Index Top 不思議な屋敷のお呼出

第2章 捕獲準備開始


 椅子に座ったまま、視線を泳がせる。
「しかしなぁ」
 アートゥラに連れてこられたダイニングキッチン。
 高級な食器や棚が並んでるけど……どこから調達してるんだろうな? ここにあるものだけで、小さな家なら買えるぞ。まあ、他人の懐事情には踏み込まんけど。
 流しやコンロはアートゥラに合わせてるのか、かなり高い。ヴィーが使うには踏み台必要だろうな。
「どうかしましたー?」
「ん。いや、何でもない」
 アートゥラの言葉にアタシはテーブルに目を戻した。テーブルにはパソコン印刷された屋敷の見取り図が置かれている。話を聞く限り、盗まれているのは主に食料品。そして、日用品がいくつか。これだけで、大体相手のことが分かる。
 正面の椅子に座っているヴィーとアートゥラに目をやり、
「このデカい屋敷に実質二人暮らしで、空き部屋沢山。見た感じ屋根裏も簡単に入り込めるようだし、何か住み着いてるんじゃないか? 人間とか妖怪とか」
「そうなんですよねー。だから、色々罠張ってみたんですけど――」
 と、床や空中に指を向けるアートゥラ。
 一見すると何も無いように見えるが――目を凝らすと糸のトラップが仕掛けられているのが分かる。床には粘着糸が敷かれてるし、空中には極細の糸が張ってある。よく見ないと気付かない仕掛けだ。
 仕掛けの出来はともかく、気になることがひとつ。
「この粘着糸はともかく、こっちは本気で殺す気だな……」
 躊躇無く空中に張られた糸に、アタシは目蓋を下げる。背筋を撫でる悪寒に、尻尾が揺れた。成人男性が立った首の位置か、腰をかがめた顔の位置を狙っている。剃刀並によく切れる糸に、急所から突っ込んだらどうなるか――洒落にならん。
「強力なトラップよ。私は両方引っかかったわ」
 紅茶をすすりながら、ヴィーが片眉を持ち上げる。
 なんで、得意げなんだよ……。
 パチン、とアートゥラが両手を打ち合わせた。嬉しそうに笑いながら、
「あの時は大変でしたねー。ヴィー様、わたしを呼んでくださればいいものを、自分で無理に糸剥がそうとするから、凄い格好になってましたから。本当にー」
「そっちの細い糸に引っかかった時は死ぬかと思ったわ。もう死んでるけどね」
 切断用の糸を指差しながら、ヴィーがそう言った。眉を微かに内側に傾け、瞳に自信に満ちた光を灯している。とっておきのギャグらしい。
 ツボに入ったのか、アートゥラが俯いて口を押さえ、肩を震わせている。
 アタシは構わず目を動かした。屋敷全体を示すように。
「屋敷内にいるなら、ネズミ探すのは簡単だろ」
「簡単って……ずいぶんあっさり言ってくれるわね?」
 ティーカップを起き、ヴィーが口を尖らせる。
「探索系魔法使えば簡単だ」
 アタシは右手を持ち上げ、そこに魔力を集めた。魔法式を組み上げ、魔力を魔法へと組み替える。基本的な魔法なので、構成呪文は必要もない。
「Search Armillary」
 手の中に生まれる淡い金色の球体。直径は二十センチほどか。天球儀のような形で、中に光の点が四つ輝いている。みっつはすぐ近くにあるけど、
「――いた」
 よっつめの光点。これが、この屋敷にいる不審者だ。
 アタシは光球を持ったまま、屋敷の見取り図に目を向ける。球体内の魔力を操作し、屋敷の図面を作り上げる。よっつめの光点がある位置は――
「二階の西から二番目の部屋だ。今は動いていない」
「あららぁ……」
 アートゥラが乾いた笑いを浮かべ、右手の一本で後ろ頭をかいた。
「本当にあっさり見つけちゃいましたねー。こうも簡単に進むと凹みますよねー……。わたしたちの今までの努力は何だったんでしょうねー……」
「さすがは私が見込んだだけのことはあるかしら?」
 なぜか得意げにヴィーが頷いてる。
 お前は何もしていないだろ……。
