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第39話 野外広場で遊ぼう


 野外広場の端にあるステージ。
 その中央でマイクを握って激しく叫んでいるのは……ハカセだった。灰色の髪の毛ときれいな白衣を振り乱し、流れる汗とともに、魂の声を吐き出している。
「イエェェェェイ! 乗ってるかァ、野郎どもー!」
 オオオオオオ!
 観客が大きく声援を上げる。
 ステージ上には見知った顔がいた。ヴォーカルのハカセ。その横でエレキギターを弾いているのは、古本屋のソラ爺さんだった。二段の電子キーボードを叩いているのは、執事の黒曜ヤマ爺さん。そして、ドラムを叩いている灰羽爺さん。
 ハカセと人外爺さんズによる、カルテット。
「みんな若いなー」
 他人事のように呟き、俺はステージに背を向け、歩き出した。


 中央広場では歌を唄ったり大道芸をしたりと、かなり自由な行動が許可されている。コスプレしている人も多い。簡易更衣室は広場の一角に作られていた。
「コスプレね。あんたもやるの?」
 皐月が不思議そうに俺を見る。
「今年はちょっとやってやる」
 俺が抱えている段ボール箱。あらかじめ注文しておいた衣装だった。こうして注文して更衣室の予約を入れておけば、スムーズにコスプレが出来るという仕組みである。
「頑張ってねー」
 やる気無く手を振る皐月に背を向け、俺は指定の更衣室へと向かった。


「……ッ!」
 皐月が口を両手で押さえ、肩を跳ねさせる。
 大きく見開かれた茶色の両目は、俺の姿をがっちりと捕らえていた。
 白いふりふりのワンピースと、腰に巻いた花の印が飾られたベルト。着物を思わせる作りのピンクのコートが風になびく。裸足に編み上げサンダル。ちょっと癖毛の付いた金髪のカツラを被り、後ろ頭には桜色のぽんぽん。額には大きく『春』の字の前立。
 薄手で寒いが、オーラがあるから大丈夫!
 緩く腕組みをして、俺は皐月を見下ろす。
「どうよ。似合ってるだろ?」
「まさか……そんな……安直な……ッ! なにの、何故――!」
 必死に笑いを堪えながら、皐月が無力に震えていた。俺の姿を予想していなかったわけではないだろう。名前ネタというシンプルなものだ。だからこそ、単純明快ド直球。その破壊力は計り知れないものとなる。
 ひくひくと痙攣するように震える皐月。
 一応機械なのに、こういう人間くさい動作が無駄に素敵に高性能。
 数分して、ようやく立ち直る。
「油断した……」
 俺から微妙に視線を外し、口元を引き締めている。おお、頑張ってる。
 だが、この程度では終わらない。
 眉根を寄せつつ、俺は口元を気の抜けた笑みの形にした。鏡の前で練習してみたら、これが見た目よりも難しい。こう、うにょーんという表情で。
「ゆっくりしていってね!!!」
「おはッ!」
 思い切り吹き出す皐月。顔を真っ赤に染めて、両手で口を押さえて、込み上げる笑いを呑み込んでいた。急所に当たった、効果は抜群だ!
「それは……反則ッ!」
 俺に背を向け、悶えている。
 こっちを見たいようだけど、見たら笑うと解っているので見られない。自分でもびっくりするほどの効果である。ここでもう一押しすれば面白い事になるけど、さすがにそこまで外道ではない。
 落ち着くまでしばし待つ。
 淡い勝利を噛み締めつつ、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「お前はやらないのか。こういうの?」
 皐月は広場へと向き直った。老若男女、多数の人が見える。普通の恰好をしている人から、コスプレ衣装に身を包む者、カメラで色々撮影している者。それぞれ、思い思いに楽しんでいる。
「やってみたいとは思うよ。みんな楽しそうにしてるし。女の子は色々着替えてこそだから。さっきブース眺めてた時も、よさげな衣装見つけたから」
 と、笑顔で俺の前に右手を差し出してくる。手の平を上に向けて。
「その手は?」
「七千クレジットちょうだい」
「無理」
 俺は即答した。



