Index Top 第5話 黒の観察

第3章 初体験


 膝の上に座るノア。黒い燐光を残して羽が消えた。
「上着は脱ぎますか?」
 肩越しに振り返り、そう訊いてくる。
 首元から手足まで全部を覆う黒衣。動きを妨げるような大きさだ。サイズの合わない服を無理に着ているのか、元々そういう服なのか。おそらく後者だろう。
「んー。脱いだ方がいいかな?」
 千景がそう口にすると。
 ノアが黒衣の裾に手を掛けた。そのまま両手を持ち上げ、一息に黒衣を脱ぎ払った。かなり大きな服だが、思いの外簡単に脱いでいる。着慣れているおかげかもしれない。脱いだ黒衣を素早くたたみ、それを机に乗せる。
「脱ぎました」
 その身体は細かった。華奢とは違うが、細く絞り込まれた手足。シゥとは別方向の鍛え方をしているようである。身に付けてるものは、下着というよりもボディスーツのように見えた。薄く光沢の見える、黒い素地。首もとから胸下まで覆うハイネックのトップスと、三分丈ほどのスパッツである。動きを妨げないための下着だろう。
 手首には黒い腕輪が嵌められていた。ノアの扱う帯刃。
 ノアが肩越しに見上げてくる。
「下着は一応このままにしておきます。では千景さま、自分の身体を自由に触ってみて下さい。千景さまの手の動きを参考にします」
「んー?」
 千景は眉根を寄せた。釈然としないものを感じつつも、深く考えないようにする。ここまで来た以上、引き返すのは無理だろう。
 一度息を吸い込み吐き出す。
「こうやってそっと撫でるようにして」
 右手をノアの首元に触れさせた。鎖骨のあたりから、胸元を通り、控えめな胸の膨らみへと。四人の中ではノアが一番幼く見える。そのためか胸はそれほど大きくはない。やや背徳的なものも感じるが。
 下着越しに表面を撫でるように指を動かす。
 残る左手をお腹から脚の付け根へと動かしていく。
 指先に感じる滑らかな素地の感触。見た目通り普通の下着とは素材が違うらしい。ナイロン生地に似ているだろう。レオタードや水着のような手触りである。
「力を抜いて気持ちよくなる場所を探す」
「了解」
 頷くノア。
 その両足の間に中指を差し込み、千景はスパッツの上からノアの秘所を優しく擦った。右手は変わらず胸を撫で続けて、時折指先で乳首を擦る。
 ノアは力を抜き素直に千景の動きを受け入れているようだった。
「ん」
 息が漏れる。
 顔を覗き込むと、ノアの頬が少し赤くなっていた。顔は相変わらずの無表情で感情は映していない。しかし、思えばこれが初めて見るノアの表情の変化かもしれない。
 そんな事を考えながら、千景は胸と秘所への愛撫を続ける。
 ノアは無表情のまま頬を赤くしていた。時々、微かな声が漏れる。
 しばらくしてから、千景は手を離した。
「どうだ? 気持ちよかったか?」
「肯定、です」
 肩越しに振り向き、ノアが頷いた。
 千景はノアの肩に両手を置く。
「じゃ、自分でやってみろ」
「了解」
 短く答え、ノアが両手で自分の胸に触れた。
 千景の手の動きを真似るように、控えめな膨らみに手を走らせる。自分が感じる場所を探すように、緩急を付けていた。下着越しに撫でるように手を動かし、五指を動かしゆっくりと揉み、時折乳首のあたりへと指先を這わせる。
 それなりに感じるようで、小さく肩を動かしていた。
「フィフニル族の構造ってのはよくわからないけど、人間の女は性感帯って場所はあちこちにあるらしい。多分、お前も同じようなものだと思うけど」
 ちらりと黒い瞳を向けてくる。
 ノアは胸から手を離し、自分のお腹や太股へと移動させた。表情は変わらぬまま、少し頬の赤味が増している。皮膚に薄く汗もかいているようだった。
 右手を脚の間へと移していく。
 スパッツ越しに指で秘所を触り、左手で胸を揉み始めた。胸を触る手の動きは、さきほどよりも少し大胆になっている。生み出す快感も強くなっているようだった。
「ん……ぁ……」
 背中を少し丸め、ノアが微かに声を漏らす。
 そこで一度動きを止め、両手を離した。目を閉じてから両手を横に下ろし、ゆっくりと息を吸い込む。火照った身体から熱を逃がすように、呼吸を繰り返していた。
