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第4節 月夜の廃校舎 |
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月明かりの中に、三階建の校舎が佇んでいる。 「ここか?」 「おう」 ガルガスは自信たっぷりに肯定した。 そこは、カシアク第三学校から一時間ほど歩いた所にある、古ぼけた学校だった。旧リンデン中学校である。近くに新しい校舎ができたので、ここは既に廃校となっていた。夜ともなれば人の気配もなく、隠れるには適当な場所と言えるだろう。 (思ったよりも、まともだったな……) まばらに雑草が生えた校庭を歩きながら、キリシは胸中で安堵した。ガルガスのことだから、もっと滅茶苦茶な場所に連れて行かれることも予想していたのだ。 「あの、キリシさん」 背中に負ぶったティルカフィが声をかけてくる。 「わたしは、もう大丈夫ですから――」 「無茶はしない方がいいぞ」 肩越しにティルカフィを見やり、キリシは言った。三日も何も食べていない状態が一食で回復するはずもなく、ここに来る途中でいきなり倒れかけたのである。そのまま歩かせるわけにもいかず、こうして背負っているのだ。 やがて、正面玄関前までたどり着く。 「どう開けるんだ、これ――?」 キリシは目の前にある扉を目で示した。アルミの枠と分厚いガラスでできた丈夫な扉である。しっかりと鍵がかけてあり、立ち入り禁止の札までかけてあった。 「安心しろ」 ガルガスは懐に手を入れ、おもむろに二本の針金を取り出す。扉の前に屈み込んで、適当に指で曲げた針金を穴に差し込み、動かすこと約三秒。 カチャ、という乾いた音。 「開いたぞ」 針金を懐にしまい、ガルガスは扉を開けた。 「わあ。ガルガスさん、凄いですね」 背中のティルカフィが、素直に感心している。 反対に、キリシは半眼でガルガスを睨んだ。 「お前……こんな技術どこで覚えた?」 「これくらい、一般人として常識だろ」 妙な構えとともに、ガルガスが答える。 「絶対違うと思うぞ」 消極的に全力否定するだけで、キリシは深くは訊かなかった。まともな答えは到底期待できないし、万が一まともな答えが返ってきたらそれはそれで怖い。 正面玄関を抜け、無言のまま廊下を歩いていき―― 三人は適当な部屋へと入った。たたまた扉が開いていた部屋である。 「何もないなー」 部屋を見回して、ガルガスが感想を言う。 その言葉通り、部屋には本当に何もなかった。必要なものは持っていってしまい、いらないものは捨ててしまったのだろう。窓から差し込む月明かり、部屋の隅に椅子が数個転がっているだけである。 キリシはティルカフィを床に下ろした。肩にかけていた鞄を置き、ずれた腰の剣を直す。身体は休息を求めているが、まだ休むわけにはいかない。 「さて、これからどうする?」 腕組みして自問すると、 「大丈夫ですよ」 ティルカフィが朗らかに言ってくる。 「ここで待っていれば、わたしの仲間がやって来ます」 「仲間?」 「はい。一緒に研究所を逃げ出した仲間です。逃げる途中でばらばらになっちゃったんですけど、きっとわたしのこと探してると思います」 「そうか――」 指で眉をこすり、キリシは背筋を伸ばした。ティルカフィの仲間とティルカフィを狙う連中、どちらが早くやって来るかが問題であるが、それは黙っておく。 「なら、君はここで休んでてくれ。僕はこいつと……」 壁に寄りかかって眠ろうとしていたガルガスの黒髪をがしと掴み、 「外で見張りをしてるから」 「分かりました」 おとなしく返事をして、ティルカフィは壁ぎわに腰を下ろした。壁に背を預け、マントを布団代わりに身体に乗せる。やはり疲れていたのだろう。目を閉じると、規則正しい寝息を立て始めた。 「さ、行くぞ」 ティルカフィの寝顔から目を離し、歩きだす。ずりずりとガルガスを引きずりながら、キリシは来た道を逆戻りするように足を進めた。 正面玄関から外へと出る。 そこで、手を放した。 ガルガスはその場にあぐらをかいて、面倒臭そうにあくびをする。 「なあ、見張りって何を見張るんだ?」 「敵が来ないかどうかを見張るに決まってるだろ」 眉間にしわを寄せ、キリシは囁くように答えた。周囲は不気味なほど静かで、物音ひとつ聞こえない。その静けさに圧倒されるように小声になってしまう。 しかし、ガルガスにとっては周りの様子など関係ないようだった。表情も口調も、普段と何ら変わっていない。