「みんな好き勝手やってるな」
「自由広場だから。人に迷惑かかるような事じゃなきゃ、何してもいいってルールだし」
 皐月と一緒に広場を歩いていく。女装した男とメイド姿の少女。そんな二人が歩いていても、全く違和感の無い混沌空間。
 露出度の多い恰好のお姉さんや、それを取りまくっているカメラ小僧たち。大剣装備のリビングメイルみたいな恰好や、どこぞの特殊部隊のような恰好まで、本当にみんな好き勝手に楽しんでいる。
「こんにちは」
 掛けられた声に、俺は振り向いた。
 中学生くらいの少女である。腰まで伸ばした黒髪に、まだ幼さの残る顔立ち。白いジャケットとワンピースで、毛糸のタイツを穿いていた。全身を包むお嬢様オーラ。
「サクちゃん、久しぶり」
 片手を上げて挨拶する。
 時風財閥の令嬢。なんで一般市民その1な俺と知合いなのかは未だに謎だけど、そういう星の下に生まれたんだろう。
「お久しぶりです、ハル様」
 その隣にはこちらも見知った女の子が二人いた。
 サクちゃんと同じくらいの女の子。肩の辺りで切り揃えた金髪と気の強そうな碧眼。迷彩模様の上着に、濃緑色のガーゴパンツという出立。
 もう一人は、長い黒髪の女の子。声を掛けてきたのは、この子だった。着いた顔立ちと青味を帯びた黒い瞳。身に纏った着物には雪の結晶が刺繍されている。
「シャルに絆奈まで。お嬢様大集合――」
 口元を押さえて、驚く俺。
 海上都市テイムズからの留学生シャルロット。灰羽さんの孫娘の絆奈。ナツギの知合いだけど、俺とも面識ある。どうやらサクちゃんとも知合いだったみたいだ。金持ちの横の繋がりってわけか、うん。羨ましいぞ。
「お久しぶりです。お元気そうでなにより。皐月様も変わらず元気そうで」
 シャルが青い瞳で俺と横の皐月を見る。前と変わらない硬い喋り方に、あまり感情を映さない眼差しだった。誰かを捜すように辺りを見ている。
「ナツギ様はいないようですが」
 あいつは二番棟一階で売り子やってるからな。
 さて――三人の視線は微妙に俺から外れている。頬を硬くさせ、俺を直視しないようにしているようだ。既に三人は俺の手中にある。頑張って平静を装っているが、甘い!
 俺はくいっと眉を内側に傾け、ちょっと口元も曲げる。ついでに、ポーズ。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ッ!」
「くぅ」
「……!」
 三人が同時に顔を背けて口元を押さえる。
 ふっ、他愛も無い。
 今の俺はただ女装した男だが、そこに名前が加わること異常な破壊力を生み出すのだ。さらにネタをひとつ加えるだけで、破壊力はさらに上昇する。
「あんたってヤツは……」
 勝利の余韻に浸っていると、横から皐月の冷めた視線が跳んでくる。口を閉じて笑いを堪えているようだけど。
 それはそれとして。俺は広場の隅を指差し、
「そういえば、向こうで爺さんたちが――」
「見なかった事にして下さい……」
 笑いを堪えながら、絆奈が答えた。


「ハル。面白い恰好してるね」
 俺の恰好を見たトアキの感想だった。
 自称ぽっちゃり系というのは、半分突き抜けた自虐だろう。太い身体。やや跳ねた黒髪を背中に流し、人の好さそうな笑顔を見せている。緑色の高そうなジャケット。胸の部分に食と記された、東地区大食い大会優勝者への商品だった。
 トアキにはこのネタを企画段階から話しているので、面白い反応は期待できん。
「やあ、ハル」
 トアキの隣にいたのは、猫耳を生やした少女だった。
 ニャルルゥ。
 年齢は十六、七歳くらい。腰まで伸びた淡い茶色の髪の毛を、細長い赤リボンで飾っている。紫路の瞳には猫のような細い光彩。頭からは猫耳が生え、腰の後ろからは尻尾が伸びて動いている。いわゆる化生の類らしい。色々あって今はトアキに飼われている。
「やると思ったよ、それ。なかなか似合ってるじゃないか」
 ニャルルゥが俺のコスプレを見ながら、楽しそうに笑っている。……これは、読まれてたな。安直といえば安直なネタだけど。
 考え込む俺に構わず、ニャルルゥは両腕を広げてみせた。
「どうだい、この恰好。主人に仕える従者って感じが出てると思わないかい?」
 紫の瞳をきらりと輝かせる。
 頭には白いフリルの付いたカチューシャを付けている。紺色のワンピースを身に纏い、その上から白いエプロンを付けていた。腰の後ろで尻尾が動いている。いわゆるメイドの恰好だった。しかも、、猫耳メイドという合体技。
 それを楽しそうに眺めるトアキ。
 ぶっちゃけ、こいつは色々と勝ち組である。
「どう思う? 皐月」
「くっ……」
 俺の言葉に、皐月が歯を食い縛る。皐月の本業は他にあるが、現在は俺のメイドという仕事をしている。一応プロのメイドだ。
 皐月は胸元を手で押さえ、睨み付けるようにニャルルゥを見る。
「猫耳メイド……凶悪と話には聞いていたけど、なるほど確かに凶悪だね。まさかこれほどの破壊力だとは思わなかった。仕方ない。私も……封印を解き放つ――」
 ぐっと右手を強く握り締め、そう宣言した。
「にゃぁ?」
 状況に付いていけないニャルルゥが目を白黒させている。皐月を眺める俺もトアキも、何も出来ずにその様子を眺めるだけだった。どうやら、変なスイッチが入っちゃったような。自分の中で苦悩して考えて結論だしたようだけど。
 皐月の瞳が光る――ように見えた。
「脱衣〈クロス・アウッ〉!」
 メイド服が裂けた。
 いくつもの紺色と白の破片へと千切れ、辺りへと舞い散る。日の光を受けながら、虚空を躍る青と白。色々と場違いだが、それは幻想的な風景だった。
「なん……だと……!」
 俺は皐月を凝視した。
 白いセーラー服と胸元を飾る赤いリボン。紺色のプリーツスカート。白いソックスに黒い革靴。赤いリボンで薄茶の髪の毛をポニーテールに結い上げている。見るからに健康そうな少女がそこにいた。溢れる青春のオーラ。
 メイドから女子高生への、一瞬でのクラスチェンジ!
「どうかしら、お兄ちゃん?」
 片目を瞑り、微笑んでみせた。輝く太陽のような、快活な笑顔。
 ばきぼきと色々なものが砕けていく。
 これは、可愛い――
 俺は一歩後退った。これは、マズいぞ……
 終防護壁大破! メインコンピュータ停止、動力停止、残弾無し! もはや、本艦は戦線を維持できません! 敵の攻撃再び来ます! ……艦長、決断を!
 頭の中にそんな言葉が響く。
「わたしだって、やればできるのよ?」
 勝ち誇った表情で、皐月が言ってくる。
 俺は崩れるようにその場に膝を突いた。そのまま、前のめりに身体を倒し、額を地面に押し付ける。いわゆる土下座の体勢だった。
「参りました」
 静かに敗北宣言を告げる。



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11/11/7