Index Top 第8話 落ち葉の季節 |
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第6章 反省会 |
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「どこで何を間違えたんだろう……?」 テーブルに突っ伏したまま、浩介は呻いた。 テーブルに置かれた写真に、自分の姿が映っている。巫女服を思わせる紅白の衣装。振り袖の付いた、フリルたっぷりの白い上着と、行灯袴のようなスカートを穿き、満面の笑顔でカメラに片目を瞑っている。 自分の写真だが、自分ではないと思えるほどの豹変っぷりである。 「煽った私たちも悪いといえば悪いんだけど」 「………」 狐耳を伏せたまま、浩介は顔を上げる。 テーブルの向かいの席に凉子が座っていた。 「どうしようか、これ?」 尻尾を揺らしながら、写真を見る。浩介の写真とは別の写真。 黒縁の眼鏡を掛けた凉子が映っている。足元まである落ち着いた雰囲気の紺色のワンピースと、飾り気のない白いエプロン。頭に白いフリルで飾られたカチューシャを付けている。さりげなく立てられた猫耳と尻尾。正統派のメイド衣装だった。両手を腰の前で組み、静かに佇んでいる。 「後悔するなら、最初からやるな」 浩介を睨みながら、リリルが唸る。 セーラー服姿のリリルが、小さな木の台に右足を乗せて、カメラを睨んでいた。 学生服ではなく、水兵服に近い衣装だった。黒いリボンの巻かれた水兵帽を頭に乗せ、白いセーラー服を着ている。胸元には赤いネクタイが結ばれていた。丈の短い紺色のプリーツスカート。スカートの裾からは、スパッツの裾が見えている。褐色の肌も、赤い前髪も見事に服装と調和している。 ボーイッシュな海の少女という出立だった。 「お前は何着ても似合うよな」 素直に、率直に、浩介はそう告げた。 「当たり前だ」 否定することもなく、リリルは堂々と肯定した。普段はっきりと見せることはないが、リリルは自分の容姿にかなりの自信を持っている。美しさや可愛さ、逞しさなど。また、その自信はしっかりと実力が伴っているところが凄い。 「だけど、なんでこんな事になってるんだよ」 テーブルに頬杖を突き、リリルは自分の写真を見下ろす。 水兵服を着た魔族の少女。そして、元盗賊。堂々と人に言えない過去があるからなのか、リリルは写真などに写ることを嫌がっている。自分に向けられたカメラに小さな雷を作って威嚇するほどに。 もう手遅れなのだが。 浩介達の写真と同じものは、服屋にもある。これから写真屋に持って行き、そこで少し手を加えて、展示用の写真にするようだった。 「ネガと写真、全部盗んで処分するか? 警備は薄そうだから、何とかなるだろ」 リリルが窓の外の夜闇を見つめ、そう呻く。 元盗賊のリリル。子供になってしまっても、その技術と知識は残っている。服屋に侵入して、写真とネガを奪って処分する事はそう難しくはないようだった。 「さすがに駄目だろ……」 浩介は釘を刺す。 リリルが小さく舌打ちをするのが聞こえた。 「でも。これは困ったね」 凉子が猫耳を伏せている。右手に持った写真を見ながら、 「浩介くんとリリルはいいと思うけど、私は……マズいかもしれないね。お父さんに怒られるかも、兄ちゃんの方が怒るかな?」 眉根を寄せ、落ち込んだように尻尾を下ろす。 「何で?」 浩介の呟きに、凉子は苦笑いを見せた。 「私は死神だから、あんまり目立つ所に出ちゃいけないんだよ」 「死神……。いまいち実感がないんだけど」 浩介は頭を掻きつつ、首を捻る。 凉子が死神であることは、浩介も知っている。しかし、凉子が"死神"として働いている姿は一度も見た事がなかった。そのため、凉子が死神であるという実感がない。死神という言葉の意味を半ば忘れるくらい。 「浩介くんの所に来る時は、普通にしてるから。身構えられても困るしね」 笑いながらそう答え、凉子はいくらか視線を泳がせてから、 「死神っていわゆる葬儀屋みたいなものなんだよ。死んだ人の魂から、完全に生を斬り、その魂を然るべき場所へと連れて行く。死と闇を司る神ってね。