Index Top 第2章 進み始める世界 |
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第5節 それぞれの戦闘 |
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「何だ、こいつら?」 腰の刀に手をかけながら、一矢は唸った。 「テイルの言ってた襲撃。こいつらは、ハドロが魔法で作った擬似生物だ。動きは単調だが、多少の打撃じゃびくともしない。魔力が尽きるか核を壊されるまで、動き続ける」 「核?」 「胸の中にある呪符だ。それを壊せば止まる――」 独特の呼吸とともに、シギの身体を純白の輝きが包む。刃物のように鋭く、ガラスのように透き通った光。これが、神気なのだろう。 メモリアも杖を構え、呪文を唱え始めている。 シギが地面を蹴った。左手を引き絞り、 「神気牙!」 突き出された拳から、神気が槍のように伸びる。真正面にいた黒装束が、神気に胸を貫かれ崩れた。シギは黒装束の手からこぼれた剣を左手で掴む。 白い神気に包まれた剣が、隣の黒装束の胸を斬り裂いた。 「ショック・アロー」 メモリアが魔法を解き放つ。十数本の輪郭だけの矢が宙を走り、黒装束数体に突き刺さった。そのうち一体は、胸を貫かれ倒れる。 戦う二人を見ながら、一矢は唾を呑み込んだ。 「何、暢気に見物してるの!」 それは意識の速度を超えていた。テイルの声に押し出されるように抜刀された刀が、自分の身体めがけて振り下ろされた剣を受け止める。 刀が地面に落ち、一矢は後退った。 「あなたも早く戦いなさい! 死ぬわよ!」 叫んでくるテイルに、一矢も叫び返す。 「どうやってだ! 僕は生まれてこの方ケンカもしたことないんだぞ!」 「鋼の書があるでしょ!」 「本片手に戦えるか!」 「鋼の書を使うには、いちいち手で持ってる必要はないのよ! 開いて地面に置いとくだけで、文章を書き込めるわ!」 言い合いをしているうちに、目の前に黒装束が迫っていた。 一矢は意を決すると、マントから鋼の書を抜き取り、落とす。背表紙から地面に落ちた鋼の書が、左右に開いた。敵は目の前。 《一矢は自分めがけて振り下ろされた剣を……間一髪、白刃取りで受け止めた。動きの止まった黒装束を蹴り飛ばし、その隙に落とした刀を拾い上げる》 「そういうこと、か……」 冷や汗を流しながら、一矢は呟いた。鋼の書を使えば、素人でも戦うことができる。戦いの文章さえ書ければいいのだ。それは難しいことではない。 マントの襟元から抜け出し、テイルは鋼の書の上に移動する。 「これで分かったでしょ。来るわよ」 《テイルに言われる前に、一矢は刀を構えて飛び出していた。斜めに振り下ろされる剣を、半歩後退して躱し、黒装束の胸を刀で一突きに貫く。 右から突き出された槍を刀で横に受け流し、一矢は槍を持つ黒装束に詰め寄った。間合いが違うので、攻撃は来ない。一太刀に、黒装束を斬り倒す。 振り向きざまに、一矢は飛び来るボウガンの矢を弾いた。次の矢を放つ前に、ボウガンを持った黒装束に接近し、胸を貫く》 「一矢!」 テイルの叫び。 見やると、残りの黒装束五体が一斉に鋼の書に向かって走っていく。 一矢も鋼の書の元へと向かおうとして…… (走れない!) ぞっとして身体を見下ろす。右肩から左脇腹まで走る深い創傷、右脇腹に突き刺さった槍、左上腕に刺さったボウガンの矢。それぞれの傷口から血が流れ出していた。 焼け付くような激痛が神経を突き刺す。服が赤く染まっていた。 「まずい……」 意識が遠くなっていく。一矢は歯を食いしばった。痛みをこらえて、槍とボウガンの矢を引き抜く。ここで気絶することは許されない。鋼の書を守らねばならない。奪われれば、何が起こるか分からないのだ。 しかし、鋼の書に文章を書き込む精神力は残っていない。 黒装束の手が、鋼の書に伸びる。 「破鋼斬!」 「サンダー・アロー!」 シギの持つ剣が、黒装束三体を斬り払った。残った二体の黒装束も、メモリアの魔法に打ち倒される。これで、鋼の書は守られた……。 「一矢!」 「イッシ!」 「イッシさん!」 三人の声が遠くに聞こえる。 一矢の意識は、そこで途絶えた。 「思ったよりも、手間取ったようですね」 男は誰へとなく語りかけた。しかし、相手はいない。 もっとも、相手がいないことなど取るに足らないことである。話しかけているのは、自分なのだから。誰かが聞くこともない。 「まさか、一矢殿がこれほどの傷を負うとは――予想外でした。それとも、準備もなく鋼の書に挑んでで生きていられる方が特筆すべきですか?」 問いかけるが、返事はない。あるはずがない。話しかけている相手が、いないのだから。答えは自分で言うしかない。 「分かりませんね。この試みは初めてですから」 声は何もない空間へ散っていく。反響もない。 男は思索するように顎に手を当てると、 「これから物語がどの方向へ進むのか。それは一矢殿しだいですね。私は私がやるべきことをやりましょう」 呟いて、どこへとなく消えていく。 |
11/11/27 |