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第2章 慌てる山城

 
前回のあらすじ!

「えっと……俺、提督。下総ツクモ……」
「朝から冗談はやめてください」

疑う山城。

「一度でいいから見てみたい」
「女房がへそくり隠すとこ」
「なまむぎなまごめ」
「巫女みこナース」

「提督ですね……えぇ、本当に提督ですね……。不幸だわ……」

無事事実であると説得できました。

  ▽

 肩を落としている山城を長めながら、ツクモは目蓋を半分下ろした。
「なんかもの凄く釈然としないものを感じるのだが」
「気にしないで下さい」
 手を持ち上げ、げんなりと山城が言ってくる。
 とりあえず状況は共有できたと判断し、ツクモは改めて周囲を眺めた。
 昨日と変わらず扶桑山城の部屋である。窓から差し込む朝の日差し。時計を見ると朝の七時だった。テーブルの上には空になった酒瓶とジュースのパックがふたつ、オレンジジュースの半分入ったグラスが置いてある。つまみを乗せた皿は空になっていた。
 そして、少し離れた場所にツクモの身体があった。
 上着と帽子を横に置いたまま、壁に寄りかかって眠っている――ように見える。
 ツクモが動くより早く、山城が動いていた。
「もしかして、こっちに姉さまが入っているなんて事は……」
 呟きながら、ツクモの身体の前へと移動する。
 それから腰を屈めた。
「起きて下さい、朝ですよ」
 肩を揺すりながら、声をかける。
 ツクモは何も言わずその様子を眺めていた。自分が扶桑になっているのなら、扶桑はどこに行ったのか。単純に考えるなら、入れ替わっている、だろう。
 しかし、起きる気配はない。
「姉さまー」
 そう声を掛けるが、動かない。
「反応無し」
 山城は確認するように呟いてから、腕を掴んだ。
「脈拍正常、呼吸浅め、睡眠状態ですね」
「多分な――」
 ツクモの声に、山城が振り返ってくる。
 ツクモは自分に指を向け、
「扶桑はこっちにいる。扶桑に移った俺の意識が、扶桑の意識を上書きしてるような感じだな、今は。理由はわからないけど、そんな気がする」
 漠然とであるものの、自分自身の奥に扶桑の気配があった。普段扶桑が座っている椅子に自分が座り、扶桑自身は布団に入って眠っているようなイメージである。明確な確証があるわけではないが、大筋で間違いはないだろう。
「ふむ、ふむ」
 顎に手を当て、山城は数秒考え込んだ。
 それからぽんと手を打つ。
 行動は早かった。
「よいしょ」
 軽いかけ声とともに、眠ったままのツクモの身体を片手で持ち上げる。見た目は若い女性であるが、その実艤装無しでも腕力は鍛えた成人男性以上だ。もはや、ちょっとした重機である。意識のない男一人を片手で持ち上げることは造作も無い。
 もう一方の手で上着と帽子を拾い上げ、さらに椅子を持って部屋の隅に移動。
 椅子を床に置き、その上にツクモの身体を座らせる。最後に顔を隠すように帽子をかぶせ、上着を乗せた。まるで部屋の隅で居眠りをしているような格好である。
「これでよし、と」
 満足げに手を叩く山城。
「扱いがぞんざいじゃないか?」
「大丈夫です。問題ありません」
 ツクモの指摘に、自信たっぷりに言い返してくる山城。両手を腰に当てて、軽く胸を反らしていた。身体を包む淡いキラキラ。
 深くは考えないことにする。
「本当に扶桑だよな」
 意識を切り替え、ツクモは椅子から立ち上がった。身体を前に傾けて腰を浮かせ、足を伸ばし、上半身を起こす。ごく普通の立ち上がるという動作。いつもと同じ事をしているのだ、感じるものは随分と違った。
「髪が重い……」
 長い髪を手ですくい上げる。
 滑らかな黒髪が手の上を流れた。腰まで伸びた艶やかな黒髪。それは明確な重量となって頭にのしかかってくる。動けないほどではないが、普段とは違う感覚だ。
 腕を伸ばし、身体を捻り、視線を落とす。
「それにしてもでかいな。さすがは戦艦」
 上衣を押し上げる大きな膨らみ。
 両手でぺたぺたと触ってみる。男には無い胸の膨らみ。指で押すと、上衣の生地越しにも分かる柔らかさと弾力があった。触る感触と触られている感触の両方があるのは、奇妙なものだった。本来の自分の身体ではないのだと、改めて思い知らされる。
「うむ」
 むにむにと手の動きに合わせて形を変えていた。
 下から持ち上げてみると、ずっしりとした重さが手にかかる。手を上下に動かしてみると、乳房が揺れているのがわかった。やはり奇妙な感覚だった。
 がし、と。
 不意に手を捕まれる。
 顔を上げると、目の前に山城がいた。頬を赤く染めて、ツクモの手を掴んでいる。額に浮かんでいる青筋。身体が少し震えている。
「提督、何を触っているんですか!」
「胸」
 即答するツクモ。
「きっぱりと言わないで下さい――! その身体は姉さまのものなんですよ! 何勝手にセクハラしてるんですか!」
 手に力を込めながら、山城が叫ぶ。
 ツクモは尋ねた。
「山城も触ってみるか?」
「え?」
 小さな呟き。
 山城の顔から怒りが抜け落ちる。ツクモの腕を掴んでいた力が緩んだ。まさに予想外だったのだろう。呆けたようにツクモを見つめ、瞬きをする。
 自分の腕を引き抜き、ツクモは山城の手を掴んだ。
 そのまま、自分の胸に手の平を押しつける。
「……」
 無言のまま。
 山城が唾を飲み込んだ。
 既にその視線はツクモに向けられていない。じっと胸元を見つめている。
 おそるおそるといった様子で、指を動かした。指が上衣の生地を凹ませる。目を見開きじっとその様子を見つめる山城。頬が赤く染まっていた。
 ゆっくりと手を動かす。
 扶桑の胸の形を確かめるように丁寧に。手の平で全体を包み、指を曲げて柔らかさや弾力を確かめ、両側から押し、縁を撫で、重さを計るように下から持ち上げる。
「んっ……」
 思わず声が漏れた。単純にくすぐったい。
 しかし、山城はツクモの声にも気付かず、無心で胸を触っていた。耳まで真っ赤に染めたまま、荒い呼吸を繰り返している。口元がだらしなく緩んでいた。
 胸を触る手の動きも、段々と大胆になっていく。
 はっきりと揉むような動きに。
「山城」
 静かにツクモは口を開いた。扶桑の喋り方を真似して。
「!」
 ぴたりと動きを止め、山城が顔を上げる。
 ツクモは優しく穏やかに微笑みかけた。可能な限り扶桑っぽく。
「何をしているのかしら?」

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18/7/28