Index Top 我が名は絶望――

第3節 硝子と黒曜の剣戟


 ディスペアは硝子の剣を引き絞り、
「十三剣技・十一猛虎――!」
 硝子の剣に蓄えられた炎が、連続突きとともに全て解き放たれる。禁断の技の効果を得て規模を増した炎が、何十本もの槍となってセインズへと襲いかかった。
「氷よ」
 セインズが氷晶を伴った冷気を放つ。極低温の冷気と超高温の炎が激突し、白い煙のような霧が生まれた。が、威力は炎の方が勝っている。
 冷気を圧倒し、炎がセインズを呑み込んだ。
 と、その時。
「――――!」
 戦慄を覚えて、ディスペアは前に跳ぶ。が、遅かった。背中に斜めに痛みが走る。既視感を覚えながら振り返ると、そこに黒曜の剣を持ったセインズが佇んでいた。斬られた銀髪が宙に散る。再び瞬間移動の魔法を使ったのだろう。
「斬られたか」
 冷静に分析しながら、ディスペアは改めて硝子の剣を構えた。背中の傷は深いものの、致命傷というほどでもない。十分戦える。
 セインズが駆け出した。再び黒曜の剣を振り上げ、
「矢よ」
 セインズの周りに数十本の細い矢が生まれる。それは瞬時に空を飛び、ディスペアの身体を貫いていった。全身の組織がずたずたに引き裂かれる。禁断の技を使っていなければ、これで動けなくなっていただろう。だが、今は違う。傷は半秒も経たずに消え――
 左腕を引き絞りながら、ディスペアは前へと踏み出していた。
 黒曜の刃が左肩に突き刺さる。間合いを狂わされたせいで、威力は半分以下まで落ちていた。とはいえ、鎖骨を斬るほどまで刃が食い込む。
「十三剣技・六雷光――!」
 構わず、ディスペアは硝子の剣を突き出した。純白に輝く硝子の刃が、セインズの腹を貫く。が、これで終わりではない。左足を後ろに引き、
「三清流!」
 硝子の剣を力任せに左に動かした。純白に輝く刃が、さしたる抵抗もなくセインズの胴を横に薙ぎ斬る。血が飛び散った。
 その動きのまま、ディスペアは身体を回転させる。一度、沈み込むように体勢を低くしてから、踏み込みとともに回転の力の乗った硝子の剣を振り上げた。
「四弦月――!」
 セインズの左腕が、肩口から斬り落とされる。
 その左腕が地面に落ちるよりも早く、ディスペアは跳び上がった。ほんの僅かな時間も無駄にできない。空中から、硝子の剣の切先をセインズに向けて、
「一烈風――!」
 剣に取り込んだ魔法を撃ち出す要領で、硝子の剣に宿った力を打ち出す。その力は、純白の衝撃波となってセインズを直撃した。その身体を地面にめり込ませる。反動で周囲の土が跳ね上がった。
「九天槌!」
 落下の勢いの乗った硝子の剣が、セインズの左胸を貫き――
 脈絡もなく、セインズの姿が急激に小さくなる。
「………!」
 何が起きたか分からなかった。が、半秒ほどの間を置いて、セインズの放った魔法で上空に吹き飛ばされたのだと悟る。地上から二十メートルは飛び上がっただろう。空中で体勢を立て直し、二秒ほどでディスペアは着地した。衝撃を膝で受け流す。
「セインズ」
 態勢を立て直した時には、セインズも立ち上がっていた。胴の半ばを斬り裂かれ、左腕を斬り落とされ、右胸には背中まで達する穴が開いている。だというのに、苦痛の色は見えない。
「いいねえ、いいねえ!」
 それどころか、興奮の笑みさえ浮かべていた。崩れて塵と化していく、斬り落とされた自分の左腕を見つめてから、
「実に素晴らしいとよ、君は。やはり戦いは、こうではなくては面白くない。この程度の痛痒も、むしろ心地よい。さあ、失敗作、もっとボクを楽しませてくれないか」
 その声には少なからぬ狂気が含まれている。ディスペアを見つめる瞳も、ぎらぎらとした異様な輝きを映していた。明らかに正気ではない。
「治れ」
 呟きとともに、セインズの傷が再生していく。五秒も経たぬ間に、傷は消え去った。斬り落とされた左腕さえも再生してしまう。
 それらを眺めながら、ディスペアは硝子の剣を構え直した。
「これは、参ったな……」
 苦い口調で呻く。戦う前は、硝子の剣によって人間が死ぬほどの致命傷を負わせれば、セインズは死ぬと思っていた。しかし、現実には、それほどの傷を負っても、生きている。効いた様子もない。
 セインズを殺すには、今よりも深い傷を負わせなければならない。
「いや……」
 不安が脳裏をよぎる。
 もしからしたら、セインズは不死身かもしれない。硝子の剣で傷をつけることはできても、その命を完全に絶つことはできないのかもしれない。
「何だ……来ないのかい? なら、こちらから行くよ」
 セインズの声が思考を中断させる。
 視覚が捕らえるよりも早く、ディスペアは硝子の剣を下ろしていた。
 硝子の刃が、黒曜の剣を受け止める。手首が砕けてしまうかと思うほどの衝撃が腕を突き抜けた。破壊力が、増している。
「くっ」
 呻きながら次撃を弾いて、ディスペアは横に跳んだ。一度、座り込むほどに体勢を低くして、地面の土を掴む。それを追ってきたセインズめがけて投げつけた。
 顔面に土を食らって、セインズの動きが止まる。
 その隙に、ディスペアはセインズとの間合いを取った。剣での攻撃が届かない距離。魔法なら距離は関係ないが、怖いのは黒曜の剣である。
 ディスペアは右腕を見やった。服は修復しているが、黒曜の剣で斬られた傷は残っている。左肩、背中も同じだ。セインズは硝子の剣でつけられた傷を魔法で治すことができるが、自分はそれができない。傷は着実に蓄積していくのである。
 セインズは顔についた土を払いながら、
「どうしたんだ、失敗作? 急に勢いがなくなって。まさかこの期に及んで怖気づいたとは言わないよね? 戦いはまだ始まったばかりだ。もっと楽しませてくれないと」
 狂気の笑みを口元に張り付かせ、黒曜の剣をかざす。その瞳には、正気の色は残っていなかった。セインズは殺戮のみに走る狂戦士と化している。

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