Index Top 第2話 昨日とは違う今日 |
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第3章 朝食を取りながら |
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よく焼けたフレンチトーストに、ミナヅキがナイフを入れる。 さくっと狐色に焼けた表面、そして柔らかさの残る中身。それを食べやすい大きさに切ってから、メイプルシロップをかけてある。甘く柔らかな食欲をそそる香り。 ミナヅキはナイフでトースト一部を切り出し、フォークに刺してそれを口に入れた。何度か咀嚼すると、パンと卵とシロップの甘みが口の中に広がっていく。 「美味しいですね、これ。甘くてふわふわで。リクトさん、凄いです!」 嬉しそうに表情を緩め、右手で頬を撫でていた。 咀嚼することで食べ物を崩し、その味をしっかりと舌で味わう。トーストに染みていた甘みが口いっぱいに広がっていた。ミナヅキの尻尾がぱたぱたと跳ねている。 「お主は色々と料理を知っているのじゃのう」 ホイップクリームの付いたパンを頬張りながら、ジュキが赤い瞳を輝かせている。 自分の作った料理を美味しそうに食べる姿を見るのは、意外と楽しいものだ。ジュキは子供のように無邪気に反応するため、見ていて面白い。 しかし、気になる事はあった。 リクトは右手に持っていたフォークをジュキに向ける。 「昨日から思ってたんだけど、二人は普通の料理食べたことないのか? 俺が作った料理初めて食べたみたいな反応してるけど、そんな珍しい料理作ってるつもりはないぞ」 「普通の料理は食べたことはありますよ」 ミナヅキが堪える。 片目を瞑り、ジュキが手を左右に動かした。何故か得意げに。 「ただ、今まで味なんて気にしたこと無かったのじゃ。腹に入って栄養になれば、どんな味じゃろうとそれでよし。今からすれば色々ともったいないことをしてたの。ちゃんと味わっておけばよかった」 「そうですね」 残念そうにミナヅキが頷いている。 その反応に、リクトは大きなズレを感じていた。味というものに興味を示さず、味自体を無いものとして、思考で処理する。しかし、味覚が無いわけではなく、普通に料理を味わうこともできる。極端な情報処理の切り替え。 「そのあたりの感覚って、人間と妖魔の違いってものか?」 「おそらくのぅ」 人差し指で頬を掻きながら、ジュキが肯定する。右の狐耳が傾いた。 リクトから視線を逸らすように、窓へと目を向ける。窓から差し込む朝の日差し。八時過ぎということもあり、朝の白さは無くなっていた。朝食には遅い時間だろう。 「というよりも、妾たちを作った主様の感覚がおかしいのじゃ。人間を――いや、生物辞めてしまっている輩が、人工生物の感覚を作れば絶対におかしい部分が出てくる」 目を閉じ、重々しく頷いている。ジュキやミナヅキを作ったオルワージュ所長。人の姿をしながら、人間を辞めてしまったバケモノ。どこからどこまで事実なのか不明だが、人間の常識が通用しない相手であるのは容易に分かる。 リクトはジト目でジュキを見つめた。 「オルワージュ所長は親みたいなものなのに、敬ってる気配すらないな。お前」 「主様の事は尊敬はしているが……全肯定はせぬぞ――。変人で変態じゃし」 唇を尖らせ、言い返してくる。 (変人で変態って、お前が言える立場じゃないだろ) 思いついた言葉は口には出さないでおく。さきごど思い切りジュキに胸を揉まれた事を思い出していた。冷製に考えてみると、ミナヅキもかなりむっつりスケベである。妖魔というのは素で変態なのかもしれない。 コップの牛乳を一口飲み、ミナヅキが口を開いた。 「マッドサイエンティストの見本みたいな人ですからね。わたしたちのような人工知的生物作るのは法律で禁止されていますけど、あっさり無視ししていますし。他にも人に言えないような違法行為はやっているようです。悪い人ではないのですけど」 「………」 ミナヅキやジュキのような存在を作るのは、本来違法行為である。生命尊厳法という法律により、人間並の知性を持つ人工生物の作成は禁止されているのだ。が、オルワージュは法律を無視して、ミナヅキやジュキを作っている。 姿は見ていないが、他の妖魔も作ったのだろう。 