Index Top 我が名は絶望―― |
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第1節 ミストの頼み |
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「灯炎」 呪符から赤い炎が生まれ、細い薪に火をつける。 媒介としての役割を終えた呪符は、崩れ、自らが生み出した炎の中に消えた。焚き火の明かりは、周囲に広がる闇を後退させる。 フェレンゼに指定された場所の近くを通る街道。その横にある草地で、ディスペアは野営の準備をしていた。時間は夜の七時を過ぎているだろう。日は沈み、辺りは暗い夜の闇に包まれている。その闇の先には、深い森が広がっていた。この一帯に広がる、カッサム大森林。考古学協会から借りた馬車は、近くに停めてある。 「便利な力だな」 焚き火に数本の枝を加えながら、ディスペアは呟いた。いくら求めても手には入らないものだが、他人が使うのを見ていると時々羨ましくなる。だが、羨んだところで、どうなるものでもない。 「あなたって、本当に魔法使えないのね」 夕食の準備を始めるディスペアを見つめ、ミストは改めて目を丸くしていた。魔法が使えないというのが、いまだに信じられないらしい。 水を入れた鍋を火にかけながら、ディスペアはミストを見やった。 「何度も言っているだろう。俺は魔法が使えない」 「何度聞いても、信じられないけど」 眉を斜めにして、言い返してくる。 ディスペアは何か言おうと口を開き……何も言わず口を閉じた。平行線にしかならないような言い合いを続けてもしょうがない。 代わりに別のことを告げる。懐から例の地図を取り出し、 「俺たちがフェレンゼの指定した場所に着くのは、早くても三日後だろう。それまでに、フェレンゼに追いつければいいが」 「協会の人の話じゃ、フェレンゼ博士が出発したのって、あたしたちが出発する二時間くらい前でしょ。急げば追いつくんじゃない?」 それは一応正論に聞こえるが、この場合は当てはまらない。 地図を懐に戻しながら、ディスペアは呻いた。 「フェレンゼも大急ぎで目的地に向かっているだろう。俺たちがそれより速く進まなければ、フェレンゼに追いつくことはできない。難しいな」 「ふーむ」 腕組みをしつつ、ミストは眉根を寄せている。だが、見かけ通りに何かを考えているとは思えない。数秒してから、表情を崩すと、 「でもさ」 呟きながら、ミストは地図に記された×印を指差した。カッサム大森林の奥にある地点。自分たちが行こうとしている場所でもある。 冗談じみた口調で、ミストは言った。 「ここって、何があるんだろ? もしかして、フルゲイト……かな?」 「………」 ディスペアは答えない。 目を閉じて、顎に手を当てる。気になることは、いくつか――どころではなく、いくつもあった。だが、どれも答えがはっきりしない。目を開けて、 「問題なのは、これから何が起こるのか予測できないことだな……」 唇だけ動かして、ディスペアは独りごちた。 正確に言うならば、大筋の予想はついている。だが、絡んでいる情報が多すぎて、肝心な部分は見当がつかない。それは、予想がつかないのと同意であろう。 「何にしろ、行けば分かるわね」 ミストは焚き火の向かい側に腰を下ろす。 「そうだな」 他人事のように同意しながら、ディスペアは横に置いてあった鞄に手を入れた。中から手の平に乗るほどの四角い塊を二つ取り出す。協会で渡された携帯用の乾燥食料だ。熱湯に入れてかき混ぜるだけで、野菜のス―プになるらしい。 それを鍋へと放り込み、かき混ぜると、 「ところで、戦い方教えてくれるって話だけど」 思い出したように、ミストが呟く。 ディスペアは鍋から目を離し、そちらを見やった。 「何だ?」 「早く戦い方教えてくれない?」 「戦い方なら、さっきから教えているだろ」 瞑想するように目を閉じ、答える。馬車の移動中、ディスペアはミストに戦闘の基本を色々と教えたのだが、それでは気に入らないたらしい。 「あたしが知りたいのは――理論や理屈じゃなくて、明日実戦で使える方法なのよ。一日に覚えられて、強くなる方法!」 言いながら、ミストが表情を険しくする。 「そうか」 ディスペアはその場に立ち上がった。 横に数歩移動する。この動きに特別な理由はない。単に鍋の側で戦い方を教えて、大事な夕食をひっくり返したくないだけだ。 座ったまま不満げな表情をしているミストに手招きをする。 「なら、俺に攻撃を仕掛けてみろ」 |