Index Top 第5話 割と平穏な週末 |
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第7章 リリルの仕返し |
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脱衣所に移動してから浩介は一息ついた。 夕方まで川辺で術の練習。金縛りの術とまやかしの術の練習をする。リリルに練習台になってもらい、基本的なことは覚える。 「この辺りは身体が知ってるからすぐにできる、か」 浩介は右手の指先から法力の糸を伸ばした。凧糸ほどの糸が、バスタオルを手元に引き寄せる。この糸で拘束するのが金縛りの術。実践で使う時は、停止の力を込めるとか。高度なものは、神経を直接拘束して完全に動きを封じるらしい。 他の術にも言えることだが、自分が使っているのに、他人が使っているのを見ているように感じる。自分が使っているという実感が薄い。 「事実だから仕方ないよな。凉子さんはそのうち慣れるとは言ってたけど」 近くに置いてある椅子に座り、浩介は丁寧に髪を拭いた。長い髪を洗うのは大変だし、拭くのも大変である。身体はタオルで一度拭いてあるので、湯冷めはしない。 キツネミミも念入りに拭いていく。 別のタオルを手に取り、今度は尻尾を拭き始めた。元々身体にない器官。どうにもくすぐったい。しっかり拭かないと気持ち悪いので、毛の根元の方まで念入りに行う。 二分ほどで拭き終わり、身体をざっと拭く。 「こういう使い方はしちゃいけないんだろうけど」 浩介は弱めの狐火を作り出して、髪を包み込んだ。 狐火は自分の身体や自分に属するものは燃やさないが、他の物質には熱を与える。その特性を利用し、水気を飛ばすのだ。乾燥機よろしく、髪はきれいに乾く。狐火の熱は水分を伝わって髪にも及ぶが、一瞬で蒸発してしまうので髪が傷むことはない。 同じように尻尾を乾かしてから椅子から立ち上がり、身体も乾かす。 ゴミなどが絡まってると燃えて大変なことになるので注意が必要だ。狐火を用いた乾燥は、草眞から教えられたくらしの知恵である。 「これでヨシと」 カゴに置いてある水色のショーツを穿き、草色のブラジャーを付けた。女物の下着を着けるのは慣れたものである。上下の色が違うのは仕方ない。買った時は上下同色だが、つながってるわけではないので混じってしまうのだ。 パジャマの上下を着込み、脱衣所から出る。 浩介は廊下を歩いてリビングに移動した。 寝間着を着ているリリル。ワンピースのような服で、生地が薄い。ネグリジェではないと思う。帽子はかぶっていない。風呂は夕食前に入ってしまう。 「ん?」 リリルはチョコレートケーキを食べていた。少人数のパーティなどで食べるようなケーキ。フォークを止めて、目を向けてくる。 「お前、本当に甘いもの好きだな」 胸を押さえて浩介は呻いた。 術の練習台にされたのを怒っていたので、何か買ってこいと千円渡したらケーキを買ってきた。一人で食べるには胸焼けする量である。 「子供みたいに見えるか? 見ての通りアタシは子供だからな。辛いものや刺激物は食えないし、甘いものが大好きだ。何か文句あるか?」 ケーキを口に入れながら、リリルは開き直っていた。 本人の話では、物心ついた頃から刺激物が駄目だったらしい。酒や辛いものが食べられずに、苦労したとか。辛いモノや酒が苦手な盗賊は、様にならないだろう。 それはそれとして、浩介はリリルの元へ歩いていく。 「一口くらい食わせてくれないか?」 「ヤダね」 一蹴される。 が、リリルは思いついたように手招きした。 「それより、お前に見せたいものがあるんだけど、見ないか?」 DVDプレイヤーのリモコンを見せる。 テレビの上に置いてあるDVDプレイヤー。160GHD内臓。買った当初は使っていた記憶があるのだが、最近はあまり使っていない。時々レンタルで借りてくるくらいだ。 「お前らって機械を使うのが嫌いって印象あるんだけど」 妖怪や神などは機械を嫌がることが多いらしい。実際に嫌がる現場を見たわけではないので詳しくは知らないが、何度かそう聞かされたことがある。 「アタシは平気だよ。他の連中はそれこそ人による。人間が文明を使うごとに野生の力を失うように、アタシたちも下手に文明の利器をいじると自分の力が減る……おっさんの機械音痴と同程度の意味だけどな」 リモコンを動かしながら、リリルは答えた。 「俺は平気なのか?」 「平気だろ。最初から機械のこと知ってるヤツとかは何ともないんだよ。元々気分の問題だからな。そもそもお前は元人間だし」 浩介の不安に、適当な答えが返ってくる。 頭に浮かんだのは、スレイヤーズの魔族だった。凶悪な精神生命体と言いつつ、気の持ちようで弱くなったり、釣りと分かってても釣られなければならない、不便な連中。 「それで、何を見せるってんだ?」 「ま、座れ」 言われるがままに、ソファに座る。 リリルはリモコンを操作しながら、 「ケーキ買いに行った時にレンタルビデオ屋で借りてきた。カードはお前のを使わせて貰ったが、文句は言うなよ。ちゃんとアタシが金払ったから」 テレビに写った文字―― 『カゲたちは静かに歌う』 「………」 不気味なそのタイトルに、浩介は息を呑んだ。 最近話題のホラー映画。DVDが発売されたらしい。古い呪術で復讐を行った高校生の男女三人組に、カゲと呼ばれるモノが静かに忍び寄るという話。怪物などの異様なものは出さず、雰囲気で怖がらせる日本流のホラー。 浩介はおもむろに腰を上げ。 左手をリリルが掴む。にやりと笑い、 「逃げるなよ」 「お前は……。この手を掴んだことを後悔させてやるからな」 喉を引きつらせながら、浩介は呻いた。 三人組の一人の博司が自宅のドアを開けた。 いつもと同じ家、いつもと同じ家族。母親と適当に話してから、二階の自室に戻る。いつもと同じ自分の部屋。いつもと変わらないはず。 だが、何か違う。 「……」 博司はゆっくりと部屋に入った。 部屋に置いてあるものの位置が変わっているように見える。具体的に何がどう変わっているかは分からない。ただ、朝とは違う。 後退るように部屋から出て、博司は出来るだけ平静を装って声を上げた。 「母さん、部屋入ったか?」 「入ってないよー」 予想していた、そして期待を裏切る返事だった。 再び部屋に顔を向け。 博司は凍り付いた。 ベッドの上に参考書が投げ捨てられている。さっき見たときはなかった。だが、ほんの数秒目を離した隙に、そこに存在している。 それが、日常の終わりの始まりだった。 浩介がしっかりとリリルの手を握っていた。 「おい、放せって」 ぶんぶんと腕を動かすが、むしろ強く握り締めてくる。 硬直した表情で画面を凝視したまま、浩介は瞬きもしない。ぴんと立ったキツネミミと尻尾。空いた手で尻尾を掴んでみるが、反応はない。 手元にリモコンはない。いつの間にか浩介が右手で握りしめている。 浩介の言っていたことを思い出し、リリルは後悔していた。 |