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| 第４節 二人の覚悟 |
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結界の外では凍った水分が雪のように降っている。 「寒いわねぇ。気温何度かしら」 結奈は手の平に吐きかけた。影獣を使って即席のコートとマフラー、手袋を作ったのだが、気休めにしかなっていない。氷点下二十度ほどだろうか。いつぞや北海道で雪中行軍訓練を行ったことがあるが、それよりも寒い。左手で檻を抱えている。 下腹に届くような爆音。雷鳴のような音が二度。 「シンイチさん。大丈夫でしょうか？」 「マスターなら大丈夫。彼は自分の意志を曲げることはしない」 檻に入ったままのカルミアと、傍らに浮かんだイベリスが音のした方向を心配そうに見つめている。元は人形なので、さほど寒さを感じていないらしい。 結奈は妖精人形たちから目を離した。 「ねえ、リリル」 「何だぁ？」 振り向いてくるリリルに、慎一と空刹がいそうな方向を指差して、 「精霊って環境変化に強いっていうし、この吹雪の中でも大丈夫でしょ。さくっと飛んで行って様子見てきてくれない？」 「凍え死ぬわ、ボケ！」 言い返してくる。 「そんな格好してても寒くなさそうにしているから、大丈夫でしょ。マイナス百度って言ってたけど、気合いで何とかか出来るわ。魔族なんだから」 結奈はリリルの格好を指差した。両腕と両足とお腹を出した、露出の高い衣装。夏場ならともかく、冬場なら風邪を引くだろう。 「アタシら精霊はな、殴られてもダメージはないけど、痛いことは痛いんだ。寒さもそれと同じだよ。ダメージはないけど、寒いのは寒いんだ。今だって寒い」 「ケチ」 リリルの言い訳に口を尖らせる。 再び轟音が聞こえてきた。何かが壊れる音。 「慎一は空刹に勝てると思う？」 「過激なドーピングしてるようだけど、無理だろうな。あいつは……空刹は日暈の当主に匹敵するほど強い。勝ち目は薄い」 腕組みしたままリリルが答える。正論だろう。慎一だけでは勝ち目がない。自分たちが加わっても、焼け石に水。足手まといにしかならない。 カルミアが不安げに見上げてくる。 「わたしたち、クウセツさんに連れて行かれちゃうんでしょうか？」 「……封術・法衣って、今から使える？」 結奈は静かに呟いた。 リリルの金色の瞳に緊張が映る。 「あたしが封術・法衣を使って加勢すれば勝てるわね。多分」 二人が顔を向けてくるのを確認してから、結奈は続けた。 イベリスが反論する。 「でもマスターは私たちが封術を使うことを望んでいない」 「あいつの考えはどうでもいいわ。あなたたちはどう思ってるの？ あの戦闘バカが必死に戦ってるんだから、手助けのひとつもしてあげないとね」 二人を見据えて、結奈は告げた。 「どうするの？ 早く決めないと終っちゃうわよ」 「分かりました」 右手を握りしめ、カルミアが頷く。 決意の点った蒼い瞳でイベリスを見つめた。 「イベリス。封術ってどう動かすの？」 「………」 無言で見返すイベリス。 肩をこけさせる結奈。 盗み聞きしていたリリルが両腕を振っているのが見えた。 「結奈さん。あなたの覚悟は出来ている？ 封術・法衣はただの術じゃない。魔法よりも強力な封術。使えばあなたも無事では済まない」 感情の込められていない金色の瞳。脅すでも心配するでもない視線に、威圧感もない。だが、それだけに迫力がある。 「愚問ね。死ぬ気はないわ」 結奈はウインクして見せた。 それで納得してくれたらしい。 「姉さん」 イベリスが右手を前に出す。 応じるように、カルミアも右手を出した。それにどのような意味があるのかは分かっていない表情だが、慣れた動きで右手を合わせる。 「起動――」 二人の声が重なった。 軋むような音を立てて、力が溢れる。カルミアを閉じ込めていた檻が壊れ、二人の姿が崩れ同化した。ほんの一秒ほどの出来事。溢れる霧のようなものが結奈の身体を包み込み、物質化する。 白と黒の色彩からなる優雅なドレスと円筒形の帽子。感嘆するほど美しい。その布飾りは剣を模していて、鋭角的で攻撃的。僅かに漏れる力だけでも鳥肌が立つほど。右手には、白金色の槍が握られていた。 ヒュゥ、と感嘆の口笛が漏れる。 ふと視界の隅にリリルが映った。腕組みして余裕を装っているが、顔から恐怖が読み取れる。平静でいられる方がおかしい。 「念のため言っておくが、無事で済む保証はないぞ？ 制御できるかも怪しい……」 「女は気合いよ。危険は承知の上、あんたなら分かるでしょ？」 結奈は人差し指を振ってみせる。だが、その表情は数秒も経たず崩れる。獣化の秘術を使った時に似た喪失感。消えていくよりも、崩れていくような喪失感。 「でも、マズいかも。これ」 「お前……」 結奈の呟きに、リリルの顔が強張る。 |