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第3章 誘い |
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しとしとと窓の外では雨が降っている。灰色の空と灰色の風景。 土曜日であるが、雨が降っているため出かける気にもなれず、奏太は家にこもっていた。たまには自堕落な休日を過ごすのもいいだろう。 「あれから十日経ったな」 夜光が呟いた。 卓袱台横の座布団に座り、ベッドの上の奏太を見上げていた。 夜光が奏太の元に押しかけてきてから、今日で十日になる。一日中奏太の側にいて何かを記録したり、三食の後に拾った厄を食べさせたり。それほど忙しいわけではなく、難しいことをしているわけでもない。 「長いようで速かったが、どうだ? 身体の具合は」 赤い瞳に好奇心の光を灯し、夜光は奏太を見上げていた。 読んでいた本を横に置き、一度目を閉じる奏太。ベッドの上で量足を伸ばし、壁に背を預けている。腰の後ろには枕を置いていた。ぼんやりと読書をする体勢である。 目を開き、自分の左手を見つめる。 「これといって……変わった様子はないと思うけど。健康になったといえばなったような気がするくらいかな? でも、不幸体質に変化は無いし」 定期的に体内の厄喰いに厄を食べさせているせいか、そこはかとなく健康になったような気がする。あくまで気がするというレベルだが。しかし、身に降りかかる小さな不幸が減った様子もない。 「でも、厄の味は何となく覚えたかも」 舌で口の中を撫でる。 毎日食べさせられたためか、さすがに厄の味は覚えてきた。甘みと苦みの入り交じった奇妙な味。強引にたとえるなら、珈琲やお茶などの嗜好飲料に似ている。 眉を寄せ、夜光は首を捻った。 「ふむ。大した変化はなしか。アタシもすぐに結果が出るとは思ってないけどな。一ヶ月くらいすれば何か変わるかね?」 半信半疑といった面持ちで、奏太を眺める。顎を撫でながら右目を細めていた。前髪に隠れている左目は閉じている。 奏太は軽く息を吐き、 「それにしても、お前は完全にここに馴染んでるよな」 部屋の一角に置かれた半畳の畳。そこが夜光の生活場所だった。小さな身体に合わせた布団と、小物入れ、座布団が置かれている。宅配便で送られてきたものだった。人間基準だと畳二畳分の空間だが、夜光は無駄なくその空間を利用している。 腕を組み、得意げに身体を反らした。 「ふふん。ちゃんと家賃は払っているからな。アタシの金じゃないけど。多少私物を持ち込んだところで、文句は言わせないぞ」 にっと笑う。 夜光の言っていた家賃はしっかりと奏太の口座に振り込まれていた。三万円という学生にとって大きな金額である。振り込み確認はしたが、まだ使ってはいない。 「騒いだりしなければ文句は言わないよ」 本を手に取りながら、奏太は告げた。 かなり好き勝手に行動する夜光だが、奏太の迷惑になるような事はほとんどしない。掃除や洗濯は普通に手伝うし、奏太に無理な要求をすることもない。用事がないなら、静かに本を読んでいることが多い。神様の参考書らしい。 「ところでそろそろ言おうと思ってたんだが、草原奏太――」 座っていた座布団から立ち上がり、赤い瞳を奏太へと向ける。腰に両手をあて、どこか不機嫌そうに口元を曲げていた。 「いい加減アタシを押し倒すくらいはしてもいいんじゃないか?」 「いきなり何言うんだよ――!」 本を置き、奏太は慌てて言い返す。 時折奏太を挑発するような事はあったが、今回はえらく直球である。 したり顔で、夜光は奏太を見据えた。 「可愛い女の子とひとつ屋根の下に暮らしてるというのに、風呂を覗くことすらしないというのは、男としてどうかと思うぞ?」 「やって欲しいのか?」 半眼で聞く。 女の子の入浴を覗くのは、普通に犯罪だ。相手は人間でないため、人間の法律が適応されるのかは不明だが、それ以前に問題である。 「まぁな」 苦笑とともに、夜光が肯定する。 言葉を失う奏太。 頬を赤くしながら、夜光はどこか気恥ずかしそうに頭を掻いていた。 「惚れている、というわけではないんだが――何だかな。不思議とお前と身体を重ねたい気分なんだ。おそらくは相性なのだろう。そして、無茶苦茶に犯して欲しい――」 最後の台詞だけは、まっすぐに奏太を見つめて。 「さらっと問題発言するな」 「男が細かい事言うもんじゃない」 夜光は畳から降り、床を歩き、ベッドへと飛び乗った。 人間の半分くらいの大きさの少女。厄神と自称している。身長は八十センチほどと幼女並だが、体躯はそれなりに成長した少女のそれである。長い黒髪に、赤い上着、黒い馬乗袴という出で立ち。巫女装束の亜種らしい。瞳は赤く、左目を前髪で隠している。 ベッドの上を歩き、奏太の膝の上にまたがる。 「それに減るもんでもない――むっ」 両手で。 奏太は夜光を抱き寄せた。 「まるで人形みたいだよな。服装といい、小さい身体といい」 夜光が息を止め、身体を強張らせる。 両腕を夜光の背中に回し、優しく抱きしめる。ほんのりとした暖かさ。人形のような女の子だが、夜光は人形ではなく生きた女の子であると実感する。 左手で身体を抱きしめたまま、右手で軽く頭を撫でる。緊張を解すように。 「………」 声も無く、夜光が身体の力を抜いた。 眼を閉じ、奏太の胸に身体を埋める夜光。 奏太は小さな身体を抱きしめたまま、優しくあやすように頭を撫でる。 夜光が静かに口を開いた。 「身体は小さいが、姿形は立派な女だぞ? 出る所は出てるし、引っ込むところは引っ込んでいる。それに、ちゃんと男女の交わりもできるしな」 「――大丈夫なのか?」 一度身体を離し、奏太は思わず訊く。夜光くらいの少女に男のものを挿れたら、そのまま壊しかねない。そこまでする気は奏太には無かった。 「人間より柔軟にできてるからな、大丈夫だ」 笑いながら、夜光は自分の胸を軽く叩く。 奏太は一度息をつき、夜光の頬に触れた。柔らかく暖かな頬の感触。 何も言わぬまま、夜光が眼を閉じ、顔を上げる。 奏太も何も言わぬまま、夜光に顔を近づけた。 「ん……」 そして、お互いの唇を重ねる。薄く柔らかな夜光の唇。その形と存在を確かめるように両手で小さな身体を抱きしめる。応じるように、夜光も奏太の首に両手を回していた。自分と相手が繋がっているという、不思議な安心感と満足感。 数秒か数十秒か、ゆっくりと奏太は唇を離した。 「これが、接吻か。初めてだが、悪くない……」 自分の唇を指でなぞりながら、夜光が呟く。気恥ずかしさからか、頬が赤く染まっていた。小さな身体が微かに震えている。 奏太は改めて夜光を抱きしめた。 「僕はこういうのは初めてだけど、痛かったりしたらちゃんと言えよ?」 「アタシも初めてだから、お互い様だ」 にやりと笑いながら、夜光が奏太を見上げる。 そして、二人は再び唇を重ねた。 |
15/1/27 |