Index Top 我が名は絶望――

第4節 最後の手段


「お前を楽しませるつもりはない」
 ディスペアは硝子の剣を横薙ぎに振るった。
「十三剣技・一烈風――!」
 刀身に蓄えられた力が、巨大な純白の刃と化してセインズに迫る。
「壁よ」
 だが、セインズが作り出した不可視の障壁が光の刃を受け止めた。爆裂する光は障壁を破壊して、一帯を白く染める。視界がほんの数瞬閉ざされた。
 その間に、セインズに肉薄する。
「二落葉――!」
 ディスペアは硝子の剣を真下に振り下ろした。白光の軌跡を残して、セインズの身体に深い傷が刻みつけられる。半歩飛び退き、硝子の剣を横に振り――
「三清流――!」
 純白の光がセインズの身体を真横に斬り裂き、吹き飛ばした。
 だが、ディスペアも無事ではない。接近した時に、黒曜の剣で左胸をえぐられている。傷は背中まで達するほどに深かった。が、命に別状はない。
 十メートルほど後退してから、セインズは自分の身体を見下ろし。光の刃で斬られた傷は、十字を描いていた。傷跡は、淡い白光を残している。
「治れ」
 呟きに応じて、傷が塞がり始めた。が、その速さは、先の傷よりも遅い。十秒近い時間をかけて、ようやく傷が消える。破れた服も修復された。
 右手で左胸の傷口を押さえながら、ディスペアは呻いた。
「剣に取り込んだ命の力を、斬撃に乗せて撃ち出した。思った通り、効くようだな――」
「面白いことをするねぇ」
 狂った笑みを浮かべながら、セインズは黒曜の剣を持ち上げる。
 ディスペアは硝子の剣を閃かせた。
「六雷光――!」
 純白の輝きの渦が、地面をえぐり、セインズを呑み込む。硝子の剣で斬られたほどには効かないだろうが、いくらかは苦痛を与えられるだろう。
 そんなことを考えながら、ディスペアは振り向いた。銀髪と長衣が翻る。
 瞬きひとつ分の間を置いて、眼前にセインズが出現した。また、瞬間移動の魔法を使ったのだろう。だが、それは予測済みである。
「二落葉――!」
 硝子の剣が、セインズの肩口を捕らえた。
 だが、それと交錯するように黒曜の剣がディスペアの腹を貫く。
「――――!」
 迷いはなかった。硝子の剣を引き戻し、柄元を黒曜の刃の上に押し当てる。身体を縦に両断されないように。しかし、甘かった。
 セインズが黒曜の剣を振り上げる。串刺しにしたディスペアごと。両足が地面から離れ、視界が揺れた。遠心力で黒曜の剣が抜け、放り出されるように宙を舞う。
 空中で体勢を立て直しながら、ディスペアは周囲を見回した。自分が落下するだろう地点を見定めると、そこにセインズが立っている。
 セインズが黒曜の剣を振り上げた。足場のない空中では、攻撃を躱すことはできない。ディスペアも硝子の剣を振った。
「十三剣技・十二飛龍――!」
 立て続けに、硝子の剣が閃き、何十本ものの白い光刃がセインズに襲いかかった。白光の爆発の中にその姿が消える。これで、いくらかの時間を稼げるはずだ。
 反動で、ディスペアは再び宙を舞った。
 空中で再び体勢を立て直し、今度は無事に着地する。が――
「………ん?」
 ディスペアは顔をしかめた。なぜか身体が重くなっている。今まで研ぎ澄まされたように鋭かった五感も、急に鈍くなっていた。自分が自分でなくなっていくように感じる。何かがおかしい。
「まさか!」
 戦慄して、硝子の剣を見やると――
 硝子の刃を包んでいた純白の輝きが、なくなっている。
「どうやら、命の力を使いすぎたようだね」
 何事もなかったかのように、セインズが言ってきた。特にどうするでもなく黒曜の剣を横に下ろしたまま、輝きを失った硝子の剣を見つめている。
「ボクとこれだけ互角に戦えたのは、正直驚いたよ。でも、禁断の技の効果が切れてしまったんでは、君はボクと戦うことはできないね。ボクと戦えない君に用はない。まだ戦い足りないけど、君はここで終わりだ」
「待て――」
 ディスペアは制止するように右手を上げた。
 それを見て、セインズは鼻を鳴らす。
「何だい? まさか、この期に及んで命乞いでもしようというのかい?」
「違う――。俺にはまだ切り札が残っている。それをお前に見てもらおうと思ってな。無論、お前が俺を殺そうと思えば、殺せる。そうなると、俺の切り札は見られないが。さあ、どうする……?」
 ディスペアは睨め上げるようにセインズを見やった。安っぽい挑発ではある。これにセインズが乗ってこなければ、自分は殺されてしまうだろう。だが、戦いに狂った男にこの挑発を見過ごすことができるか。
「切り札か……。面白い。見せてもらおう」
 安の常、セインズは挑発に乗ってきた。
 暗い安堵を覚えながら、ディスペアは輝きを失った硝子の剣を持ち上げる。その半ばを右手で掴み、切先を自分の胸に向けた。脳裏に自分で言った台詞が浮かんでくる。
(――俺の命を犠牲にしてでもな――)
 ディスペアは硝子の剣を自分の胸に突き刺した。
 これは、賭けだ。結果がどうなるかは分からない。試したことはないし、考えたことすらないのだから。だが、成功すれば、セインズを殺すことができるだろう。失敗すれば、自分は命を失うかもしれない。しかし、やらなければならない。
「剣よ、我が命を削り、極限なる力を示せ!」
 硝子の剣が、目を焼くほどの輝きを帯びた。

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