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第1節 どこへ行こうか? |
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街灯の並ぶ道に人の姿はない。 この付近一帯の人間が避難してしまったのだから、それは当然とも言えた。 ただ、ヴァレッツ科学研究所の方からは、喧騒と混乱の気配が伝わってくる。全てが終わってからしばらくして、警察や軍隊など沢山の人がやって来たのだ。あれだけ暴れて、壊したのである。今頃は大騒ぎになっているだろう。 「つまり……」 耳の後ろを指でかきながら、陽炎がうんざりと呻いた。 「いきなり人格交代したガルガスが、自分勝手なこと言いまくったあげく、完全に切れたキリシをさらりとぶっ倒した、ってことか?」 その声には深い疲労が表れている。ティルカフィの魔術によって外傷は消えたものの、完全に回復したわけではないのだ。傷を再生させるのに消費した体力と、失った血液までは取り戻すことがでない。 「それって……何か間違ってない?」 首筋をさすりながら、ルーが呟いた。怪我は消えたものの、その感触は残っているようである。キリシに投げ飛ばされた時に落としてしまったらしく、眼鏡はない。 「でも、キリシさんもわたしたちも生きてるんですから、いいじゃないですか」 二人に目をやり、ティルカフィは快活に両腕を広げてみせた。自分たちはキリシを殺そうとして、逆に全員が殺されかけたのである。一歩間違えていれば自分たちは今ここにいない。全員が生きているだけでも奇跡だろう。 「そうだけど……」 眉根を寄せながら、ルーは目元に指をやった。眼鏡を動かす癖だが、肝心の眼鏡がない。空振りした手を寂しそうに見つめる。 「んで、これからどうする? あいつは、『どこへ行っても大丈夫だ!』とか根拠もなく断言してくれたが、あてになるもんでもないし」 陽炎は顎に手を当てて、夜空を見上げた。ガルガスが別れる時に言っていたのである。お前らはもう変な連中に狙われることはない、これからはどこへ行っても大丈夫だ! と。根拠は分からないが、なぜか大丈夫な気がする。 「とりあえず、新しい眼鏡がほしいわね。目元が寒い」 「って――」 ルーの提案に、陽炎が半眼を向ける。 「前から思ってたんだが、お前――もう眼鏡なんか必要ないだろ? 妖魔になった時に近視は治ったんだから。今までの眼鏡も度のない伊達だったし」 「でも、ないと落ち着かないのよ」 陽炎を見返し、ルーは言い返した。人差し指で鼻の根元を撫でる。いつもそこにあったものが、急になくなってしまうのは気持ちが悪いらしい。 やや間を置いてから、陽炎は額を押さえた。 「まあいいや。それより食い物だ、食い物。血が足りない……」 「そういえば、お昼から何も食べてませんね」 ティルカフィは自分のおなかに手を当てた。今まで気にする暇はなかったが、半日も何も口にせずに激しく動いていたのである。前に三日も何も食べなかった時よりはましだが、空腹に変わりはない。 「じゃあ、何か食べ物手に入れてからあたしの眼鏡ね」 「分かった……」 少し不満そうだったが、特に反論するでもなく陽炎は頷いた。首を左右に振って、こっそりと嘆息する。貧血のせいで言い返す気も起こらないようだ。 「そういえば――」 思い出したように、ルーが目を向けてくる。 「キリシに別れの言葉かけられなかったけど、いいの? これから放浪生活を続ければ、もう二度と彼に会えないかもしれないのに」 「うーん」 ティルカフィは右手で自分の髪を撫でた。 本当は、別れる前に一言声をかけたかった。しかし、キリシは気を失ったまま目を覚まさなかったのである。ガルガスの話だと、朝まで起きないだろうとのこと。無理矢理起こすわけにもいかず、ティルカフィは何も言わずにキリシと別れたのだ。 「でも……」 ティルカフィは屈託なく笑ってみせた。 「いいんです。これで二度と会えなくなるわけじゃないですから。ガルガスさんも言ってましたけど、わたしたちはまたキリシさんに会えます。必ず――」 根拠は何もない。だが、ティルカフィは確信していた。ガルガスが言っていたように、自分たちは再びキリシに会う。何ヵ月後か、それとも何年先になるかは分からない。しかし、自分は絶対にキリシに会える、と。 それを聞いて、ルーと陽炎は微笑んだ。 |