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エピローグ |
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翌日の午前九時前。 「どうだった、ルクちゃん」 木蓮亭にやってきたルクを迎えたのは、カラサのその言葉だった。好奇心に瞳をきらきらと輝かせながら、ルクをじっと見つめている。 昨日の夜、サジムに情熱の白を飲ませた反応だろう。 「実は、覚えてないんでス……」 椅子に荷物を置きながら、ルクは正直に答えた。右手で頭を押さえて左右に振ってみせる。赤い髪が揺れた。頭痛とは違うものの、意識がやや重い。 「何やったの?」 きょとんと呟くカラサに。 ルクはしばらく考えてから、申し訳なさそうに頭を下げた。 「サジムさんのお話ですト、ワタシがお酒少し飲んで酔っぱらっちゃったんですヨ……。何だか凄いことヤっちゃったみたいで、朝起きたらサジムさんに怒られてしまいまシタ。金輪際、お酒を飲むなト」 朝目が覚めると、身体がバケツに放り込まれていた。酷くやつれたサジムから、昨日は暴走して凄いことになったと告げられた。何をしたのかまでは言われていない。自分の記憶も、サジムに料理を出した辺りから途切れている。 記憶がないので分からないが、サジムに五分ほど説教され、今後一切アルコール類を口にしてはいけないと厳命された。 「あらら、それは悪いことしたねぇ」 カラサが右手をぱたぱたと振っている。あまり罪悪感を覚えているようには見えない。事実大して悪いとは思っていないだろう。 「いえいえ、大丈夫ですヨ」 ルクはそう言い返した。 ふと、カラサが呟く。 「そういえば、結局サジムのやつは酔っぱらわなかったのかい?」 「そうみたいでス。サジムさんの四分の一はハッカク地方の人なので、お酒には物凄く強いって言われました。同じ血筋であるはずのワタシは物凄く弱いんですケド……」 ルクは自分の赤髪を指で示した。 ずっと北西にあるハッカク地方。その地方の人間は綺麗な赤毛と、桁違いなまでのアルコール耐性を持つ。サジムの母方の祖父は、その地方の人間だったらしい。その血筋のおかげで、サジムは酒に強い。今朝聞かされたことだった。 「ふーん」 興味なさそうに相槌を打つカラサ。 「ま、いいでしょう。また機会があったら協力してあげるわ」 「おーい、二人とも何話してるんだ?」 店のドアが開き、五十歳ほどの体格の良い男が入ってくる。調理用の白衣を纏った、温厚そうな男。木蓮亭店主のトーアだった。さほど凄い人には見えないものの、その料理の腕は本物である。 「早く準備しろよー」 「あいよ」 「分かりました」 返事をしてから、カラサとルクは開店準備に取りかかった。 サジムは薬箱から取り出した栄養剤を水と一緒に飲み干した。 テーブルには起きっぱなしにされた酒瓶が置かれている。底には色の抜けた白っぽい草が落ちていた。ヒトヨイ草と呼ばれる珍しい薬草である。 「情熱の白に、ヒトヨイ草……」 ぼさぼさの赤毛を撫でつけ、呆れたようにその名称を呟く。 図鑑で調べてみるととんでもない草だった。薬草というより麻薬と呼ぶべきだろう。事実、準麻薬指定植物だ。濃縮した葉液は蜂蜜のような見た目で、魔術薬として使われ、副作用として強い媚薬効果があるらしい。草自体を口に入れても媚薬効果は薄いが、アルコールと一緒に摂取すると、強く現れることがあるらしい。 ヒトヨイ草のことはカラサも知らないだろう。 「酒に強いと思って油断した……」 昨夜の痴態を思い返しながら、サジムは首を振った。全身の関節が軋んでいて、身体に力が入らない。生命力を削り取られたかのように。 ルクは全く覚えていなかったが、自分は半分くらい覚えている。まるで自分が自分でないような乱れ様。明らかに異常な状態だった。 細くため息をつき、サジムは酒瓶を持ち上げる。 「酒には気をつけよう……」 そう呻いて、微かに残った中身を口に流し込んだ。 |