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第23話 新しい…… |
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開いた窓から湿った風が流れ込んでくる。窓の外は雲の多い青空。雨期という季節だが、晴れている日もそれなりに多い。湿気は多めだが、空気は涼しい。 ラセンが窓辺に寝そべって本を読んでいる。 「ふむ」 オーキもソファに座って本を読んでいた。図書館から借りてきた本である。風と雲と、という題名である。小説家ノート・サジムが書いた旅行エッセイだった。 ぼんやりと読むには丁度いいかもしれない。 ぺら、とページをめくる。 「オーキ。ちょっといいかな?」 声を掛けられ、オーキは視線を本から放した。 見るとクリムが立っている。両手で大きな箱を抱えていた。 「何でしょう?」 「君に渡したいものがある」 視線で持っている箱を示す。 「何ですか? それ」 しおりを挟んでから本を畳み、オーキは箱を眺めた。 服を入れるような、古い木の箱である。寸法は縦五十センチ、横四十センチ、高さは四十センチくらいか。ラベルなど中身が分かるものはない。クリムが持てるということは、そう重くはないのだろう。 「親戚の家から出てきたものでね。相続上私の所に来たのだけど、私が持っているより、君が持っている方がいいんじゃないかって話になった」 言いながらテーブルの上に箱を乗せる。 上に蓋の着いた木箱。 「何を貰ったのだ、小僧?」 尻尾を動かし、ラセンが身体を持ち上げた。その場にあぐらをかき狐耳を跳ねさせる。尻尾を左右に揺らしながら、興味深げに箱を見つめていた。 その言葉に応えるというわけではないが、オーキは箱に手を伸ばし。 手を伸ばし、クリムが遮ってくる。 「おっと。開けるなら部屋で開けてくれ」 背中にしがみついていたラセンが、机の上に降りる。最近は肩に乗せて移動することが多くなっていた。身体の動かし方が慣れたのか、基幹情報が増えたおかげなのか、以前より運動性能が増している。 続けてオーキは箱を机に載せた。 「一体何だ?」 ぺたぺたと箱を触るラセン。 「なんとなく想像は付くけどな。この流れで、俺に渡すってことは……」 オーキは留め金を外し、蓋を開けた。漂ってくる芳香剤の香り。 緩衝用の白い布に包まれ、小さな人形の少女が箱に収まっていた。両手両足を畳み、背中を丸めている。それはある意味予想通りのものだった。 「これは……」 箱を覗き込み、ラセンが息を呑む。狐耳と尻尾がぴんと伸びた。 オーキは箱に手を入れ、人形を持ち上げた。 「なるほど」 苦笑いをしながら、人形を観察する。 背丈は五十センチ強。ラセンより少し小柄なようだ。服装は白いハイネックのレオタードという格好で、ラセンと違い服は着ていない。レオタードに映る身体の曲線。ラセンと比べて胸は大きいようだ。肩辺りまで伸びた癖のある黒髪が、日の光を受けて微かに輝いている。頭には三角形の猫耳が生え、腰の辺りから細い猫の尻尾が生えていた。 背中に金色のゼンマイネジが刺さっている。 オーキは人形をそっと机の上に下ろした。力が入らないため、両足を伸ばし項垂れたような格好である。さながら糸の切れた操り人形のような。 「お前の姉妹みたいだな。狐じゃなくて猫だけど。見た限り、構造はそう違わないんじゃないか? このネジを基点にして身体を動かすのかな? そのあたりはクリムさんの方が詳しいと思うけど」 言葉を失っているラセンにそう言ってから、オーキは人形の背中のネジを掴んだ。この人形を渡したということは、つまり動かせということだろう。 肩を押え、ネジを回す。 きりきりとバネの巻き取られる感触が腕に返ってきた。 そして。 「ん……」 人形が目を開けた。落ち着いた黄色い瞳。 身体を起こしてから、右手を持ち上げ、左手を持ち上げる。 持ち上げた手を目の前に移し、五指を握り閉めた。それから手を開き、もう一度閉じ、もう一度開く。人形とは思えない滑らかな動きだ。 それから手で目を擦り、その場に立ち上がった。 「ふぁ」 欠伸をするように口を開け、両腕を伸ばして背伸びをする。ぴんと立った猫耳と尻尾。尻尾の先端が痙攣するように揺れていた。ラセンが目覚めた時とは違い、まるで寝起きのような反応である。 「ん? あ――」 両腕を下ろし、周囲に視線を向けた。 ぼんやりと部屋を眺め、オーキを見つめ、最後にラセンへと。 その瞬間、黄色い瞳が見開かれた。細い瞳孔が大きく開く。 「お姉様!」 両腕を広げラセンに飛びつく。 「おあっ!」 体当たりされ後ろに蹌踉けながら、ラセンが気の抜けた声を上げた。 |
13/9/19 |