右手で、眠そうに目をこする。 「なら、見張りなんか必要ないぞ――。どうせあいつら、今夜は来ないから」 キリシは半眼で訊き返してみた。 「……根拠は?」 「ない!」 ガルガスは堂々と言ってのける。むやみな自信も、ここまでくるともはや清々しい。 キリシは呆れたように額を押さえた。 「……お前が根拠もなく何かを断言するのはいつものことだし、もういい加減慣れたし。それについては何も言わないが……」 そっと剣の柄に手を触れ、語気を硬くする。 「ともかく、今回の一件はいつものどたばた騒ぎとはわけが違う。僕たちは本気で命を狙われてるんだ。このまま無事に戻れる保証すらない――」 「うーむ」 ガルガスは何かを考えるように唸ってから、 「なら、これやる」 懐から取り出した黒い物体を放ってきた。 緩い放物線を描いて飛んできたそれを、キリシは両手で受け止める。 それは、一見すると細長い箱のような代物だった。基本的な形は長さ三十センチ弱の長方形である。材質は漆黒の金属。あちこちにいくつもの細かな部品や溝がついていて、側面には四角形と三角形をいくつか組み合わせたような印が刻まれていた。よく見ると、重量感のある握りと引き金があり、正面の上部には一センチ強の穴まで開いている。 まとめると、これは大型の銃だ。 「何だ、これ……?」 正直、認めたくはなかった。 ガルガスはそれを裏切るように笑うと、 「お前の武器が剣だけじゃ頼りないからな、貸してやるよ。ペイルストームだ。材質は金属炭素合金、空間圧縮を利用した発射弾数はなんと百発! 口径は十二ミリ。、強力な人工加速力場を利用した驚異的な破壊力と機関銃をも上回る連射性を持つ、伝説の銃だ!」 嬉々として解説してから、がしと拳を握る。 「ええと……」 立て続けに出てきた非日常的な単語に、キリシは目眩を覚えた。 金属炭素合金、空間圧縮、人工加速力場。何度か科学の本で読んだことがある。どれも実在はしているものの、その特異性と複雑性、作り上げるためにかかる膨大な手間と費用から、使用されることは少ない。 嘘っぽいが、一応確認する。 「……本物か?」 「当然!」 あさっての夜空を指差し、言い切るガルガス。本物らしい。 キリシはペイルストームとやらを両手で構え、近くの細い木に向けた。 覚悟を決めて引き金を引くと―― カチ、という音。それだけである。 拍子抜けして、同じように何度か引き金を引いてみても、カチカチという音がするだけで、弾が撃ち出された様子はなかった。 「偽物か。脅かすな……」 ほっと安堵の息をつくと、 「おっと。弾丸忘れてた」 ぽんと手を打って、ガルガスは不吉なことを言った。懐から銀色の筒を取り出す。 直径は銃口と同じくらい、長さは十センチほどだろう。その筒がペイルストームの弾丸らしい。普通の銃の弾丸とは全く違う。正直、銃の弾丸には見えない。 それを放ってきながら、 「装填の方法は簡単だ。銃身の後ろの上側が弾倉になってるから、そこを開けて中に弾を入れる。あとは元通りに蓋をして、狙いを定めて引き金を引くだけ。ちなみに、そいつは百発の弾丸が圧縮収納されている。あと、撃つ時の反動が大きいから気をつけろよー」 「うう……」 言われるがままに、キリシは弾倉を開けて弾丸を装填した。どこか開き直りにも似た心境で、さきほどの細い木の幹に狙いを定め、指を引く―― ドゥン! 爆音が響き、衝撃が腕を突き抜けた。あまりの反動に、その場にひっくり返る。 顔を上げると、撃たれた幹はえぐられたように半分吹き飛ばされていた。 「本物じゃないか!」 たまらず跳ね起き、ガルガスに詰め寄る。 ガルガスは平然と両手を広げて、 「だからさっきから本物だって言ってるだろ」 「何で、お前がこんな危険極まりない代物持ってんだよ!」 ペイルストームを振り回しながら、キリシは叫んだ。刀剣類はともかく、銃砲類の無許可の所持、売買は明らかな違法である。易々と手に入るものではない。 だが、ガルガスは頭をかいて、 「何で、って言われてもなぁ――。これオレのだけどオレのじゃないからな。どこで手に入れたかなんて、オレ興味ないし。あ、それ借り物だから乱暴に扱うなよ」 「いや、もういい……」 支離滅裂な答えに、キリシはさっさと引き下がった。理由は不明だが、ガルガスが恐ろしく強力な銃を持っていたことは事実なのだ。事実は受け入れるしかない。 (どうせ、ガルガスだし……) ペイルストームを後ろ腰に差し、キリシはその場に腰を下ろした。 深い徒労感を覚えながら、空に浮かぶ月を見上げる。 |