 アタシのジト眼は無視して、続けて言ってきた。
「で、どう捕まえるつもり?」
 その問いに、アタシは光球を消してから、テーブルに置かれた見取り図に指を向ける。二階の西から二番目の部屋。物置らしく左右の部屋とは繋がってはいない。入り口は廊下のドアと、窓のみ。逃げ道が少なく、あまり隠れるのに適した部屋ではないけど。
 アタシは部屋の外を指差しながら、
「アタシが窓から入る。部屋で捕まえられればヨシ。逃げられてもすぐ捕まえられるように、アートゥラは廊下で待機しててくれ」
 と、廊下側に指を置く。
 ついでに、釘刺し。
「そんなに強い相手とは思わんけど、一応気を付けろよ」
「挟み撃ち作戦ですねー。分かりましたー」
 手の平を握りしめ、楽しそうにアートゥラが笑っている。
 侵入者捕獲作戦のどこが楽しいのかは分からないけど……もしかしたら、鬼ごっことか隠れんぼのような感覚かもな。元々蜘蛛の化生みたいな女だし、そういう邪気のない残酷さを持っているのかもしれん。糸のトラップも、容赦ない事してるし。
「なら、私は何をすればいいかしら?」
 ヴィーが自分の胸に右手を当てる。
「こう見えても魔術士のはしくれよ。世間じゃ"闇と夜と恐怖の覇者"とか"破滅と瘴気の渦巻く死者の王"とか迷惑極まりない肩書きをつけられている存在らしいけれど、一応相応の能力はあるのよね?」
 と、眉を持ち上げみせた。
 謙遜しているのか、自慢しているのか、いまいち分からん。だが、物騒な肩書きの通りの力はあるんだろう。こいつは見掛けとは裏腹に、力は凄い。力は凄いのに、その説得力が微塵も無いというか、色々気になる事はあるんだが。
 アタシは眉を寄せてからヴィーの仏頂面を睨み付けた。
「……そんな力あるなら、何で自分でネズミ探ししないんだよ。対して難しいもんじゃないだろ、このレベルの探知は?」
「私が勉強した魔術の類にそんなもの存在しなかったわ!」
 腕組みして、胸を張るヴィー。
 なんでそんなに偉そうなんだよ……。
 アタシは右手で頭を押さえ、片目を閉じた。無駄と知りつつ、訊いてみる。
「習わなかったのか、探知術……?」
 魔術を習うなら、少なくともどこかで探知系の術は教わる。たとえ、その後探知術を使うことが無くとも。広範囲に魔力を広げるとか、展開した魔力で周囲の情報を察知するとか、そういう技術の練習になるからだ。
「独学よ。だって私、天災ですもの!」
 芝居がかった動作でバシと自分の胸を叩き、ヴィーが鼻息を吐く。
 これって何かの小芝居なのか?
 パンと手を叩きながら、アートゥラが続ける。
「わぁ、ヴィー様災害指定ですねー。さながらヴィー・ザ・スタンピード?」
「ネタが分かる自分が嫌だ……」
 両手で頭を抱えて、アタシはテーブルに突っ伏した。
 とりあえず、大体分かった。使える系統が極端に偏ってる術師ってのは存在する。突然本人の意図しない形で強大な力を得てしまった場合だ。ヴィーはその手のイレギュラーなんだろう。加えて、独学じゃ系統が偏るのも当然だ。偏りすぎだけど……。
 アタシは顔を上げてから、ため息混じりに告げる。
「じゃ、お前の仕事はアートゥラの援護」
「………。アトラが援護の間違いじゃないかしら?」
 数拍の沈黙を挟んでから、ヴィーがかなり不服そうに言い返してきた。
 実力を考えれば、ヴィーの援護をアートゥラがやるべきなんだろう。だけどあいにく、世の中馬鹿力"だけ"でどうにかなることは少ない。
 アタシは緩く腕を組み、真正面からヴィーを見据えた。
「もう一度訊こう。何で今まで自分で探せなかった?」
「むぅ」
 明後日の方へと目を逸らすヴィー。
 その肩に、アートゥラが両手を置いた。
「一緒に頑張りましょうねー、ヴィー様」

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