Index Top 第6章 それぞれの決着

第3節 五十倍の世界へ


「ブリューナグ」
 撃ち出された二発の超比重金属弾が、スティルを弾き飛ばした。傷つけることはできない。だが、跳弾は、それぞれ五号機と六号機に向かっている。
 二体は紙一重で、銃弾を躱した。
 その隙に、レイは五号機めがけて走る。弾丸を躱したせいで、両手はあさっての方向へ向けられていた。レーザーは来ない。
「十三剣技・四弦……」
 技を放つ寸前に、視界が暗転する。暗闇の中に、何十行もの警告文が浮かんだ。制御支援コンピューターに傷を負ったらしい。レイは他人事のように理解する。
 回復した視界に映ったのは、コンクリートの床だった。転倒したようだが、奇跡的にテンペストの柄からは手を放していない。
(油断した――)
 五号機の壊れた右目から放たれたレーザーが、レイの眉間を貫いたのである。接近戦の切り札だろう。接近戦は苦手だろうと、侮っていた。
 結果、頭の中の制御支援コンピューターに傷を受け、正常な動きができなくなっている。機能停止に陥るよりはましだが、危機には違いない。
(奴は、とどめのレーザーを撃つ!)
 次に来る攻撃を避けるために、全身に力を込める。
 だが、五号機はそこにいなかった。離れた所で倒れている。意識を身体に戻すと、右足に何かを蹴った感触があった。あの時、知覚せずに蹴り飛ばしていたのだろう。
 しかし、それで危機が去ったわけではない。
 ノイズの走る視界に、二本の剣を構えた六号機が飛び込んでくる。
(動け、動け、動け!)
 左の初撃を、レイは持ち上げたテンペストで何とか受け止めた。制御支援コンピューターが自己修復を始めるが、満足に動けるまで時間がかかりすぎる。
 振り下ろされる右の剣と、ロンギヌスを構えて跳びかかってくるスティル、両手のレーザー発射機を向けてくる五号機。視界に入っていないものも、なぜか見えていた。だが、どれも避けられない。
(やられる!)
 そう思った、瞬間。
 ヒュゥ……
 風の音が聞こえて。
 気がつくと、テンペスト片手にレイは立っていた。スティルたちとの間合いは離れている。その上、六号機の持つ二本の剣が根元から斬り飛ばされていた。覚えてないが、テンペストで斬ったらしい。制御支援コンピューターの機能も回復している。
 何が起こったかは、分からないが。
「何だ、今の動きは?」
「イレギュラーの力……だろうな」
 信じられないといったスティルの呟きに、レイは応じた。
 アンドロイドとして、自分に求められたもの。この五年間、自分が求めてきたもの。心という存在が生み出す、未知なる力。ありえないことを可能にする力。剣術を含めたあらゆる武術の極致。
 この五年間、その燐片しか見られなかったが、
「ようやく、目覚めてくれたか」
 レイはテンペストを構えた。片方が欠けた銀色の直刃。チェーンブレードが生きているのは、一方だけ。覚悟を決める。やるしかない。
「起動率……二五〇〇パーセント!」
 蹴り足が足元のコンクリートを砕いた。全身に力が漲る。
 レイは五号機めがけて突き進んだ。意識はどこまでも冴えていく。敵の行動が全て読み取れる。風のように速く、水のように滑らかに。突き出されるロンギヌスを躱し、飛び来るレーザーを躱し、テンペストを引き絞った。
「十三剣技・十一猛虎!」
 音速を超えた連続突きが、五号機に突き刺さる。それは、一秒にも満たない時間。刃は残像すら残さない。この威力には、オメガの装甲とて耐えられないだろう。金属の破片を散らして、五号機は紙くずのように吹き飛ばされた。
 その行方を追うこともなく、身を翻す。
 六号機が両拳から、二本の剣を伸ばした。予備の剣だろう。だか、関係ない。
「十三剣技・十二飛龍!」
 刃が消える。そう見えるほどの速度で、テンペストが踊った。二本の剣が、いくつにも切断される。オメガの反射速度を以てしても見切れない。閃く白刃は、オメガの身体に何十本もの創傷を刻んでいった。全身の骨格を斬られ、六号機が崩れる。
 レイは身体の前後を入れ替えた。全身の機構が悲鳴を上げている。動けるのはあと、僅か。次の技を撃てば、自分は壊れるだろう。
 視線の先には、スティル。この怪物を倒すには鉄壁の防御を突破しなければならない。
(俺の力じゃ、突破できない。だが……)
 レイはテンペストの柄を逆手に握り直した。左手を、柄に添える。
(斬れないものを斬る、奥義。イレギュラーの力を最大限生かす技。レオンは幾度となく、この技であらゆるものを斬ってきた。俺にできるか? いや――できる。やってやる。この技を以て、スティルを倒す!)
「起動率五五〇〇パーセント!」

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13/8/25