Index Top 第7話 夏の思い出? |
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第2章 リリルのお願い |
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「なあ、コースケ?」 声を掛けられ、浩介は読んでいたライトノベルから目を離した。 夏休みの金曜日、雨も止んだ夜八時過ぎ。やることもなく、ベッドに寝転がってぐうたらと本を読んでいる時だった。エアコン除湿をかけてあるため、部屋は適度に涼しい。 「ん?」 横を見やると、ベッドの横にリリルが立っていた。服装は昼間と違い、白いネグリジェのような服である。猫耳帽子もかぶっていない。 ぴくりとキツネ耳を動かし、浩介は瞬きをした。浩介も水色の寝間着姿である。昼過ぎに似たようなことをやったと思いつつ、声をかける。昼過ぎとは少し違った言葉を。 「リリル、珍しいなこんな時間に?」 「まあ、な」 斜め下に目を向けながら、リリルは頷いた。右手で左手の肘を握って、尻尾をゆらゆらと揺らしている。言いにくいことを言おうとしているようだった。 こういう時は大人しく待つ方がいい。浩介はそう考えている。 やがてリリルが口を開いた。 「お前、昼間に困ったことがあったら言えって言ったよな? それでちょっと頼みがあるんだが……いいか? 断ってもいいし、アタシも無理にとは言わないから」 何事か言葉を濁しながら、言ってくる。 浩介はしおりを挟んでラノベを枕元に置いた。 「まあ、俺にできることなら協力するけど」 リリルの態度に違和感を覚えつつ、そう答える。ひとつ屋根の下で一緒に暮らしているのだ。自分が手伝えることは手伝うつもりだった。 「そうか、ありがと。で、えっと、何だ、その……」 もごもごと口を動かしながら両手を弄り、視線を泳がせる。淡褐色の頬が赤く染まっていた。その反応に嫌な予感を覚えた。 「お前と一回やらせてくれないか?」 そう口にしたリリルに。 浩介は瞬きをした。嫌な予感が空回りをする。予想外の言葉に、思考が上手く働かない。言っている言葉は分かるのだが、リリルが何を言いたいのか理解できない。 「いやなぁ、何というか……お前の身体って凄く上物なんだよ。女として。一度抱いたら癖になるって言うか。お前に自覚はないんだろうけどな……。少なくともアタシの知る女の中で一番具合がいい」 「言いたいことは分かった」 頭痛めいたものを覚えながら、浩介は囁いた。 つまり、浩介の身体に興味があるらしい。考えてみると、リリルも凉子とは別の意味で女に興味があるようである。凉子の影に隠れて今まで全く気にしていなかった。 「お前、レズっ気でもあるのか?」 「いや……そういう、わけじゃない」 あさっての方向に目を向けたまま、リリルは小声で答える。 「昔、とある仕事で人間の男に憑依して……まあ、そのまま流れで女を抱くことになっちまったんだが、その感覚が忘れられなくて……。それから、男の機能をコピーして時々女を抱いてたんだが……」 「分かった……。それ以上は言うな」 浩介はゆっくりと頷いた。 理解の範疇外だが、リリルの嗜好は理解できる。異性の感覚というのは、刺激的なものだろう。浩介も男から女になったので、それは分かる。女のリリルにとっても男の感覚というのは刺激的なのだろう。 浩介は正直な感想を口にした。 「変態」 「ぐホァッ!」 冗談のようにリリルが吹っ飛ぶ。まるでハンマーで思い切り殴られたかのように部屋を横切り、壁にぶつかった。そのまま膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れる。 三秒ほど動きを止めるリリル。 両手を突いて何とか起き上がろうとしているが、身体は目に見えて震えていた。かなりのダメージだったらしく、苦しげに顔を歪めている。 「ヘンタイ」 「うが!」 背中に一撃喰らったかのように、リリルが大きく仰け反った。さながら言葉の豪打。両手を崩して、再び床に突っ伏す。