳いだり、砂浜で遊んだりしていた。夏休みの終わりの風景だろう。自分たちもこれから遊ぶのだが、まだ全員揃っていない。
 一樹が眼鏡を外し、目をこすっていた。
「部長たちは、そろそろ来るかな? 大抵こういう時は先に来てどこかに隠れているんだけど。さすがに、今回はないよね?」
「残念ながら、今回は普通に登場だ。待たせてすまない」
 狙い澄ましたように、智也の声が返される。
 珍しいことに、普通に砂浜を歩いてくる三人。
 智也はショートボクサー型の水着を穿いていた。きれいに鍛えられた身体と、整った顔立ち、さらさらの髪。まさに浜辺の好青年。サーフボードでも持っていれば完璧だろう。もっとも、いくらか場違いではある。
「やぁ、みなサンみなサン、お待ちどうサン!」
 気楽に右手を挙げながら、のしのしと歩いてくるアルフレッド。眉を動かし、白い歯を光らせた。赤いブーメランパンツという際どい格好と、装甲のような分厚い筋肉。ついでに、やたらと毛深い。暑苦しい容姿であるが、似合っているのは事実だった。
「うわぁ……」
 結奈たちがあからさまに引いている。似合っているが、お世辞にも見栄えのいいものではない。しかし、アルフレッドが気にも留めないのはいつものこと。
「HEY シンイチくん。どうですカ? ボクのマッスルボディは?」
 両腕を持ち上げ、力こぶを見せつける。百キロ近い体重と、非常識までに鍛え上げられた筋肉。そこから作られる怪力とタフネス。それを意に介さず圧倒する慎一の技は、日本武術の神秘らしく、えらく気に入っているようだった。
「また殴りかかってきたら、次は数時間動けなくするけど」
 木刀の切っ先を向ける慎一。その台詞には本気の気迫が込められていた。見ての通り、アルフレッドを相当嫌っているようで、敵意を隠そうともしない。
「さすがシンイチくん!」
 しかし、アルフレッド当人はその態度も欠片も気にしていないようだった。
「さぁて、みなさん。注目ー」
 すっと前に出る綾姫。紫外線除けの日傘を差している。
 フリルの付いたシンプルな白い三角ビキニ姿。もっとも、身長百五十センチ強だというのに、胸は意外と大きい。ロリ巨乳という言葉が浮かぶが、それとは違うだろう。一応二十一歳のはずである。色々不釣り合いながらも、変な調和を持つ綾姫。
「脱いだら凄いって本当だったのね。ヒメさん……。今まで幼児体型だと思ってたのに。着やせするタイプだったんだ」
 綾姫の姿を見ながら、結奈が戦くように呻いている。普段から脱いだら凄いと言っていたが、実際に凄かった。色々な意味で。
「ありがと、結奈ちゃん」
「いえ、褒めてません」
 にっこりと微笑む綾姫に、結奈は手を振って告げた。
 感情の読みにくい糸目で、その場にいる全員を見回してから、綾姫は声を上げた。
「海に入る前には、準備体操だよー」

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