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第4話 大学のある一日 |
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意識に引っかかるような微かなノイズ。 微睡みから現実へと意識が引き戻される。 「朝か……」 耳に入ってくるのはバイオリンの優雅な音色。って、バイオリン? うちにバイオリンなんてあったかな? 何か聞き覚えのあるメロディだし…… 朦朧とする頭でそんなことを考えていると、 「アイタイLove Love Love Loveのに アエナイLove Love Love今夜は 窓を打つ雨より激しい嵐に揺れてる――」 「待てええッ!」 俺はベッドから跳ね起きた。跳ね飛ばされた布団が、膝の上に落ちる。音楽の鳴る目覚まし時計は設置していない。何なんだよ! 「あ。おはよう」 ベッドの横に立っているメイド服姿の少女。左手にバイオリン、右手に弓。えっと。色々ツッコミ所は多いが、とりあえず一番手近なところから。 「皐月……そのバイオリンはどこから持ってきた?」 「乙女の秘密。気にしちゃ駄目だよ」 子供を宥めるような口調でそう言うと、バイオリンを机に置いた。 目覚まし時計を目の前に突きつけてくる。 「朝七時起床」 「そう、だな。ふぅ、うあー」 俺は両腕を突き上げて背伸びをした。窓から差し込む朝日が心地よい。目覚めのよい起床ではないものの、眠気は散っている。元々寝起きはいい。 さておき、俺にはひとつ気になることがある。 「朝飯は何だ?」 「トースト三枚とハムエッグ、ポテトサラダとオレンジジュース」 なぜか横を向いてぶつぶつと答える皐月。 「普通だな」 「うん。昨日の夜マスターに変なもの作らないようにロックかけられた。ついでに怒られた。迷惑かけるなって」 そういや昨日の夜おかしな料理のことを報告したな。皐月には無線通信システムが内蔵されている。ハカセがノートパソコンから指示を行えば、寝ている最中だろうと関係なくロックされる。皐月の意志は関係ない。 実に便利だ。 「せっかくギガてりやきチーズバーガータルタルソース和えを作ってあげようと楽しみにしてたのに。あー、残念無念また今度」 「変なもの作るな。あと朝っぱらからそんな重いモノ食わせるな」 そっぽを向いて口を尖らせる皐月に、俺は淡々と告げた。 胸元で両手を握り、皐月は思い切り声を上げる。 「えー」 お前は小学生か。 大学の午前中の講義は何事もなく終わった。 「昼飯ー」 「今日は何食べる?」 「カレーだろうな。今日はカレーセットにケーキが付いてくる」 いつものオタク三人で階段を下りていく。 隣を歩くのは、微妙に目付きの悪い長身眼鏡男と、笑顔が似合う癒し系ぽっちゃり男。小学生の頃からの友人である。ナツギとトアキ。俺たち三人でハルナツアキと呼ばれることが多い。ま、特徴のある二人と違って俺はおまけ扱いなのだが。 閑話休題。 「そういえば、お前」 ナツギが声を上げた。 「何だ?」 「今日は妙に疲れた顔しているな」 「そう言えばそうだね。何かあったのか?」 トアキも言ってくる。朝っぱらからLove Destinyで叩き起こされるのは、常識人間としてどうかと思う。ついでにバイオリン生演奏だ。 「例のハカセにメイドロイド渡されてな。昨日から的外れな世話されてるんだよ」 俺は正直に答えた。普通なら羨むべき立場なのだが。 ナツギは腕組みをしてうんうんと頷いていた。 「それは……あのハカセが作ったものでなければ、羨ましいと言うのだがな。災難だったな。またいつもように乗せられたんだろう?」 「それで、そのメイドロイドってどんなの?」 トアキの問いに、俺はすっと前を指差した。 「あんなの」 「やっほー」 階段の先に皐月が立っている。 紺色のワンピースと白いブラウスという格好。まあメイド服を連想させるような色遣いであるが、普通の服装だろう。首には赤いチョーカーが巻かれていた。人型に近いアンドロイドが外出する際は必ず付けるものである。 「何でこんな所にいるんだ?」 「お弁当作ってきたよ」 皐月が突き出したのは、風呂敷に包まれた箱。運動会で持ってくるような、どう見ても数人分はある大きな弁当だった。 「それをどうしろと? 俺一人じゃ喰えないぞ」 「お友達のお二方もご一緒に」 俺の右隣にいる友人二人を目で示して、にっこりと微笑む。屈託のない微笑みに見えるが、あのハカセが作ったという肩書きがその笑みを不気味なものとしている。 「ええと、僕たちは……」 「二人で仲良くやってくれ」 逃げようとする二人の肩を俺はしっかりと掴み止めた。 