Index Top 我が名は絶望―― |
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第1節 失われた希望 |
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何もない。 そこにあったはずの木々も建物も道も、何もない。 そこにいたはずの人間も、誰もいない。 あるのは、月明かりに照らされた一面の焦土。 「僕は、生きている……?」 地面に手を突き、男は立ち上がった。 殺されたと思ったのだが、自分は生きている。身体中に違和感を覚えるが、それはどうでもいい。放っておけば、治るだろう。 男は傍らに落ちていた自分の剣を拾い上げた。銀色の柄だけで、刃はない。それを持ったまま、振り返る。 そこに、一本の白い石柱が立っていた。 まわりの焦土とは対照的に、きれいな円筒形の石柱。月の光を受けて、幻想的な色を映している。磨いたように滑らかな表面には、無数の魔道文字が刻まれていた。封印を示す、魔道文字。 「封印には、成功したのか……」 ということは。 ぞっとして、周囲を見回す。 見回したところで、何も変わらない。何もない焦土。誰もいない。 「サニシィ……」 呟くが、その声に答えるものはいない。 誰もいないのだから、答えが返ってくるはずがない。 それは分かっていた。 分かっていたが。 「サニシィ! レイク! ダイテツ! エディン! キール! カイト……! ……!」 男は叫び続けた。自分とともに戦った魔道士たち。 だが、返事は返ってこない。 やがて、声も出せなくなり。 男はその場に膝をついた。 「みんな、死んでしまった……」 自分だけが生き残った。生き残ってしまった。 また―― 「僕は……」 独りだけになってしまった。一緒にいてくれる相手は、誰もいない。 心を埋める、感情。それは、何もない。形容するならば、真っ暗な闇。虚ろ。虚無。それは、絶望と呼ばれる。何度となく味わってきたが、決して慣れることなどない。慣れるわけがない。 「ここで死んでいれば――」 独りだけになることはなかった。 絶望を味わうこともなかっただろう。 しかし。 「僕は、死ねない」 男は自嘲するように呟いた。 死ぬことは、許されない。それが、自分の宿命である。 ふと、心に別の感情が浮かんできた。 それは絶望に似ている。だが、絶望より熱く、冷たく、鋭く、痛く――深く心に突き刺さり、心を揺さぶる、この感情は、 「憎悪……か」 歯を食いしばり、呻く。 話には聞いていたが、感じるのは初めてだった。 その憎悪が向けられているのは、封印の石柱。 「この中の……」 刃のない剣を石柱に向ける。 この石柱を破壊すれば、封印された相手に会うことができる。自分の絶望の原因ともなった相手。だが、この封印を解くことは許されない。 いなくなった仲間の努力が無駄になってしまう。 だが、生まれてしまったこの憎悪を消すことはできない。 「僕は、どうすればいい?」 自問する。 しかし、答えは出ない。ここで明確な答えが出せるほど、自分は賢くない。 ただ、ひとつの考えは浮かんだ。 「ここを離れよう」 男は石柱に背を向け、歩き出す。 帰るべき場所はあるが、そこには誰もいない。 帰っても、出迎えてくれる人はいない。 だが、やることはある。 自分の名前は……希望。 この名前は、捨てる。 |