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前編 マヨイガの生活 |
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「あー。羊羹が旨い」 縁台に腰を下ろし、颯太は羊羹に齧り付いた。暖かい春の日差し。 もそもそと半分ほど食べてから、お茶を飲み干す。一息ついてから、再び羊羹を食べ始める。甘さと渋さの調和が素晴らしい。 「なんだかな」 お茶を飲みながら、ぼんやりと呻く。 高校一年の春休み。やることもなく街中を散歩していたら、古びた屋敷に迷い込み、出られなくなった。自分でも意味が分からないが、出られなくなった。 屋敷から出ても、見知らぬ町並みをさまよい、気がつくと屋敷の敷地内。 何度か同じことを繰り返して、パニックになりかけた。 「颯太さん。探しましたよ」 若い少女の声。 颯太は振り返る。 「梢枝さん」 颯太と同じくらいの年格好の少女。身長は百六十センチ弱で、澄ましたような顔立ち。ただし、人間ではない。赤味がかった黄色い髪と、大きな狐耳、そして狐の尻尾。服装は白衣と緋色の行灯袴――ようするに巫女装束だった。 コスプレではなく、本物の狐巫女である。 錯乱状態の颯太の前に現れ、この屋敷の管理人のような者と名乗った。それが昨日のことである。一応、現状の説明されていた。 颯太はじっと梢枝を見つめる。 「……珍しいですか? 狐の妖怪って」 「うん。初めて見る」 颯太は答えた。 普通の小学生、普通の中学生、普通の高校生として育ち、幽霊や妖怪は作り話だと思っていた。だが、目の前にいる狐の少女。本物である。ただし、狐巫女の姿をしているだけで、妖狐族ではないらしい。 「マヨイガかぁ……」 山奥などに迷い込むと見つかることがある。大きな屋敷で、ついさっきまで人の住んでいた形跡はあるのに、いくら探しても人はいない。屋敷の物を何か持ち帰ると幸せになれる。昔話に出てくるものだ。 梢枝曰く、ここはマヨイガの欠片。 昔話にでてくる屋敷ほど大きくはない。小さな日本家屋。電気も水道も通っていて、家電製品は一通り揃っている。電話やパソコンもあり、インターネットもメールも出来る。生活する分には、何の不自由もない。 この屋敷と同じようなものが十個ほど、ふらふらと日本中を漂っているらしい。颯太はそのひとつに捕まってしまった。 「マヨイガって、入った人間を閉じ込めるものなのか?」 颯太は梢枝を見つめた。 昔話に出てくるマヨイガは入ってもちゃんと出られる。一晩泊まると山の入り口に立っているということもあるらしい。 梢枝はふらふらと尻尾を揺らしながら、 「普通はそんなことないですよ。でも、時々閉じ込めることがあるんですよ」 「出られるの?」 不安になって訊く。 ここにいれば生活に困らないが、自堕落な生活を送ることとなり、確実に駄目人間と化すだろう。家族も心配である。 「明後日頃には退魔師の樫切さんが迎えに来るでしょう。あなたがここに捕まっていることは、人間も把握しています。ちゃんと帰れますよ」 梢枝はさらりと答えた。 自宅に電話をし、両親と会話。自分は行方不明者扱い。警察に電話したら、警察官と一緒に樫切宗一郎という人が来たらしい。何だかんだ話し合った後、その宗一郎という人が迎えに来るそうだ。 なんにしろ、帰れるようである。 「晩飯なに?」 羊羹をかじりながら、颯太は尋ねた。 料理などは梢枝が作っている。というか、身の回りの世話は全てやってくれるのだ。一日中寝ていることも出来るだろう。この状況に置かれたら、一週間でヒキコモリ駄目人間になる自信がある。 「何食べたいですか?」 「インドカレーが食べたい」 颯太は正直に告げた。 基本的にどのような料理も作れると言っている。半ば冗談でタイ料理が食べたいと言ったら、タイ料理を作って見せた。トムヤンクンと、おかゆのような料理。おかゆの名前は忘れた。香辛料が効いていて美味しい料理である。 「分かりました」 梢枝は頷いた。 |