「敵前逃亡は銃殺刑だ」 「お前は……」 恨みがましく俺を睨む二人。だが、逃がさない。 弁当を見せつけるように動かしながら、皐月は口を尖らせた。 「お弁当に変なもの入れるとか、そういうことはしないから。持ってきたのは普通の料理だし。わたしを何だと思ってるの?」 「非常識メイド」 俺はきっぱりと告げた。 大学の屋上には十二個のテーブルが設置されていた。 半分ほどが埋まっている。二週間前なら満員なのだが、少しずつ寒くなり始めたこの時期、屋上で昼飯を取るという連中はそう多くはない。 俺たちは片隅のテーブルについていた。 「旨そうだな」 「普通の料理だね」 運動会の弁当のような箱を眺めて、ナツギとトアキが安心している。 ハカセのロックはちゃんと効いてるな。朝食はまともだったけど、実は演技でしたというオチも予想してたし。食事がしっかりしてるならそれで文句はない。 「折角作ったんだから全部食べてね。早く食べないとなくなっちゃうよ」 「おう」 二人は箸を伸ばして、唐揚げや卵焼き、おにぎりを食べている。 しばしその様子を観察する俺。実はこの弁当に薬を盛ってあることも考えてた。ありえないけど、冗談でやりそうだし。こいつなら……。 「うは。旨いなこれ」 「ハルも早くしないと無くなっちゃうぞ」 トアキにせかされて俺は適当な卵焼きを口に入れる。 卵にチーズを挟んだ卵焼き。焼き加減もよく、文句なしに美味しいと言える。料理の腕に文句はない。変なもの作っても味は本物だ。 それはそれとして。 「うちの冷蔵庫にはチーズはなかったと思うけど、買ってきたのか?」 「うん。お金はマスター持ちだから、その点は安心していいよ」 笑顔で答える皐月。 嘘であることも考えてみる。皐月が嘘をつけば困るのはハカセだ。こいつは、俺のことはどうでもいいと思ってるが、ハカセに迷惑かけることを極端に嫌っている。 ……ちょっと悲しくなった。 「僕はアンドロイドと会話するのは初めてだけど……皐月さんって全然アンドロイドに見えないよね。よく出来てるなぁ」 「マスターが作ったんだから当然でしょ」 トアキの問いに、皐月が得意げに笑う。 確かにアンドロイドというのは、大体一体百万クレジットほどの値段なる。車一台が買える金額。高性能なものとなると、さらに値段は上がるが、それでもやはり人間とは違う。どことなく機械っぽいのだ。しかし、皐月にその機械っぽさはない。超高性能といっても、限度があるだろう。 ロールキャベツを突きながら、ナツギが続ける。 「皐月さんって本当にアンドロイド? 実はアンドロイドのふりをした人間とか。そういう小説読んだことあるし。というより、あのハカセだから逆に怪しいんだけど。人間改造してそうで」 「わたしは機械だよー」 ちょっと怒ったように皐月がナツギを指差す。 右手を挙げたのを見て、俺はぶんぶんと手を振って否定した。 昨日みたいに右手からクローなんか出したら、騒ぎになる。厳密に銃刀法違反だ。あのハカセなら、コネとかおかしな権力で不問にするだろうが、俺は面倒ごとが嫌いだ。事なかれ主義と呼びたければ呼べばいい。 トアキが質問を続ける。 「あのハカセがタイムマシン作っているって噂聞いたことあるけど、それって本当? タイムマシンは物理的に無理らしって本で読んだことあるし、現実味もないからあくまで噂なんだけど、あの人ならやりそうだしね」 ハカセは奇人だから変な噂も多い。俺は両親とハカセが友人ということもあり、よく知っているけど、事情を知らない人から見ると漫画に出てくるようなマッドサイエンティストだ。間違ってはいないと思う。 「聞いたことないよ。わたしが知らないだけかもしれないけどね」 「だろうね……」 どこか安心したように、ナツギが頷く。 入れ替わるようにトアキ。俺を箸で示してから、 「そういえば、こいつとはどんな風に暮らしてるの?」 「うん。そうだね」 数秒黙考してから、 「料理とか洗濯とか家事はきっちり手伝うようにってマスターから言われてるけど、他は特に言われてないから好き勝手にからかってるね」 「酷い言われようだな」 「気にしちゃダメだよ」 笑う皐月から目を離し、弁当に箸を伸ばして―― 何も残っていない事実に気づく。 「いやぁ、美味しかったぞ。久しぶりに食ったわー。また機会があったら食わせてくれ。必要なら材料費くらいは払うぞ」 「食べ物は早い者勝ちだからね。油断してるハルが悪いよ。世の中は弱肉強食」 えっと、俺卵焼きしか食ってないんだけど…… 呆けたように皐月を見やると、 「オチはないよ」 俺は空を見上げた。 |