「大丈夫か?」
 千景の問いに、ノアは目を開けた。
「初めての感覚に少し戸惑いました。しかし、これは非常に興味深い体験です。次は直接触れてみようと思います。千景さまからどうぞ」
「んー……?」
 違和感を覚えつつも、千景は手を動かす。
 左手でノアのお腹を押さえ、右手をスパッツの中に手を右手を滑り込ませた。伸縮性の強い素地である。これ自体が下着であるためか、下には何も穿いていない。何も生えていない小さな縦筋。指先に感じる湿り気。
 千景はゆっくりと指を動かす。指先に伝わってくる秘部の弾力。
 指の動きにあわせ、ノアが身体を震わせていた。
「どうだ?」
「腹部の奥が熱いです」
 やや硬い口調で、そう答える。湧き上がる快感に、思考が追い付かないようだった。表情は映していないが、何かに耐えるように片目を閉じている。
 千景は左手で胸を揉みながら、右手で秘部を刺激していった。縦筋を上下に指で撫でてから、指先で淫核のあたりを軽く擦る。
「あッ」
 ノアが身体を強張らせた。今までとは違った感覚だったのだろう。痺れたように肩を跳ねさせた。おそらく無意識だろう。両手を握り締めている。
 千景はノアから手を放し、尋ねた。
「感じてるのか?」
「肯、定」
 そう答えてから、ノアは興奮を抑えるように呼吸を繰り返していた。自身に起っている事を受け入れようとしているが、感覚と思考が追い付かないのだろう。
 千景は左手をノアの頭に乗せる。
「じゃ、今度は自分だけでやってみろ」
 ノアが振り向いてくる。頬を赤くしたまま、黒い瞳を千景に向けていた。その表情や視線から感情を読むことはできないが、考えている事はわかる。
「大丈夫だって。俺は逃げたりしないから。ちゃんと押さえててやるよ」
 千景は左手でノアの身体を抱きしめた。
 ほぼ無表情で感情を見せることのないノア。しかし、完全に無感情なわけでもない。自分の行う事に対して、淡泊ではあるか何かしらの思いはある。今は不安を感じているように見えた。
「了解です」
 ノアは微かな躊躇を置いて、右手をスパッツの奥に差し込んだ。自分の秘部を、自分の手と指で刺激する、自慰行為。
「ん、ん……」
 肩を震わせながら、ノアは右手を動かす。腰を覆う黒い素地の奥で、手がどのように動いているかは分からない。それでも確実に快感を生み出しているようだった。
 左手を下着の奥に入れ、直接自分の胸を揉み始める。
「はっ、ぁ……」
 ノアは顎を上げ、浅い呼吸を繰り返していた。頬は赤く染まり、口は力無く開いき、皮膚に薄く汗をかいていた。自分の秘部と胸を弄りながら、焦点の合わない瞳で虚空を見つめる。どこか酔っているような表情だった。
「千景さま……ッ」
 喉を引きつらせるノア。
「何か身体の奥から来ます」
「それがイくって事だ。性的絶頂、オーガニズム。大丈夫だ、俺が付いてる」
 千景は両手でノアを抱きしめる。初めて訪れる性的絶頂への不安。それを受け止めるように、優しく抱擁する。安心したのか、ノアが力を抜くのが分かった。
「はい――これが……」
 ノアが口を閉じる。
 息を止め、身体を強張らせた。
「ぅ、んああっ、イきま……んんッ!」
 そして弾けるように甘い声を上げる。大きく全身を震わせ、衝撃に耐えるように背中を丸めて、爆発する快感を受け止めていた。自慰による心地よさよりも、絶頂による物理的な衝撃を感じたのかもしれない。何度か痙攣するように肩を跳ねさせている。
 それから、千景に寄り掛かるように脱力した。
「ん……ぁ……」
 黒い瞳を虚空に向け、余韻に浸るように呆けたような顔を見せていた。薄く口を開け、目蓋を少し下ろしている。赤く染まった頬。のぼせてしまったような様子だ。気力を使い切ってしまったのだろう。
「おい、大丈夫か?」
「肯定。大丈夫です。問題はありません」
 千景に視線を向け、ノアは答えた。
「しかし、身体に力が入りません。しばらくこのままでいさせて下さい」
「ああ」
 千景は苦笑した。

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11/10/6