Index Top 第3章 突入

第5節 行動開始


「始まったわね」
 ミストは口元に怪しい笑みを浮かべた。
 机の上に置かれたパソコンには、レイと二人の少年少女が映っている。情報部のコンピューターをハッキングしているのだ。このハッキングは、とうに知られている。情報部が表立って何もしてこないのは、今まで行ってきた数々の策略のおかげだろう。というよりも、スパイと知られた上で泳がされているというのが正しいか。
 何にしろ、会社の重要な仕事には参加できなくなっていた。適当な理由をつけられ、重要な区画にも行けなくなっている。自分が持っている権限は、一介の科学者と同じになっていた。
 それでも、最強のアンドロイドであるレイを造り、脱走させることは成功している。無事にデウス社の中で動けるだけでも、目的を果たすには十分だ。手間はかかるが。
「あたしも、そろそろ動かなきゃね」
 独りごちながら、ミストは机の引き出しからスイッチを取り出す。
 そのボタンを押すと。
 重く鈍い音とともに、部屋が微かに揺れた。デウス社にやって来てから日から今日まで、こつこつと会社の要所要所に小型高性能爆弾を仕掛けておいたのである。その数は二百近い。これは情報部にも知られていない。今、それが一斉に爆発したのだ。
 どれも、人気のない所に仕掛けたので、怪我人はいないだろう。
 爆発を証明するように、緊急事態発生の放送が流れる。
「次は――」
 ミストはキーボードを操作し、隠しファイルを呼び出した。約五百ギガバイトにも及ぶ、巨大なウイルス。これを、中枢コンピューターに送り込む。
 だが、この部屋のパソコンから、中枢コンピューターに直接アクセスすることはできない。情報部によって、アクセス制限がされているのだ。
 しかし、ウイルスを中枢コンピューターに送り込むのは不可能ではない。中枢コンピューターにつながる隠し回線は何本も作ってある。
「ウイルス送信」
 ミストはウイルスデータを起動させた。
 ウイルスは隠し回線を伝わって、中枢コンピューターへと侵入していく。プロテクトを突破し、ウイルスを注入するには、十数分の時間がかかってしまうだろうが。
 ウイルスを見つけ、削除するまでにかかる時間は……推定三時間。その間、デウス社とデウス・シティのセキュリティの九割が停止する。その隙に、自分はデウス社を脱出し、レジスタンスに合流しなければならない。
「ここからが、本番よ――」
 ミストは荷物の入ったカバンを背負い、ロッカーの中に隠しておいた武器を取り出す。
 それは一見すると、ごてごてと部品のついた大砲のような武器だった。機関砲、ロケット砲、レーザー砲、火炎放射器、インパクト砲を組み合わせた代物である。AATである空間圧縮機構に、質量中和機構を組み込んだ高性能兵器・ペイルストーム。
 自分がスパイと知られる前に造ったもの。優れた性能を持つが、あまりの制作費に実用化にはならなかった。これは、その試作機である。
 ペイルストームを抱え、ミストは扉を開けて廊下に出た。
 右の方から足音が聞こえてくる。
 自動小銃を持った社内警備班。
(もう、動き出したの! 速いわね――)
「ミスト・グリーンフィールド! 止まれ!」
 叫びながら、その銃口を向けてくる。
 それより早く、ミストはペイルストームの引き金を引いていた。閃光弾が打ち出され、警備班の眼前で炸裂する。純白の光が、廊下を白く染め上げた。
 ミストは閃光から逃れるように、自分の部屋へ飛び込んでいる。銃声が響いた。閃光に錯乱して銃を乱射したらしい。
 銃声が止まる。
 ミストはペイルストームのレバーを切り替え、廊下に飛び出した。間髪容れず、引き金を引く。インパクト砲――圧縮された空気が弾け、衝撃波となって警備班を吹き飛ばす。向かいの壁に激突した警備班の人間は、昏倒した。
 そちらに背を向け、ミストは駆け出す。
 まずは、デウス社の戦闘力を削るために、武器の格納庫に行かなければならない。武器を爆破するために。
「ここからの失敗は、命に係わる」
 自分に言い聞かせ、ミストは口元を引き締めた。

Back Top Next

13/2/24