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第24話 そーめんパーティ 後編 |
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「こんなもんかな」 テーブルを眺め、俺は軽く顎を撫でる。 ザルに盛られた素麺。量が少ないなら風情があったかもしれない。砕いた氷と一緒に比喩ではなく山盛りになっているため、風情も何もない。 横には奈々ちゃんの作った胡麻味噌、中華風、イタリア風のタレがボウルに用意してある。無論普通のめんつゆも用意してあった。 「随分豪華になりましたね。頑張った甲斐がありますよ」 緩く腕組みしながら、涼子ちゃんが満足げに笑っている。 俺が買ってきた万能ネギや大葉、ミョウガの微塵切りが皿に山盛り。いつの間にか錦糸卵やハムやキュウリの千切りも用意されている。大根下ろしもあった。 「美味しそう」 大量の料理を眺め、奈々ちゃんが静かに呟く。 これだけの量が並ぶと、壮観だ。食べきれるかどうかちょっと不安だけど、四人で頑張れば何とかなるだろう。サキツネは大食いだし。 「あの」 視線を向けた先にはサキツネがいた。椅子にロープでぐるぐる巻きにされている。特殊な結び方らしく、サキツネは全く動く事ができずにいた。素麺つまみ食い未遂の罰として、涼子ちゃんが拘束したのである。 「開放を要求します。さもなくば、全力で拘束を引き千切った後、素麺全部を食い尽くしてから、冷蔵庫の中身を空にします」 どこか眠たげないつもの表情で、俺たちを脅す。……脅しか、コレ? 「よく分からない脅迫をするんじゃない」 涼子ちゃんがポケットから鍵を取り出した。 テーブルに着いた四人。 俺とサキツネ、涼子ちゃんと奈々ちゃんが隣り合って座っている。 「さて、どういう風に組み合わせるか」 四人揃って、素麺とたれと薬味の組み合わせを考える。 「うむ、難問だ。実に難解な問題だ……」 サキツネは眉間にしわを寄せ、腕組みをして、並んだ素麺や薬味を眺めていた。狐耳を伏せ、尻尾を曲げながら、どの取り合わせを選ぶか迷っているらしい。こういう場合は気が済むまで悩むべきだろう。 「俺はイタリア風タレ行ってみるか。胡麻とか中華は時々作るけど、イタリア風ってのは初めて見るからな。どういうものなのか、味が気になる」 清涼感を漂わせるガラス鉢。お玉ですくったイタリア風たれを、器に注ぐ。 めんつゆをベースに、オリーブオイルとトマト、ツナが入っていた。鼻をくすぐるオリーブオイルの香り。なかなか食欲をそそる。 「頑張って作った。きっと美味しい」 きらりと目を輝かせる奈々ちゃん。 「あたしは中華ダレで行ってみようかな? さっぱり味の素麺とコッテリ味の中華ダレが合わせるとどうなるか。食べてみれば分かるってことで」 ガラスの器に、中華ダレを注ぎ、ネギや錦糸卵、刻みハムを入れていく。 「冷し中華みたいだな」 「そうかも」 俺の呟きに、涼子ちゃんは自分の器を改めて見つめ、苦笑する。酸味と辛みのあるタレに、刻みネギや錦糸卵にキュウリ。冷し中華である。冷し中華風素麺というものはあるので、それほど変なものではない。 奈々ちゃんは胡麻味噌ダレを器に移していた。薄切りキュウリとネギを入れて、味を調えている。賑やかな姉とは違い、マイペースな妹だ。 ふっとサキツネが顔を上げた。長考の末に結論が出たらしい。狐耳を動かしながら、黄色い眼に好奇心の光を灯す。 「全部混ぜたら美味しいだろうか?」 「やめなさい」 俺は冷静にそれを遮った。 涼子ちゃんや奈々ちゃんはこの発言を予想していたらしい。涼子ちゃんはサキツネを見つめて、乾いた微笑を浮かべていた。奈々ちゃんはコップの水を一口飲んでいる。 「仕方ない。では王道……」 サキツネは器にめんつゆを注ぎ、ネギを適量放り込んだ。 まさに素麺の王道、めんつゆにネギである。 これで大体、どういうものを食べるのかが決まった。 俺は他の三人を見回し、口を開いた。 「では、いただきます」 ザルに盛ってあった素麺は三分の一ほどまで減っていた。四人で手加減せずに食いまくれば、この結果は当然だろう。食べる速度も大分落ち着いている。 「そういえば、お兄さんって、何でサキツネと知合いなんです?」 中華素麺をすすりながら、涼子ちゃんが俺を見る。 「うーん」 首を傾げつつ、横を見た。 最初から変わらぬペースで、サキツネが素麺を食べている。 俺の部屋に時折やってくる物の怪の少女。