Index Top 第2章 それぞれの目的 |
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第6節 野宿 |
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砂漠の夜は、突然やってくる。 まるで昼と夜の境界線を引いたかのようだ。太陽が西の地平線に沈むとともに、周囲が暗くなり、気温も急激に下がる。特に気温は、放射冷却で氷点下にまで下がることも少なくない。対策も取らずに野宿をすれば、凍死するだろう。 「今日は、ここで野宿だ」 西の空を見ながら、レイは呟いた。時間は午後の六時過ぎ。今から街に戻っても、街に着くのは夜の九時頃。開いている宿屋はないだろう。 レイはジープの荷台から、テントを取り出した。地面に散らばった小石を払いのけ、手馴れた動きでそこにテントを組み立ていく。 「結局、何も見つからなかったな……」 ジープの荷台をあさりながら、シリックがぼやく。あれから三時間、遺跡をくまなく探索したのだが、何も見つからなかった。警備装置の残りはいくつかあったが。 テントを組み上げ終わり、レイは荷台の箱から固形燃料を取り出した。それを地面に置き、マッチで火をつける。赤い炎が周囲の闇を押しのけた。 「予想はしてたけどな。だが、遺跡がどういったものなのかは分かっただろ」 「はい」 携帯用の乾パンと水筒を用意しながら、クキィが嬉しそうに頷く。遺跡の中を探索する最中、クキィは目を輝かせながら、あちこちを見ていたのだ。 「なあ、食い物ってそれだけか?」 乾パンを見ながら、シリックが不服そうに呟く。自分は乾パンだけでも平気だが、この姉弟には物足りないだろう。レイは荷台を指差し、 「布袋に缶詰が入っている。スプーンも一緒にな」 「ああ」 言われるがままに、シリックは荷台の布袋に入った缶詰とスプーンを取り出した。鶏肉と野菜のシチューである。砂漠の携帯用食料だけあり、味付けは濃い。 三つの缶詰を持ったまま、シリックが言ってきた。 「で、缶切りは?」 「あー。ないな」 レイの呟きに、呆れたように呻く。 「じゃあ、どうやって開けるんだよ。これ――」 「開けることは、できる」 言いながら、レイは傍らに刺してあったテンペストを引き抜いた。呼吸を整えながら、横に構える。正確に狙いを定め。 「……って!」 シリックが顔を引きつらせるが、 「動くなよ。十三剣技・三清流!」 横薙ぎの一閃が、缶詰の蓋を斬り飛ばした。缶詰の蓋が宙を舞って、地面に落ちる。 沈黙は二秒。 「待て待て待て待てィ」 蓋のなくなった缶詰を見ながら、シリックが怯えた声で叫んできた。手の平の十数センチ上を、凶悪な斬撃が通り過ぎるのは、恐怖だろう。手が震えている。 「何てことすんだよ、あんた! オレの手がなくなったら、どうする気だ!」 レイはテンペストを地面に突き立て、シリックの手から缶詰とスプーンを掴み上げた。缶詰は、蓋の部分だけがきれいに斬られている。中身は何ともなっていない。 「こんな標的を外すほど、俺は未熟じゃない。俺はこの剣を〇・〇一ミリ単位で動かせる。万が一にも、君の手を斬ることはなかった」 笑いながら、レイは言った。持っていた缶詰を炎の側に置き、それぞれの缶詰にスプーンを入れる。しばらくすれば、暖かかくなって、食べやすくなるだろう。 地面に突き立ててあるテンペストを見つめ、クキィが訊いてきた。 「初めて会った時から訊こうと思ってたんですけど――。レイさん、その剣って何なんですか? 何か仕掛けがあるって言ってましたよね。どういう仕掛けなんですか?」 「頑丈なガーディアンを真っ二つにしたしな」 いまだ震える自分の手を見つめながら、シリックも言ってくる。 レイは地面に突き立てたテンペストを引き抜いた。地面に座ると、剣を抱え込むように持ち、鏡のような刃を指で撫でる。 自分と同じように、地面に腰を下ろした二人に向けて、 「何でも斬れる刃物の条件は三つ。刃が薄いこと、材質が強靭なこと、あとは斬れ味がいいことだ。まずこの剣の厚さだが、最大肉厚一ミリ」 「一ミリ……って、カッターナイフ並の薄さだろ!」 「折れないんですか?」 常識的に考えれば、長さが百五十センチもある、肉厚一ミリの刃物など、何かを斬る前に自分の重さで曲がるか折れるかしてしまうだろう。しかし、これはそういうことにはならない。 「この刃を構成している金属は、原子間結合力強化処理金属炭素合金だ。折れない。曲がらない。欠けない。昇華点は二十万度を超える。溶かすこともできない」 「原子間……結合……?」 目を点にする姉弟に、告げる。 「俗称はオリハルコン」 「あ、それなら知ってます。十年くらい前に人工的に生成できるようになった金属ですよね。破壊不能の、最強の物質。……でも、どうやって加工するんです?」 最強の物質ということは、それを上回る強度を持つものが存在しないということだ。それでは、切断、切削、研磨、穿孔と、加工することができない。 「これは、ナノテクノロジーを駆使して原子をひとつずつ組み上げていくんだ」 説明してから、レイは声の調子を落とした。 「しかし、たとえ無敵の物質を使って極薄の剣を作ったとしても、人間の力と技術じゃ鋼鉄を斬ることもできない。これが現実だ」 「なら、何で……?」 |
12/12/9 |