Index Top 第2章 それぞれの目的 |
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第8節 告げておく事 |
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「まさか、『復讐はやめろ』なんて、月並みなこと言うんじゃないだろうな! あいにくだが、オレたちはそんなこと何度も言われてきたぞ。今さら言われても、復讐をやめる気なんかないからな!」 「やめろとは言わない。しかし、復讐するにはそれなりの覚悟がいる。誰かを殺す気ならば、自分が殺される覚悟も決めなければならない」 「そんなの、とっくにできてる!」 ノートゥングの柄で地面を叩き、シリックは叫んだ。 レイはそれを聞き流して、告げる。明確で、冷徹な事実。 「もうひとつ――。仮に復讐を終えても、手元には何も残らない。逆に何もかもを失うことにもなりえる。俺はそういった人間を何人も見てきた。復讐とは、相手とともに自らをも殺す行為だ」 「………」 反論を予想していたのだが、シリックもクキィも何も言ってこなかった。もしかしたら、薄々感じていたのかもしれない。だが、復讐をやめることはしないだろう。 「最後に――」 言いながら、レイは左手でテンペストを掴み上げた。 「俺の秘密を教えておく。君たちには、知る権利がある」 言って、刃を突き出した右腕に添える。 「俺に懸けられた賞金三十億クレジットは、デウス社が出したものだ。俺を国際指名手配させたのもデウス社だ。デウス社は俺のコアを狙っている」 「コア……?」 呟くシリックをよそに、レイは刃を素早く左に移動させた。さしたる抵抗もなく、右腕が斬り落とされる。だが、断面から血は流れていない。そこから姿を覗かせるののは、金属でできた骨と、それを覆う金属の筋肉繊維。それらを、肌色の表皮が包んでいた。 言葉を失う二人に、レイは言った。 「見ての通り、俺はアンドロイドだ。本名は、オメガ試作機・認識番号00000」 「……認識番号00000だらか『レイ』さん、ですか?」 「そうだ。名字のサンドオーカーは、気づいたらつけられてた」 シリックは納得したような表情で、呟いている。 「アンドロイドか。どうりで、あんな人間離れした動きができるわけだ。だけど、何で機械なのに食事するんだ? それに、どうやってその腕直すんだ?」 「俺は別に、食べ物の栄養を摂取してるわけじゃない。食べ物の質量そのものを特殊な炉で分解してエネルギーに変えている。質量ならば何でもいいんだが、食べ物を食べるのは人間らしく見せるためだ。次に、この腕だが……」 言いながら、レイは右腕を拾い上げ、その断面を合わせる。数秒してから手を放すが、腕は落ちない。皮膚組織から骨格まで修復されていた。動きに支障はない。 「見ての通りだ。俺の身体を構成しているのは、自己修復プログラムの組み込まれた無数のナノマシン。中枢部分以外なら、材料とエネルギーがある限りいくらでも修復可能だ。それに、俺にはあらゆる最新技術に加えて、いくつものAATが使われている。空間圧縮、物質変換、質量中和。だが、中心に位置するのは、人間に極めて近い思考と感情――つまり心だ。俺は人工知能を超えた、心を持っている」 「心、ですか?」 胸元で手を握り、クキィが不思議そうに訊いてくる。 「どうしてレイさんは心を持ってるんです? 戦闘用機械にとって、独立した意思というものは邪魔にしかならないって、何かの本で読んだことありますけど」 「俺に求められたのは、心に秘められたイレギュラーの力だ。他の機能はそれを補助するためのものでしかない」 「イレギュラーの力?」 疑わしげに、シリックが訊いてきた。どういうことなのか、理解できないのだろう。イレギュラーの力というものは、常人に理解できるものではない。 「実例を挙げよう――。さっき俺は、どんなに薄くて強靭な刃物を使っても、人間の力と技じゃ鋼鉄も斬れない、って言っただろ?」 「ああ……」 「心という存在の最深奥に潜む、混沌という名の魔物。計算では導き出せない未知の解。これがイレギュラーの力だ。これを引き出せば、鋼鉄の剣で鋼鉄の塊を両断することもできるし、全方向から放たれた機関銃の弾丸を見切って躱すこともできる」 「ホントかよ……?」 自分の言っていることは、到底信じられないだろう。どれも、荒唐無稽で、常識の範疇を超えている。信じないシリックに、レイは言った。 「信じられないかもしれないが、現にこの力を引き出した人間は実在する。千人斬りの異名を持ち、剣聖と呼ばれ、剣鬼と畏れられた男を知っているだろ?」 「はい。レオン・シルバー。百五十年前に実在した人物ですよね。剣一本で、武装マフィアを壊滅させたり、装甲戦車を真っ二つに斬り裂いたなど、伝説には事欠きません」 「だけど、伝説だろ」 「伝説だが、事実だ。レオン・シルバーは、長剣一本で、鋼鉄の扉を紙のように斬り裂き、漆黒の闇の中で撃たれた機関銃の弾丸全てを弾き飛ばし、重火器で武装した強盗団を無傷で全滅させた」 言いながら、レイはテンペストを掴み上げた。その直刃をかざす。その刃先には、斬れ味を極限まで高める、チェーンブレードが仕込まれているが。 「そこまではいかないものの、俺もチェーンブレードを使わず鋼鉄くらいは斬れる」 「凄いですね」 感心したように、クキィが呟く。 「でも、レイさんってどこで造られたんですか? レイさんみたいに性能のいいアンドロンドなんて、並大抵の会社や研究所じゃ造れませんよ」 「デウス社だ」 「!」 デウス社という単語を聞いて、シリックがノートゥングの銃口を向けてきた。クキィも表情を硬くして、マントの中に手を入れている。 |
12/12/30 |