Index Top 第2章 進み始める世界 |
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第8節 シギのやるべきこと |
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「え?」 一矢は目を点にした。いきなり自分は人間ではないと告げられ、何と反応すればいいのか。どこから見ても、シギは人間であるが。 何もできぬうちに、シギは続けた。 「俺は、十年前、ここからずっと北に行った所にある洞窟で発見された。その時は、魔法でも気術でもない力が込められた鎖で、がんじがらめにされていたらしい。推測だが、その鎖は何かの封印だったんだと思う」 心境を映したような複雑な口調で、 「俺は鎖から解き放たれ、クオーツ研究所に運ばれた。その時のことは覚えてないが、俺の力を見て、ハドロは戦闘用生物の研究を思いついたらしい。奴がこんな研究を始めた責任は俺にもある……」 そう言うと、手綱を握っていない右手で見えない壁を叩くような仕草をした。表情に刃物ような感情が浮かぶ。これが殺気なのだろう。 それを吐き出すように吐息してから、シギは話を再開した。 「そこの研究所で、俺は戦闘術と気術を教えられた。俺は他にやることもなく、その訓練を九年間続けていた。メモリアと出会わなければ、俺はただの戦闘生物になってただろう。だが、俺はメモリアと会った」 と、言葉を区切る。 一秒ほどの間を置いて、シギは言った。 「メモリアと会って、俺の中で何かが切れた。俺はメモリアを連れて、研究所を脱走した。研究所の半分近くをぶっ壊してな。連中は執拗に俺たちを追いかけてきたが、俺たちはそれを振り切って……」 中途半端な所で口を閉じ。 独り言のように呟く。 「戻ってきた」 「何でだ?」 率直に一矢は問いかけた。追っ手を撒いたのならば、見つかる危険を冒してまで戻ってくるのはおかしい。何か、理由があるのだろう。 「ハドロの研究を潰すためさ――。あいつらの研究も、元を正せば俺にあるからな。俺は奴を倒し、腐った研究をやめさせる。だが、俺たち二人だけじゃ力不足。だから、俺は技術都市ハムト・カウに行く」 シギは街道の先を見据えて、シギが呟く。 この街道の先に位置する、大都市。様々な技術についての研究が進められている、技術都市。その水準は、ストーリアでも最高峰に位置するという。 「何で、ハムト・カウに行くなきゃならないんだ?」 「俺は研究所から脱走する時、あるものを奪ってきたんだ。それは、どうも生物が持つ能力を増幅させる力があるらしい。メモリアの能力を拡張するのにもそれが使われた。その正体は謎だが、ハムト・カウにいる希代の天才科学者シェルタン・アダフ・アルテルフ博士なら分かるかもしれない。この博士は都合のいいことにクオーツ研究所のやり方に反感を持っていてる」 シギの言葉を聞いて、一矢は再び尋ねた。 「天才科学者の話は分かったけど、研究所から奪ってきた『あるもの』って何だ?」 「………」 思案するように、シギは白い眉を寄せる。 「今は話せない。ハムト・カウに着いたら話す」 「そうか……」 頷くだけで、一矢は深くは訊かなかった。無理に訊こうとしても、教えてはくれないだろう。目的地に着いたら話すというならば、それまで待てばいい。 それよりも。 一矢は黙って話を聞いていたテイルに目を移した。手に持っていた鋼の書を目で示す。現実を書き換える本。 「テイル。僕は……」 「鋼の書を使うのが怖くなった?」 テイルに言われて、一矢は力なく笑った。 「まあな……。鋼の書を過信すれば、どうなるか。身を以て知ったからな」 身体と左腕に巻かれた包帯を見つめて、呟く。鋼の書だけに頼り、調子に乗って戦った結果が、この様だ。鋼の書の力の限界を思い知らされる。 「鋼の書は、あなたが思ってるほど便利な道具じゃないのよ。一歩間違えれば、自滅につながるわ。鋼の書は、諸刃の剣なの」 諭すように、テイルが言ってくる。 「諸刃の剣か――」 一矢は鋼の書を見つめた。 |
11/12/18 |