話題を変えるように、リクトは手を動かした。右から左へと。 「ミナヅキとジュキって普段何してるんだ?」 ふと気になった二人の日常。まさか家でひたすらごろごろしているということはないだろう。だが、具体的に何をしているのか、いまいち創造が付かなかった。 トーストを一口食べ、ジュキがフォークを左右に動かした。 「今のところは検査と勉強じゃの。学校で習うような基本的な読み書き算数じゃ」 「生まれた時には知識は組み込まれていますけど、あくまでそれは知識ですから。実践的に思考を動かす経験は必要なんです。わたしは今中学生くらいの勉強受けてます」 と、ミナヅキ。 意外――というほどではなかった。生まれつき知識を持っていても、知識だけでどうにかなるほど世の中は甘くない。知識を生かす経験は重要である。もっとも元々知識があるため、上達はかなり早いだろう。 「それらが終われば、研究の手伝いなんかの仕事に就くの。妖魔としての検査は常に受けるが。そのあたりは人間と変わらぬ」 「あと妖術の練習ですね」 ミナヅキが付け足した。 リクトは左手を持ち上げ、手を開いた。 青みがかった水色の肌。細くしなやかな五指。 「術か。俺は術の事はさっぱりだ」 この星に住む人間は、例外なく術の資質を持っている。鍛えれば誰でも術を使うことができる。もっとも、積極的に術を覚えることはまずない。資質は持っているが、扱えるようになるまでは難しい基礎訓練を必要とするのだ。 開いていた手が握りしめられる。 「わたしたち妖魔は、妖術を使うために特化した生物という言い方もできます」 「妖術って何だ?」 昨日から何度か聞いている妖術という言葉。 人間が使う術は、理術と呼ばれる。理力を構成して望む現象を実体化させる術。理術と妖術がどう違うのか、リクトにはさっぱり分からなかった。 「強いて言うなら一点特化型の術体系じゃの。使い手まで含めて。精神、肉体から使う術までが全て連動している。術というよりは、固有能力と表現する方が正しいかもしれぬ。それほど妖術は使い手ごとに全く毛色が違う。妾と姉様は似ているが」 「よくわからんが……」 半眼で思った事を口にする。 ミナヅキが右手を上げた。 青みがかった水色の手。それがゆっくりと融けていく。指先が崩れ水色の透明な液体となってテーブルの上に広がっていく。半液体で構成された、スライムの身体。指の感覚は消え、液体の中に混じっていた。 溶けた手に、触覚が残っている。奇妙な感覚だった。 「わたしはこの液体の身体も含めて、鋼液の術という妖術を構成しています。ジュキは錬身の術という妖術ですね。どちらも自分の身体を極めて高い自由度で操作するという目的で作られています」 「よくわからんが……」 半眼でさきほどと同じ台詞を返す。基礎すらも知らない者にとって、術の特性や性質など意味不明なものだった。 溶けていたミナヅキの手が、元に戻る。 にやり、とジュキが頬笑んだ。 「妾の術はそのうち見せてやろう。自慢ではないが、なかなか面白い術じゃぞ?」 ふわり、と銀色の髪の毛が波打った。風はなく、ジュキも動いていないのに、髪の毛だけが一回だけ生き物のように波打つ。それが錬身の術なのだろう。 ジュキが微かに目を細める。 「それにお主は姉様の身体に居候の身、望むと望まざると姉様の術は身を以て知ることとなる。あれじゃ。習うより慣れろじゃ」 「そういうもんかね?」 リクトは首を捻った。 ミナヅキの身体に居候している以上、ミナヅキの術を見ることとなる。見るというよりも身を以て体験するのだろう。その事に多少の不安はあるものの、同時に好奇心も頭をもたげているのも事実だった。 「それと、リクト」 ジュキが口を開く。 「言い忘れておったが、お主今日の九時半から第十二研究棟で検査があるぞ。お主の精神がちゃんと姉様の身体に馴染んでいるか調べるそうじゃ」 「へ?」 目を点にするリクト。 慌てて時計を見ると、午前八時半。ここから食事を終えて、食器を片付け、着替えを済ませ、第十二研究棟まで行く。検査は九時半なので、十五分くらい早く着いていなければならないだろう。 時間があるようで、かなりぎりぎりだ。 「そういうことはもっと早く言え!」 ジュキに向かって叫んでから、リクトは残ったフレンチトーストを口に押し込んだ。 |
14/11/23 |