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第18話 引かれる |
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スライムという構造上、ある程度の隙間があれば、どこにでも入り込めるらしい。 「これが、お前の本当の姿なのか?」 リビングテーブルに腰を下ろしたまま、ラセンはルクを見上げていた。尻尾を左右に動かしながら。 白いワンピースの服装は変わっていない。 しかし、身体は人間のものではなかった。赤かった髪の毛は緑色に変わり、肌は青色に変わっている。手足は半透明で後ろが薄く透けていた。表面にも淡い光沢が映っている。その質感はゼリーのようだった。 右手を持ち上げ、ルクが言ってくる。 「普段は魔術で人間の姿になっていマスから」 食堂にいたときは人間の姿をしていた。違和感はあるものの、人間と言われれば普通に納得できるほどの形をしている。 自身の形を変える魔術は存在していた。かなり高度なものらしい。 「使えるのか、魔術?」 目蓋を持ち上げ、ラセンは尋ねた。 ルクと自分は外見こそ違うものの、根幹部分は同じような構造らしい。ルクが魔術を使えるならば、自分も使える。そう考えつくのは容易だった。 ルクはあっさりと答えた。 「簡単なものなラ。あと、人間の姿になる術は、この身体に組み込まれテいますから」 「アタシも魔術使えるのか?」 自分の手を見つめ、ラセンは自問する。 魔術。人間が訓練すれば覚えられる技術だ。簡単に覚えられるものではないが、それでも一ヶ月ほど勉強すれば、灯りを作るくらいはできると聞く。また、人間でなくとも魔術の機構を持っていれば使えるらしい。家に置いてあった魔術関係の本に書いてあった。 ラセン自身、魔術に興味はあった。 そして、自分と同じ機構を持つルクは魔術を扱える。 「頑張れば何とかなるんじゃないでしょうカ?」 ルクが言ってくる。淡泊に。感情の薄い緑色の瞳。感情自体が薄いのか、感情を表に出さないのか。どちらなのかは分からなかった。 ラセンは意識を切り替えるように息を吐き、テーブルに足を乗せた。その場に立ち上がる。微かな布擦れの音とともに揺れる赤いスカート。ルクの破片を指差しながら、 「それより、これはどういう事なんだ? いきなりアタシを喰おうとしてきたぞ」 元の四角形に戻っている青い破片。さきほどいきなりラセンに襲いかかってきた。 ルクは眉を寄せ、小首を傾げる。 「そういう仕組みは入っていなイのですが。ふム……」 青い破片を不思議そうに眺めていた。何を考えているのか分かりにくいが、普通に疑問に思っている事は見て取れる。さきほどの動きはルクも想定していなかったようだ。 それから言ってくる。 「もしかして、ラセンさんに引っ張られタのかもしれませン」 「どういうことだ?」 訊くと、ルクは右手を持ち上げた。人の腕の形をした青い半透明の腕。 「ワタシの身体は、核部分から切り離しても三十メートルくらいなラ、ワタシの意志で動かせるんでス。魔力の共鳴作用ですネ。もしかしたら、ラセンさんの核部が一種の共鳴作用でこれを動かしたのかもしれませン」 「…………」 狐耳を伏せ、半眼で眺める。言っている事が本当か否か、ラセンには判断が付かなかった。いかにもな話だが、ルクの推測でしかない。そう言われてみるとそうかもしれない。その程度である。 ラセンはテーブルに乗った破片に向き直り、 「潰れろ!」 命じる。 途端、破片がぐにゃりと変形した。平たい水溜まりのような形に潰れる。 「……動いた」 その事実にラセンは息を呑んだ。 破片が元の直方体に戻る。かすかに感覚が繋がるような手応えがあった。ラセンの意志に応じたルクの破片の動き。本当にラセンの意志と連動しているらしい。 「一応訊いておくが、お前が動かしているわけではないのだな?」 「はイ」 ラセンの問いにルクが頷く。 しかし、それでもいまいち納得がいかない。 「ふむ、ということは、アタシが自分で自分を襲わせたということか? 何だソレは?」 さきほど、ルクの破片がいきなり液状になり襲いかかってきた事。それはラセン自身がそう動かしたということらしい。納得がいかない。 小首を傾げ、ルクが口を開く。 「ワタシたちは同じような仕組みで動いていマスから、ある程度近い位置にいるト、互いに引っ張られるみたいなんデス。ワタシが今日来たのモ、それをクリムさんに訊こうと思ったからデス」 そう言って緑色の瞳を部屋に向けた。 引っ張られる。ラセンはそのような感覚は無いが、ルクは感じるらしい。自身の機構に対しての理解の深さの違いなのだろう。ラセンはそう推測した。 「それで、ラセンさん。お腹空いてませんカ?」 脈絡無く訊いてくる。 一度首を傾げてから、ラセンはお腹を撫でた。 「空腹という感覚は無いが――」 オーキにネジを巻かれて動き始めてから今まで、空腹を感じたことはない。人形の身体なので、空腹という感覚自体ないのだろう。 眉間にしわを寄せ、ラセンはルクを見上げた。 「いや、お前は何を言っている? 何が言いたいのだ?」 「それは自覚が無いのだと思いまス。おそらく既にラセンさんの基幹情報は、空っぽニ近いでス。だから、多分……その情報にワタシが引っ張られているようデス。強めニ」 ラセンに向けられる緑色の瞳。感情の映らない淡々とした眼差し。しかし、今までとは違う光が、そこに映っていた。ラセンは定期的に人間の体組織を取り込む必要がある。それが空っぽに近く、自覚のない飢餓感がルクを引っ張っている。 「眼が怖いぞ……」 半歩退くラセン。 しかし、ルクは一人勝手に話を進めている。 「ご主人サマ以外のヒトとこういう事をするのは気が進まなイのですけど……」 そう前置きしながら、ワンピースの裾に手を掛けた。 そのまま服を脱ぎ捨てる。微かな音を立て、床に落ちる白いワンピース。 服の下には何も着ていなかった。下着も着けていない。生身とは少し違うものの、丸い乳房や細いお腹、なだらかな曲線を描く下腹部など、人間とそう変わらない形だろう。ただ、青く透明な半液状で、向こう側が透けて見える。 胸の奥には、赤い球体が浮かんでいた。核部分だろう。 「状況が状況ですかラ、仕方ありませン」 「ま、待て――」 ラセンの制止の言葉は届かない。 両手を伸ばし、ルクはあっさりとラセンを抱え上げた。 |
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