Index Top 我が名は絶望―― |
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第6節 隠していたもの |
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「そうです」 フェレンゼが即答する。 まさか肯定されるとは思っていなかったのだろう。ミストは地図を指差したまま、絶句していた。ディスペアは特に驚きもしなかったが。 右手を上げて、フェレンゼが話を始める。 「古い文献や古文書をいくつも調べて、僕もようやく正確な位置を導き出しました。ここには、フルゲイト……正確には、フルゲイトを使って作り出された何かが封印されているようです。ただし、その『何か』が何であるかは分かりません」 言いながら眼鏡の位置を直し、 「どこでどのようにして調べたのかは知りませんが、クロウがフルゲイトの眠る正確な位置を知っているのは確実です。このままではクロウがフルゲイトの封印を解くのも確実でしょう」 「それを止めるために、俺を呼んだのか?」 ディスペアはフェレンゼに目を向けた。 「なにしろ、相手はあのクロウ・ガンド――」 フェレンゼは皮肉げに笑って見せる。 「黒い噂には事欠かない人物ですからね……。おとなしく僕の説得に応じてくれるとは思いません。現に一回殺されかけましたし」 と、そこで口を閉じた。一緒に足も止まる。 つられるように、ディスペアとミストも立ち止まった。 「どうかしたの?」 「いえ、ちょっと落し物を」 言いながら、フェレンゼは横の茂みへと足を進める。一見するだけでは単なる茂みだが、よく見ると茂みの中に不自然な金属のきらめきが見えた。 フェレンゼがそれを拾い上げる。フェレンゼの身長と同じくらいの銀色の棒だった。フェレンゼが使う携帯武器のひとつ。逃げる途中に捨てたのだろう。手早くそれを折り畳み自分の懐に収めてから、戻ってくる。 「話の続きですが――」 再び歩き出しながら、フェレンゼは話を再開させた。 「彼らがフルゲイトの封印を解く前に、実力行使をしてでもそれを止めます。その時は君が頼りですから。よろしくお願いしますよ」 「分かった」 眉ひとつ動かさず、ディスペアは答える。自分が呼ばれた時から、何か戦いに関することを頼まれるのは分かっていた。驚くことでもない。 「ちょっと待って」 思いついたようにミストが呟く。フェレンゼに目をやり、 「さっきから不思議に思ってたんだけど……何でフルゲイトの発掘を止めなきゃいけないのよ? フルゲイトって、そんなに危険なものなの?」 「ええ」 苦い面持ちで、フェレンゼが頷いた。何かを考えるように周囲に視線をめぐらせてから、最後にミストを見つめる。 「君は、フルゲイトについて、どこまで知っていますか?」 「どこまでって」 ミストは困惑を見せた。 その姿を眺めながら、ディスペアは思い出す。以前自分が同じような質問をした時も同じような反応を見せていた。 困惑を消すと、ミストは両腕を広げて、答える。 「六百年くらい前に作られた、物凄く高度な魔法原理。実験の暴走で、その理論は消失しちゃったけど、理論の一部や遺産がどこかに眠ってるかもしれない――」 「一般にはそう言われていますけど、実は違うんですよ」 ミストの台詞に続けるように、フェレンゼは告げた。眼鏡の銀縁が白くきらめく。木漏れ日が触れたらしい。 「違うって、何が?」 質問を返すミストに、フェレンゼは右手を上げた。 「フルゲイトは、約六百年前に偶然の積み重ねによって生み出された、非常に高度な魔法原理。しかし、実験の失敗によって暴走を起こして、その理論は消失してしまった。それは、おおむね正しいのですが、厳密には違います」 そこまで言うと、すっと目を細める。それだけで、フェレンゼの表情が剣呑なものになった。何か大事な話をする決意を固めたのだろう。 ゆっくりと口を動かす。 「一般にフルゲイトの暴走といわれるのは、正確にはフルゲイトを用いて作られた『何か』が暴走したものです。その『何か』の正体は分かりませんが、この暴走は大災害ともいえる規模の莫大な被害を出しました。その後、フルゲイトの研究に関わった魔道士たちが命を賭して、『何か』の暴走を止めたのです」 言い終えて、フェレンゼは深く嘆息した。 話を聞くミストの表情には、鈍い緊迫感が浮かんでいる。 ディスペアは無言のまま、二人を眺めていた。 「しかし、魔道士たちはその『何か』を破壊することははできませんでした。辛うじて、この世界のどこかに封じ込めたのです。その話がいつの間にかに歪んでしまい、フルゲイトの遺産がどこかに眠っているという伝説になってしまった――」 「よく調べたな……」 ディスペアは率直に感心する。フェレンゼが天才的な頭脳を持っているとはいえ、ここまで調べるには多大な労力を要しただろう。 顎に手を当てて、フェレンゼは続けた。 「そして、その『何か』が封じられている場所が、僕らが向かっている場所なんですよ。同じく、クロウの発掘隊もその場所に向かっています。彼がこのことを知っているかどうかは分かりませんが、僕たちは絶対にそれを止めなければなりません」 「そうか」 ディスペアは呟く。 それから、隣を歩くミストに目を移した。 「ええと……」 人差し指で頬をかきながら、ミストは虚空に視線をさまよわせている。これから自分がどうすればいいか迷っているのだろう。 「フルゲイトって、あたしが考えてたものと全然違うみたいだけど……」 「これから、お前はどうするんだ?」 ディスペアは尋ねた。 ミストはしばし考えるような仕草をしてから、 「クロウの発掘隊を止めるのを手伝うわ。フルゲイトが危険なものと分かったからには、放っておくわけにはいかないからね!」 「そうか」 小声で答えて―― ディスペアは真直ぐにミストを見据えた。いきなり突き刺すような眼差しを向けられ、ミストは思わず後すさる。だが、気にしない。 ディスペアは言った。 「なら、そろそろ話してくれないか? お前の真の目的を」 「え………」 ミストの動きが止まる。 それから二歩進んだところで立ち止まり、ディスペアは振り返った。フェレンゼも同じように足を止めて、振り返る。だが、黙って腕組みをしただけだった。事の成り行きを見守るつもりらしい。 「お前が探しているのは、フルゲイトではないな」 確認するように、ディスペアはミストを見つめる。 ミストの顔に映っているのは、明らかな動揺だった。まさか、ここでこのようなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう。 ディスペアは続ける。 「お前が探しているのは、フルゲイトではなく、クロウの発掘隊――いや、正確にはクロウ・ガンド本人だろう。その目的は、おそらく……復讐」 「――――!」 決定的な一言を打ち込まれ、ミストは固まった。ディスペアは無言でそれを見つめる。フェレンゼは眉を動かしただけで、目立った反応は見せない。 十数秒の沈黙を挟んで。 ミストが言ってくる。 「いつから……気づいてたの?」 視線を動かさぬまま、ディスペアは答えた。 「初めて会った時からだ――。必死で隠しているようだったが、お前からは復讐者の匂いがした。それに、クロウの話をする時のお前は、明らかに変だったからな」 「……………」 ミストは何も言わない。立て続けに言葉を浴びせられて、何と言っていいのか分からないだろう。怯えたように視線を泳がせている。 追い詰められた声音で、ミストは呟いた。 「それで……。あなた、あたしをどうするつもり……?」 「どうもしない」 ディスペアは告げる。 「ついて来たいならば、ついて来ればいい。俺はお前の目的についてとやかく言う義理はないからな。ただ、事情くらいは話してくれないか?」 「………分かったわ……」 消え入りそうな声で、ミストは頷いた。 |