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第1節 最後の意志 |
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「鉄鋼壁!」 一矢たちの目の前に、青い障壁が現れる。 障壁が、衝撃波を分断した。左右に分かれた黒い激流が、地面を削る。激震と轟音が全てを揺るがした。直撃していれば、痕跡すら残らず消し飛ばされていただろう。 障壁が消える。 「お前……」 炎の剣を下ろし、シギが呻いた。 「皆さん。無事ですか……?」 衝撃波を防いだのは、シギではない。 「君は、セイク君――!」 「アルテルフ博士、生きていましたか」 セイクはアルテルフを見て、安心したように呟いた。 病院から脱走しきたらしく、入院患者用の白い服を着ている。が、その身体には何本もの創傷が刻まれていた。服が血に染まっている。 「セイクさんを見張ってた人たちはどうしたの?」 メモリアが尋ねると、セイクは申し訳なさそうに答える。 「私がここに来るのに障害となったため、倒させてもらいました。ですが、安心してください。誰も殺してはいません。気絶させただけです」 身体に刻まれた創傷は、警備兵と戦った跡なのだろう。 「お前、かなりの使い手だな。隠してたのか」 シギが呻く。一矢には分からないが、シギには分かるらしい。現に、傷を負ったとはいえ警備兵十人を倒してきたのだ。それは、強さの証明としては十分である。 「で……」 興味なさそうにセイクを見やり、ハドロが尋ねた。エイゲアという最強の手駒を持ったハドロにとっては、いまさらセイクが出てきたところで損にも得にもならない。 「お前は、何しにここへ来た?」 「ひとつは、あなたに会うためです。ハドロ所長」 セイクはハドロを見据えた。 「ハドロ所長……。私は間違っていました。もうあなたの命令には従いません。これから、私は私の意志で行動します。この決意は、もっと早くにすべきでした」 視線をそらさぬまま、毅然と言い放つ。 「そうすれば、あなたの不正な行為も止められたかもしれません。アルテルフ博士を襲撃するという計画も阻止できていたかもしれません。エイゲアという怪物を生み出すこともなかったでしょう」 「だからどうだっていうんだ?」 しかし、ハドロはそれを一蹴した。 「お前の言ってることは、とっくに終わったことだ。白の剣と鋼の書を手に入れたからには、お前が何を言おうと、何をしようと、俺の知ったことじゃない」 「そうですか……」 言いながら、セイクは首を横に振った。その声には、失望が混じっている。 ハドロを見据えたまま、セイクが言ってきた。 「ここに来た理由のふたつめは、あなたたちに謝ることです。一矢君、シギ君、メモリア君、テイル君。騙していて、すみませんでした。アルテルフ博士、あなたを殺すという計画を黙認したことを、許して下さい」 言い終わると、一度だけ振り返る。引き締められた表情。その瞳には、明確な意思が映っていた。身体を包む青い神気が揺らめく。 「あなた、何するつもり……?」 セイクの背中を見つめて、テイルが怯えたように呟いた。 一矢も背筋に冷たいものを感じる。何をしたいのかは分からなかった。だが、セイクを止めなければならない。でないと、取り返しのつかないことになる。 セイクが言った。迷いのない口調で、 「最後のひとつは、罪滅ぼしです。これは私の意志です。止めないで下さい……!」 「お前!」 シギが手を伸ばす。が、その手は届かない。 「では――」 セイクは撃ち出された弾丸のように、駆け出した。ハドロには構わず一直線にエイゲアへと向かっていく。青い神気は、油を注がれた炎のように、激しく揺らめきながら大きさを増していった。 が。 「……やれ」 ハドロはエイゲアを一瞥する。 その一瞬後には、漆黒の腕がセイクの腹を貫いていた。身体能力に差がありすぎる。人間一人の力では、どうあがいてもこの怪物に立ち向かうことすらできない。 エイゲアがセイクを貫いた腕を、持ち上げた。 しかし、セイクの神気は消えていない。 ハドロは理解できぬといった面持ちで、無残に串刺しにされたセイクを見やる。小馬鹿にしたような口調で、訊いた。 「死にに来たのか、お前?」 「そうですよ……」 セイクが笑う。最期の微笑み。 |
12/4/22 |