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第5節 屋上にて |
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屋上への階段を昇りながら、結奈は欠伸をした。 「なんか、眠い。やっぱ、早起きしすぎたわね」 「魔法で強引に結界を動かしたようです」 空刹がのんびりと答える。 「あ。やっぱし」 結奈は笑った。予想内の返答。 微かにであるが、さきほどから意識が朦朧としていた。眠る前の微睡みのようなもやもや。頭を振っても、その霞は消えない。 「結界を暴走させたようですね。あと二十分も経たず、僕たちは動けなくなります。それまでに結界を止めなければなりません」 「どうやって……?」 尋ねる宗次郎。結界の術式を不用意に壊すと、暴発する。ましてや、魔法で暴走させた結界式。衝撃だけで暴発するかもしれない。慎重に解体しなければ、危険だ。 空刹は両腕を広げてみせる。 「さぁ。爆弾処理のようなものですからね。凍化の術で固めますか?」 「クウセツさん。無責任です……」 カルミアが首を左右に振った。 「シンイチさん」 心配そうに背後を振り返っている。蓮次を足止めしている慎一。 負けることはないだろう。日暈慎一。戦闘のみに特化した日暈家の一員である。守護十家の刀。迫撃戦での強さは日本最強の一族である。 階段を上り切り、屋上へと続く小部屋に入り、ドアのノブを掴む。 「この魔法式は外すのに時間がかかります。では、あとは頼みますよ。結奈くん」 呟きとともに、扉が赤く輝いた。 口端を上げる空刹を眺めながら、結奈は影を放ち障壁を作る。 「え――」 「おい!」 カルミアと宗次郎の声を無視し、結奈は影に容量限界まで霊力を注ぎ込む。影に遮られた視界が白く染まった。轟音とともに、空間を満たす高熱の炎。術ではなく、魔法。屋上への続く通路を開けたら、内側に側に向けて発動する罠である。 魔法の効果が収まり、屋上への部屋は消えていた。 コンクリートの床が溶けた、白熱する溶液。空気に触れて固まる。 「いや、はや……。とてつも、ない破壊力、ですね」 全身から煙を上げ、空刹は呻いた。服もあちこちが黒く炭化している。眼の前に突き立てられた大剣。それで、爆炎の直撃を防ぎ、防御の妖術を使った。あれほどの魔法を浴びて生きているのは、特筆に値する。 だが、ダメージは深刻。血を吐き出した後、その場に崩れた。 「先生、空刹の治療をお願い」 告げるなり、結奈は影の障壁を解き、空刹の前へと飛び出す。屋上の中央に置かれた石盤。結界の発生装置。だが、自分の目的はそれではない。 右手の一振りから放たれた影獣が、何もない空間を噛み千切った。 風景が崩れ、一人の女が姿を現す。 「見つかったか」 軽い声で呟いた。 身長百七十センチほどの長身。セミロングの跳ねた銀髪で、前髪が赤い。健康そうな褐色の肌で金色の瞳は鋭い。凛々しい顔立ちに、不敵な微笑を浮かべている。細長い尖り耳、両頬の黒い稲妻のような模様、黒い鞭のような尻尾。肉感的な身体を、露出の多い黒衣で包んでいた。 写真で見たことはあるが、本物は迫力がある。 「魔族……厄介ね」 闇の属性を持つ精霊族。悪魔などと呼ぶ者もいるが、我が強いだけで悪でもない。だが、魔法を使う精霊。決して楽に倒せる相手ではない。 しかし、結奈は笑って見せた。 「負ける気もしないけどね」 「アタシはシェシェル・ナナィ・リリル。蓮次に雇われた傭兵兼盗賊だ。よろしくな」 友達にでも挨拶するように右手を動かすリリル。 闇色のジャケットとホットパンツという格好で、あちこちを銀の装飾で飾っている。派手なようであるが、文句なしに似合っていた。 「見ての通り、そこの結界式を魔法で動かした。不用意に衝撃与えると、建物の半分は吹っ飛ぶぞ。巻き込まれたくないから、ここで壊すなよ……」 「なんか気弱ね」 「一千万円で命懸けるほど、アタシはお人好しじゃないんでね。しかも、あいつ依頼料値切るし、金払い悪いし、人使い荒いし、性格悪いし、むっつりスケベだし。もう一人くらい雑用雇えってんだよ」 愚痴るリリルと、空を切る影。倒れた空刹を狙った黒塗りのナイフ。だが、空刹の直前に現れた影の壁が、ナイフを防いだ。 「当たるとは思ってないけどな。割の合わない仕事だ」 リリルは右腕を一振りする。右手に現れる十字剣。刃渡り百センチほどの両刃で、剣身に無骨な鐔と柄だけ組み付けてある。魔法による召喚。 「動け」 銀色の剣身が赤く染まった。魔法によって鍛えられた炎の魔剣。 結奈は赤い刃を見つめながら、ため息をついて見せた。 「厄介そうな代物ね。こういうことは慎一の仕事なんだけど、あいつは狐と遊んでるからあたしがやるしかないのよね」 自分の眼力が正しければ、炎の魔剣は一級品である。真正面から切り込むのは得策とは言えないし、そもそも迫撃戦は得意ではない。だが、逃げるわけにもいかない。 リリルの瞳に刃物の輝きが灯る。鞭を振るように、尻尾を一振り。 「だけど、こっちも商売。仕事はきっちり片付けるぜ」 |