鍵を掛けていても部屋にいることもある。残り物を勝手に食べたり、部屋で日向ぼっこをしてたり。謎な部分は多いが、基本的に無害である。あまり深く考えた事が無いというのが正しいか。 「俺もよく分からないんだよな。いつの間にか勝手にやってきたって感じで。気がつくといなくなってるし。一年くらい前だったかな? 実はよく覚えてないんだけど」 ごくりと喉を鳴らして、サキツネが素麺を呑み込んだ。 それから俺に向き直り、口を開く。 「男はあまり細かい事を気にするべきではない」 「お前が言うなって」 俺のツッコミに、サキツネは尻尾を一度左右に振った。 器のめんつゆを飲み干してから、イタリア風のたれをお玉ですくって器に入れる。続いて、刻みネギを大量に放り込み、箸で素麺を掴み上げた。 遠慮の無い大食い。その姿は、素麺とサキツネの対決に――見えなくもない。 素麺はサキツネが食べ尽くすだろう。 「涼子ちゃんたちって普段は何してるの?」 俺は静かに素麺をすすり、姉妹を見る。 高校生くらいの姉と、中学生くらいの妹。浮世離れした空気を漂わせる二人の少女。最初に見た時は、サキツネのような物の怪の類かと思ったほどだ。人間ではあるけど、妙に刃物の扱いが上手かったり、いきなり拳銃撃ったり、サキツネをきれいに拘束したり。一般人ではないようだし。 涼子ちゃんは口の中の素麺を呑み込み、箸を置いてから、 「極秘な廃墟を探索したり、謎の地下道を進んだり、洞窟に潜ったり。よく分からないクリーチャー相手に斬ったり蹴ったり殴られたりと、青春を謳歌してます」 楽しそうに笑ってみせる。 「青春、かな……?」 俺は首を捻った。 トレジャーハンターという言葉が浮かぶが、多分違う。冒険と表現するべきだろうか。それも違うような気がする……。とにかく、この姉妹は常人には想像も付かない生活をしているようだ。目的が何かは知らないけど。 「学校は行ってますので、安心してください」 奈々ちゃんが付け足してくる。俺の心を読んだように。 一応二人は常識の世界に足を付けているらしい。 その事に淡い安堵を覚える。 俺はコップの水を飲みながら、サキツネ、涼子ちゃん、奈々ちゃんを眺めた。この三人は俺の住んでいる世界とは別の世界の住人らしい。それが、何の理由か俺の所に遊びに来ている。世の中とは、常人には理解できないものだ。うん。 適当に思考をまとめていると、涼子ちゃんが口を開いた。 「キツネと知り合ったのも、そんな事してる時だったかな。いつだったっけ?」 涼子ちゃんが妹を見てから、サキツネに目を向ける。 当のサキツネは大量の素麺を口に入れているところだった。もごもごと口を動かしながら、幸せそうに目を細めている。味わうというより"食べる"という行為自体に熱中しているような、そんな食べっぷりだった。 「覚えていない」 奈々ちゃんの返事は簡潔だった。 サキツネはこの二人にとっても不思議な狐なのか。神出鬼没で理解不能。自分でも物の怪と言っているし、人の理屈は通じないのだろう。 「そろそろかな」 俺は素麺を盛っていたザルを見た。最初は素麺が山盛りにされていたが、それもほとんど無くなっている。無茶な量だったが、四人で食べまくった結果だろう。 サキツネ、天崎姉妹が目を向けてきたところで、俺は続けた。 「アイスクリームあるから、素麺食べ終わったら、みんなで食べるか」 と、冷凍庫に指を向ける。 以前買い込んだカップアイスがいくつか残っている。お世辞にも高級とは言えないけど、食後のデザートとしては丁度いいだろう。甘いものは別腹とも言うし。 「!」 サキツネが不意に立ち上がった。口から生えていた素麺を、ズズズと派手な音を立てて吸い込み、噛まずに丸呑みする。喉が大きく動き、素麺の塊が胃へと消えた。 黄色い瞳を輝かせながら、サキツネは冷凍庫に目を向ける。 カチリ…… 奈々ちゃんが無言で拳銃を取り出し、安全装置を外した。人差し指をトリガーに掛け、グリップを握る右手に、左手を添える。銃口は向けていないが、即座に撃てる体勢だ。 「つまみ食い禁止」 涼子ちゃんが右手をサキツネに向ける。 手に握られたナイフ。刃渡り十センチ程度の小型だが、実践的な匂いがする。 最近の子は物騒だなー。 他人事のように考えながら、俺は水を一口飲む。 サキツネは尻尾を揺らしながら、じっと二人を見つめている。二体一の状況で相手は武器持ち。それぞれの実力は知らないけど、サキツネの方が分が悪い。 「無念……」 一言呻き、サキツネは椅子に腰を落とした。 |
11/9/14 |