だから、あんまり目立っちゃいけないんだ」 と、凉子は自分の写真を指差した。 今のままなら、写真は店に飾られ、多くの人の目に付くことになる。死神の少女が服屋のモデルとなって、メイドコスプレの写真が店頭に飾られる。凉子――というか風無家にとっては、感心できない事なのだろう。 ぴんと尻尾を伸ばし、リリルが凉子を見る。 「てか、お前兄いたんだ」 さきほど凉子が口にした"兄ちゃん"という単語。 「言ってなかった?」 瞬きひとつして、凉子が答えた。 凉子が家族の事を話すことはほとんど無かったと、浩介は記憶している。家系の理由だと考えていたが、単純に話す機会が無かっただけらしい。 「兄ちゃんはお父さんに似て、真面目な人。私はお母さん似かな?」 笑いながら、凉子はそう説明する。 しかし、説明はそれだけだった。もしかしたら、両親を亡くした浩介への配慮だったのかもしれない。横の椅子に置いてあった手提げに写真を納めると、時計を見た。 午後四時。 窓の外は既に夕方の色に染まっている。 「晩飯どうするか?」 浩介は口を開いた。浩介とリリルだけならば、浩介が何か作って二人で食べる。しかし、今日は凉子もいる。どうやら、夕食まで食べていく気のようだ。 「何か頼むか?」 近所の蕎麦屋とラーメン屋を思い浮かべながら、尋ねる。宅配ピザでもいいだろう。三人でどこかに食べに行ってもいいかもしれない。 椅子から立ち上がり、凉子は得意げに笑った。 「私作るよ。こう見えても、料理は得意なんだから」 そう言ってから。 「あ、そうだ。浩介くん」 浩介に艶っぽい眼差しを向ける。 「ご飯食べたら、一緒にお風呂入らない?」 「入りません」 浩介は即答した。 凉子の作った料理を食べ終え、入浴を済ませ、浩介は自分の部屋のベッドに寝転がっていた。朝まで着ていた夏用寝間着から、冬用へと着替えてある。深緑色の上下。夏用に比べて、生地が厚く、保温力も大きい。 凉子は風呂を出てから、そのまま帰っている。 「今日は色々あったな……」 天井の蛍光灯を眺めながら、一日を思い返した。 午前中は落ち葉掃き。凉子がやって来て焼き芋などを作り、リリルに連れられ服屋のモデルのアルバイトをした。帰宅してから自己嫌悪。そして、夕食。 それほど沢山の事はやっていないが、酷く密度の高い一日に思えた。 時計を見ると、午後八時半。 寝るには早い。かといって、何かするには遅い。そんな中途半端な時間だった。 部屋のドアが開く。 「よう、コースケ」 入ってきたのは、リリルだった。 風呂から出て寝間着に着替えている。ワンピースのような白い服で、前をボタンで留める作り。ネグリジェのような服だった。頭には何も被っていない。 浩介はベッドから上半身を起こした。 「何の用だ?」 「抱かせろ」 問いかけに、即答する。恥じらいや躊躇い、遠慮というものはないようだった。そのような事を無意味と判断したのかもしれない。単刀直入に本題を口にしている。 萎えるように狐耳を垂らし、浩介は呻いた。 「直球だな……」 いつからだろうか、リリルが浩介に抱かせろと言うようになったのは。リリルの話では浩介の身体は女として凄く上物らしい。浩介は一応断るが、リリルの押しの強い時は、そのままリリルに抱かれてしまう。 今まで三回ほど。そういうことがあった。 両手を腰に当て、リリル楽しそうに笑っている。尻尾を揺らしながら、 「用件は分かりやすい方がいいだろ? それに、他に頼める相手もいないし、それにお前の身体は具合がいいからな」 リリルの誘いに乗るか、追い返すか。 浩介の選択肢はほぼ二択である。 「リリル、人形になれ」 その言葉とともに、リリルの動きが止まった。驚く余裕もなく、文句を言う時間もない。意識や思考とは無関係に浩介の命令は実行される。 浩介は両手を伸ばし、その身体を抱えた。背中に腕を回し、引き寄せる。 糸が切れたように力の抜けたリリルの身体。人形になれと命じたら、人形のように動かなくなる。意識はあるが自分の意志では指一本動かせない。緩慢に呼吸をすることしかできなくなる。 「たまには俺のやりたいように遊ばせてもらうぞ?」 リリルの頭を手で撫でながら、浩介は尻尾を動かした。 |
12/1/26 |