効果は予想以上だった。 何となく続けてみる。 「変態、ヘンタイ、ドHentai、変態、Daiへんたーい」 投げかけられる言葉に、激しくのたうち回りながら苦しむリリル。自分の性的嗜好が他人に言えたものではないという自覚はあるらしい。 「大丈夫か?」 床に突っ伏したまま、リリルはぴくぴくと痙攣していた。瀕死の重傷だろう。精神的に。少し調子に乗りすぎたかとも思う。 浩介はふぅと息を吐いてから、近くのハンカチを取った。 「ま、一回くらいならいいぞ」 「ぁぅ?」 リリルが顔を上げる。両目から涙を溢れさせ、鼻水と涎を流した凄まじい形相だった。相当に堪えていたらしい。そのまま意外そうに見上げてくる。 ハンカチを放りながら、浩介は咳払いをした。 「何か知らんが、お前が本気でそれを望んでるならいいよ。俺は他人の趣味には口を挟まないことにしてる。……漫研にもショタ好きいるし」 リリルは頭に落ちたハンカチを掴んで顔を拭く。脂汗と涙と鼻水と涎とを拭き取り、とりあえず元の表情に戻っていた。泣いたためか、眼が少し赤い。 ふらふらとその場に起き上がりながら、 「かなり気に入らない表現なんだが」 「似たようなものだろ。さて、どうするんだ、リリル? 出来るだけ早い方がいいし、気が変わらないうちに今からやるか? お前が満足するまで付き合うよ」 軽く挑発するように口端を持ち上げてみせる。 それで、リリルもその気になったらしい。金色の瞳が開かれ、口元に飢えた獣のような笑みを見せる。口元から牙が覗いていた。 「なら、交渉成立だ。足腰立たなくなるまで可愛がってやるよ?」 リリルが右手を持ち上げると、虚空から一本の杖が現れた。長さ六十センチほどの銀色の金属の杖。どこか松明を思わせる形状で、先端に赤い魔石が組み込まれている。草眞に貰った魔石を自作の杖に組み込んだのだろう。 「それ、自分で作ったのか?」 「ああ。良くできてるだろ?」 得意げに解説してから、一振りする。 「Growth」 魔石の魔力がリリルの身体へと流れ込んだ。 あとは一秒にも満たない。小学生高学年ほどの身体が一気に成長する。手足や身体が伸び、平坦な子供の体格から成長した大人の体格へと変化した。 しかし、外見年齢は十代後半くらいである。完全な大人の姿よりも一回りほど小さい。しかし、サイズの変わっていないネグリジェが、身体のラインを思い切り映し出していて、扇情的だった。ネグリジェは身体に合わせて変化しないらしい。 くるりと回した杖が虚空に消える。 「変身完了、と。これくらいなら、十分できるだろ。いちいち元に戻るのは魔力がもったいないしな。にしても、キツイな……」 リリルは無造作にネグリジェを脱ぎ捨てた。いや、破り捨てたと表現する方が正しいだろう。脱ごうとしたら破けたので、そのまま勉強机に放り投げる。事が終わったら、魔法で修復する気だろう。 「どうだ? アタシの身体は?」 両手を広げるリリル。淡い褐色の肌と引き締まった四肢。白いタンクトップ型のスポーツブラと、白いショーツという格好。胸はそれほど大きくはない。大人になりかけの少女という青い色気を漂わせている。 「結構凄い……」 「ありがとよ」 浩介の感想に、リリルは満足げに頷いた。前回大人に変身した時の反応を根に持っているのだろう。あの時は、強がり混じりで失礼な事を言ってしまったと思う。 「さって、何かリクエストはあるかい? コースケくん。リクエストの内容に関わらず、たっぷり可愛がってあげる予定だけど」 ぬらりと背筋が粟立つような眼差しを向けてくるリリル。得物を見つめる肉食獣のような金色の瞳。思わず呼吸が止まるほどの威圧感。 「……これは貸しだからな。後で返して貰うぞ?」 浩介はそれだけ呟いた。 「分かってるよ」 頷きながら、リリルは一歩前に出た。ベッドに座ったままの浩介の肩に両手をかけ、自分の唇を舐める。呼吸が微かに荒くなっていた。狐耳の先から顔、胸元、お腹、下腹部、尻尾、太股、足へと視線を動かす。 「じゃ、覚悟しろよ」 そう言って、リリルは浩介をベッドに押し倒した。 |