Index Top 目が覚めたらキツネ

第1節 式服装備


 カーテンを閉めて鍵をかけ、封印の術を三重にかける。
 八畳の洋室。窓は北側、南側のドアは中央の廊下に通じている。本棚がぎっしり置いてあり、書庫のような部屋だった。頻繁に使っているらしく、埃は落ちていない。部屋に漂う本の香りが心地よい。
 慎一は壁際の机に式服を置き、刀を立てかけた。尻尾を動かしつつ、ボヤく。
「……何やってるんだろ。僕は」
 ショーツを両手で広げてみる。薄く小さい専用の下着。色は純白。男の時なら手に取ることも考えなかった。今はこれを着けなければならない。
 慎一は乾いた笑いを浮かべてから、
「僕も健全な元男だし。興味がないというのも、嘘になる」
 短く呟き、表情を引き締めた。ズボンを脱ぎ、畳んで机に置く。トランクスも脱いで、ズボンの上に乗せる。左右を見回すが、見ている者はいない。
 何も生えていない股間。手で撫でてみても何もない。
「ホントに女だなぁ」
 ため息をついてから、慎一はショーツに両足を通した。腰まで引き上げ、尻尾抜きの術で尻尾を通す。スパッツを手に取り、前後を確認。同じように両足を通してから、腰まで引き上げた。尻尾を通す。尻尾を上下に動かし、具合を確かめた。
「むぅ」
 腰から太股まで、ぴっちりと布が覆っている。未知の感覚。
 慎一は左足を真上に蹴り上げた。天井に足の裏を向けて、動きを止める。片足立ちのまま、払うように足を動かした。ズボンとは明らかに違う密着感。
 足を下ろし、慎一は口元を緩めた。
「意外といいかも」
 太股を撫でながら、頷く。ちらりと視線を動かすが、人の気配はなし。
 慎一はシャツを脱ぎ、タンクトップも脱いだ。ブラジャーは脱がない。
 紺色の小袖を着込み、紺色の行灯袴を穿く。三度尻尾を術で通した。スカートを穿いているような感じである。足がすかすかして気持ち悪い。
 だが、肌触りは普段着よりも滑らかだった。通気性もよい。
「何で行灯袴なんだよ……。馬乗袴でいいのに」
 前帯を二重巻きにし、後ろ板を背中につける。後帯を前帯の下に通してから、解けにくいように書生結びで留めた。袴を穿くのは久しぶりだった。
 最後に水干もどきをまとう。袖を通し、右と左の身頃を順番に胸に寄せ、両者を中心に合わせた。首上の紐を右肩の辺りで結ぶ。
「ぴったりだな……」
 手足を動かしてみるが、違和感はない。サイズも丁度。
 脱いだ服と刀を持ち、慎一はドアの術を解いて部屋を出る。
 廊下を歩き、玄関広間を通って居間に戻った。ソファに座っている三人とテーブルに座ってるカルミア。宗次郎は白衣のような式服をまとい、破魔刀を持っている。
「着替えたぞ」
「ご苦労」
 宗次郎が立ち上がり、慎一の脱いだ服を奪い取るように持って行った。
 入れ違いで慎一の目の前に陣取る結奈。膝をつき、両手でデジカメを構える。
「はい。笑って♪」
 ピシッ。
 そんな音を残して、デジカメが真横に裂けた。フレームの下側と部品が床に落ちる。慎一の手刀が横薙ぎに切裂いたのだ。
 壊れたデジカメを見つめながら、結奈は口を尖らせた。
「何よ、ケチ。せっかくネットにばら撒いてあげようと思ったのに」
「余計なことはするな」
 結果を想像しながら、呻く。およそ碌な結果にはならない。
 カルミアが目の前まで飛んできた。緑色の瞳を輝かせながら、胸の前で両手を握り締めている。慎一の服装を眺めながら、
「シンイチさん、すごく似合ってますよ、この服。格好いいです!」
「ありがとう」
 笑い返す慎一。格好いいと言われて悪い気はしない。
 にやにやと笑いながら結奈。
「その袴の中身も見せて欲しいわ。絶対に似合ってるわよ」
「僕はそういう冗談は嫌いなんだ」
 威嚇するように、慎一は右手を持ち上げて見せた。頬が赤くなっているが、それは無視する。次余計なことを言えば殴るだろう。
「では、準備も終わったので出発しましょう」
 空刹が立ち上がり、外を示す。まだ九時前であるが、午後一時までには封力結界を止めなければならない。予想より早くならないという保証もないのだ。
 宗次郎は自分の破魔刀を持ち上げる。慎一の服は居間の隅に置いてあった。
「なあ、慎一。この破魔刀って、日暈が作ってるんだよな?」
 言いながら、破魔刀を見せてくる。

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