Index Top 第3話 白の休憩

第2章 秘め事


 暖かな布団の香りに混じって、微かに汗の匂いがする。千景がいつも寝ている場所には、千景の匂いが強く染みついていた。
 その香りを吸い込みながら、ピアは指で唇を撫でる。
「キス……」
 千景との口付け。
 フィフニル族にとって、口付けは挨拶のひとつである。他人と口付けすることに、大きな抵抗は無い。しかし、千景との口付けは自分の知るものとは何かが決定的に違った。
 微かに甘味を帯びた唾液――その味を思い出し、ピアは目を閉じる。
「ご主人様にこの身を捧げるのは、わたしたちを保護して頂いていることへの対価。料理や掃除など、身の回りのお世話の延長……」
 誰へと無く呟いた言葉は、返事も無く消える。
 心臓の鼓動が早くなっていた。身体の芯が熱を帯びる。口の中が渇き、皮膚に薄く汗が滲んできた。五感が異様に鋭敏になっていく。空気の動きが、家の軋みが脳へと直接届くような感覚。身体が消えてしまったような錯覚。
 隣の部屋でミゥが、薬草の整理をしている音が聞こえた。そんな気がした。
「ん……」
 先日の夜のことが脳裏に蘇る。
 千景と身体を重ねたこと。突然の状態に戸惑うピアを、千景は優しく愛撫してくれた。今まで感じた事もなく、想像すらしたこともない不思議な快感だった。
「発情発作……と、ミゥは言っていましたね」
 独り言のように呟く。
 千景の唾液や汗などを体内に取り込んだ時に、妖精炎の強化とともに現れる副作用。まるで発情を迎えた動物のように、身体が疼く現象。本来生殖を行わないフィフニル族に、そのような生殖に起因する現象は起こらない。
 しかし、現実としてこうして身体が疼いている。
 千景の匂いを嗅いだせいだろう。
「んっ……」
 声を殺しながら、ピアは自分の首筋に手を這わせた。千景に舐められた場所を辿るように。初めての夜を思い返しながら、首筋から胸まで手を動かす。
「ご主人様……ぁ……」
 手の平に触れる、胸の膨らみ。
 今までさほど気にすることはなかった、両の乳房。手の平が聖職衣越しに胸を撫でる。揉むことはせず、両手の平でふたつの半球型の表面を撫でていた。それだけで、熱い痺れが胸の奥を、そして背筋を震わせる。
「気持ち――い、い……」
 擦れた声を上げながら、甘い快楽を貪る。
 人間の生殖行為。自慰行為。知識としては知っていた。自分たちフィフニル族にも、人間の女性と同様の膣や子宮がある。性的興奮や快感を覚えても不思議ではない。しかし、自分がその快感を本当に感じるとは、考えてもみなかった。
「熱、い……」
 ピアは胸を撫でるのをやめ、聖職衣の帯や留め具を外していく。
 顔は赤く染まり、銀色の目は虚ろで焦点も合っていない。しかし、不自然に研ぎ澄まされた感覚が周囲の情報を、溶けかけた脳へと送っている。
 ミゥは隣で薬草の手入れをしている。このアパートは防音がしっかりしているため、隣に声が漏れることはない。シゥとノアは外出中。すぐに戻ってくることはないだろう。外は晴れ。鳥の囀り、木々のざわめき、車のエンジン音、何かの機械の低い唸り、遠くから電車の音が聞こえてきていた。
 布団に潜ったまま、ピアは聖職衣をはだける。
「何をしているんでしょう、わたしは……?」
 冷静な部分がそんな疑問を抱かせた。
 しかし、身体は止まらない。
 聖職衣の下は下着だけ。フィフニル族に限らず、幻影界の者はあまり厚着をしない。
 左手で下着の上から胸を撫でながら、右手を太股に触れさせる。太股の内側を触りながら、その手をショーツへと近づけていく。
 太股から背骨に走るこそばゆさに、ピアは肩を竦ませた。
「こんなこと――」
 やってはいけない。
 そんな淡い罪悪感が胸に生まれる。
 だが、快楽を求める行動を止めるには、あまりにも非力だった。
 ショーツの上からそっと人差し指を触れさせる。
