Index Top 第5話 割と平穏な週末 |
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第4章 狐に化かされた |
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床にこぼれた精液。 本物のあの青臭い匂いはない。ただ、床に溢れた白い粘液だけがある。もっとも、どう考えても人間の出せるような量ではないが。法力の変化したモノなので人間の常識には捕らわれないのだろう。 「正直、仕返しのつもりだったんだがなー」 腕組みをして、リリルが呻く。 途中で気づいていた。さきほどの攻めが浩介に対する仕返しであることは。リリルは浩介を攻撃することが出来ない。しかし、気持ちよくすることは出来る。行きすぎた気持ちよさは苦痛であることは知っているはずだ。 リリルは単純に感心している。 「予想以上に凄い反応で驚いたぞ」 「死ぬかと思った」 起き上がることも出来ず、浩介は呟いた。 まるで長距離マラソンの後のように、全身が痺れている。しばらく経てば動けるようになるだろうが、今は腕を動かすのがせいぜいだ。股間に手を当てると、ズボンもトランクスもぐっしょりと濡れていた。洗濯しなければならない。 「大丈夫か?」 全然心配していない口調でリリル。 浩介は一度息を吸い、吐き出した。 「なあ」 「何だよ?」 「オシオキって分かるか?」 静かに尋ねる。 その単語を聞いて、リリルの視線がどこへとなく泳いだ。今まで余裕のあった表情に、淡い焦りの色が浮かぶ。頬に流れる一筋の冷や汗。あれほどのことをやったのだ。無罪放免で済む理由はない。 「神聖けものみみ帝国」 ぼそりと呟いた一言に、リリルは一瞬で部屋の隅まで退避した。オタク世界の暗黒の禁書。リリルは一度中身を見て、精神に酷い傷を負った。 「それはやめろ……いえ、やめて下さい。ご主人様、マイマスター。土下座でも何でもしますので、それはやめて下さい。本当に、お願いします」 両膝をつき、祈るように両手を組んで本気で泣いているリリル。内容は忘れさせたが、その凄まじさがトラウマになっているのらしい。人格が変わっている。というか、まだ同人誌の内容は見ていないが、それほど凶悪なモノなのだろう。 その豹変ぶりに戦きつつ、浩介は軽く首を振った。 「そこまで外道なことはしないが、ひとつ訊いておく」 「何……だよ?」 両手を解き、怖々と訊き返してくる。 「延々とじらされてイけないのと、逆に休む暇無くイきっぱなし。お前にとってどっちがマシだと思う? 正直に答えろ、命令だ」 浩介は口の端を上げてみせた。 リリルはごくり喉を鳴らし、答えた。 「逆に休む暇無くイきっぱなし……」 命令とあれば答えてしまう。完全従属の遣い魔の悲しい性だ。 「どうする気だ?」 「そうだな。自分で自分に発情の魔法かけて、俺が許すまで延々と自慰を続ける。達することは絶対禁止、発狂も禁止とか? 今度今みたいなことしたら、そう命令する」 浩介の言葉に、リリルは黙り込んだ。 延々と快感に焼かれながら、達することの出来ない状態。リリルはじらされるのが苦手なようである。下手な拷問よりもきついだろう。 浩介は大きく深呼吸をしてから、思ったことを口にした。 「それより、俺の法力取り込むって、いちいち今みたいなことする必要あるのか?」 「え?」 リリルが素っ頓狂な声を上げる。 その反応に違和感を覚えつつ、浩介は続けた。 「法力をいちいち精液に変換する必要なんてないだろ。普通に手の平辺りに集めた法力を吸収すればいいだけで。お前ならそれくらい出来るだろ?」 「あ……」 リリルの顔から力が抜ける。 表情筋が弛緩し切った顔。 だが、その顔に徐々に怒りの炎が灯っていく。歯を食いしばり、目を釣り上げ、額に青筋を浮かべる。両拳を握り締め、リリルは唸った。 「あのくそババァ……嵌めやがった!」 「はめた?」 「そうだよ。お前の言う通り、法力なんて魔法で吸収するだけでいいんだよ! いちいちこんなふざけたことする必要なんかないんだよ! 子供でも分かる理論だ!」 ばしばしと床を蹴りながら、リリルが叫ぶ。 「じゃあ、何でやったんだよ?」 「暗示だよ、暗示。法力の吸収=精液として吸収ってアタシに思い込ませたんだ! 文字通り狐に化かされたってことだよ! 何が悲しくて、男の逸物なんか咥えなきゃならないってんだ! こんな屈辱的な真似なんかすることなかったんだ! そもそも魔力移すのにキスなんて方法取る必要もないんだよ!」 炎でも吹き出しそうな形相で、吼えた。 草眞の復讐なのだろう。リリルをまやかしの術で化かして、魔力摂取には口付けが必要で、法力を吸収するには浩介の精液を摂取しなければならないと思い込ませる。その結果、先ほどの痴態。化かされたことに気づけば、自分がやったことの屈辱を嫌がおうにも噛み締めることとなる。 頭から湯気を出しそうなリリルに、浩介は告げた。 「先に言うけど、家の物とか壊すなよ」 その台詞に、ぎろりと睨み付けてくる。殺意を帯びた金色の瞳。 リリルは窓の前に移動し、ガラス戸を開け放った。 「何する気だ?」 「散歩!」 言うなり、その背中から二枚の翼が広がる。 黒い蝙蝠のような翼。絵画などに出てくる悪魔の翼を簡素にしたような形で、両翼の幅は二メートル近いだろう。何度か具合を確かめるように翼を動かすと、床を蹴って夜の闇の中へと消えていった。 明け方には戻ってくるだろう。 「片付けるの俺かぁ?」 床に溢れた白い液体を眺めてから、浩介は目を閉じた。 |