「んん……ん――」
 きつく目を閉じ、ピアは声を噛み殺した。下腹部の奥から、熱く痺れるような感覚が全身に広がっていった。まるで波紋のように。
 一度指を離し、ピアは呼吸を整える。
 息を吸い込み、息を吐き出し、乾いた口を湿らせるように舌を動かした。隣の部屋にはミゥがいる。もしかしたら、今の痴態が気付かれてしまうかもしれない。その恐怖が、脳裏をよぎる。
 だが、燃えるような身体の疼きは収まらない。
 ピアはそっとショーツの上に指を動かした。
「う……ん……」
 背中を丸め、息を噛み潰し、全身に広がる熱い波紋を受け止める。指が生地の上から秘部を撫でるたびに、寒気にも似た震えが全身へと広がっていた。
「だめ……いい……。あっ……」
 目を閉じ、声を抑え、ただ自分の動きに全神経を向ける。
 ピアは一拍の躊躇を挟んでから、白いショーツの中に手を差し入れた。
 膣や子宮の存在は知っている。しかし、フィフニル族は生殖を行わないため、本来一生涯使うことのない器官だった。それが存在している理由は分からない。
 頭に浮かんだ思考が止まる。
「うっ」
 指先が股間の縦筋を撫で、身体が跳ねた。
 くすぐったいような、痺れるような、何とも形容しがたい感覚に、ピアは身体を震わせる。さきほどよりも、強く濃い。それは決して不快ではなかった。千景に触られた時とは違うが、じわりと広がる快感。
 今まで知らなかった領域に足を踏み入れる、恐怖と興奮。
 縦筋を撫でていた指が、小さな突起に触れる。
「んっ! う、んんん……」
 ピアは左手で口を押えた。銀色の目を見開く。
 思わず叫びそうになったが、理性を総動員して、声を噛み殺し、呑み込んだ。今までとは違う、爆発したような快感が全身を駆け抜ける。手足や頭まで響き、跳ね返り、全身を揺さぶるような衝撃の波紋。
 数秒身を竦めて快感の波に耐え、ピアはようやく力を抜いた。
「今の、は……?」
 自分の状況を理解できぬまま、ピアは再び自分の秘部に指を伸ばした。尿とは違う微かに粘りけのある液体が、秘部を湿らせている。
 こわごわと指を動かし、
「ッ!」
 再び電気のような快感が走る。
 指で触れるたびに、身体が意志とは関係なく跳ねる。
「これは……」
 陰核と呼ばれる部位。記憶を何度か空回りさせてから、ピアはその答えを吐き出した。女性が性的快感を得る中心。
「あの時も確か……」
 ゆっくりと呼吸を整えながら、ピアは右手を再び秘部へと伸ばした。
 頭に浮かぶのは、千景との夜。千景は優しくピアの秘部を撫でていた。その様子を思い出しながら、千景がやったように手を動かす。
「あっ、あぁ、ご主人、様……!」
 縦筋を上下に擦りながら、神経を駆けめぐる快感に身悶えする。
 奥歯を噛み締め、左手で口を覆い、右手を秘部の感じる場所を刺激していく。千景がやったように、指で陰核に小刻みな震動を与える。
「ッ! あ――あぅ……! すごい、いい――!」
 爆発するような快感が、意識を揺さぶった。叫び声を上げそうになり、ピアは擦れた理性を総動員して声を押さえ込んだ。全身を駆け抜ける電撃のような快感に、弾けるように背筋を仰け反らせる。
「あ……ふぁ……」
 しかし、手の動きは止まらなかった。
 秘部全体を撫で、陰核や膣口をつつき、意識とは別にピアに快感を与える。まるで、千景の動きを再現するように。今までに味わったこともない感覚とともに、全身の筋肉が勝手に伸縮を繰り返す。
 目元から涙が流れ、あちこちの筋肉が不規則に伸縮していた。
「ご、主……じん――! さま……! もう……だ、め――」
 擦れた嬌声を上げながら、激しく身体を痙攣させ。
 ピアは糸が切れたように脱力し、目を閉じた。

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11/4/21