Index Top 第3話 浩介の休日

第3章 お店 


「さてと」
 浩介は腰に手を当て、小さく背伸びをした。
 家から車で十分ほど走った所にある婦人服店。Ring to Ring……意味はよく分からない。三年ほど前に作られた二階建てのビルで、明るい作りとなっている。
 駐車場に車を止め、浩介はリリルと一緒にドアをくぐった。
「いらっしゃいませ」
 店員に声をかけられる。
 浩介はちらりと店員を見やった。それから、リリルに目を向ける。
 気づかれている様子はない。魔法で何かに化けているわけでもなく、元の目立つ姿である。だが、店員も客も誰も気にしてすらいない。
「もう魔法使ってるのか?」
「アタシから声かけないと見えないんだよ」
 リリルは答えた。
 視線で説明を求めると、続ける。
「普通の人間には人外が認識できない。お前だって、耳と尻尾出した狐神の時は普通の人間には見えないんだぞ。知らないのか?」
「知らなかった……」
 浩介は答えた。
 人外の者は普通の人間には見えない。そう聞いたことがあるような気がする。しかし、初めてリリルを見た時は、普通に見えた。考えてみると、自分が人外になっていたからだろう。人間だったら違和感を覚えたかもしれない。
「お前、何も知らないんだな」
「ほっとけ」
 言い返して、浩介は歩き出した。
 手近な店員に話しかける。
「すみません」
「はい。何でしょう?」
 紺色の制服を着た女性が答えた。
 浩介はごくりと息を呑む。視線を泳がせてから、尋ねた。
「下着売り場はどこでしょうか?」
 なるべく自然な口調になるように心がける。
「こちらです」
 店員の後について歩き出した。できるだけ平静に振る舞おうと思っても、ちらちらと左右を眺めてしまう。通路の左右に並ぶ、きれいな服。
「あんまりきょろきょろするな」
 隣のリリルが言ってくる。
 そうしているうちに、下着売り場に到着した。
「ごゆっくりお探しください」
 一礼して去っていく店員。
 それを見送ってから、下着売り場を眺める。
 一面に下着が並んでいた。白黒赤青紫。普通の下着からレース編みや紐のようなものまで。今まで何度か見たことはあるが、こうじっくり眺めるのは初めてだった。
 開店直後ということもあり、自分たち以外に客はいない。
 一通り下着売り場を眺めてから、リリルに目をやる。
「……どうしよう」
「アタシに訊くなって」
 眉を寄せ、リリルは答えた。
 手慣れた手つきで下着を整理してる、三十歳ほどの店員を指さして、
「あいつに訊けよ」
「そういえば……認知力に働きかける、とか言ってたよな」
 店員を眺めながら、浩介は呟いた。すっとリリルを見つめる。
「何だよ……?」
「あの店員に魔法かけてくれ。俺がどんな態度を取っても疑問に思わないように」
「えー」
 思い切り嫌そうな顔をするリリル。
 浩介はリリルの頭を右手で押さえた。
「いいから、やれ。あとでチョコパフェ食わせてやるから」
「あたしはガキじゃないっての……」
 ぶつぶつと文句を言ってから、短く呪文を唱える。
 店員に手を向けて、
「Innocence」
 放たれた魔力が店員を包み込んだ。一見すると何も変わっていない。だが、しっかりと魔法がかけられている。リリルの言った通り、認知力に働きかけたのだろう。
「終わったぞ」
「……お前、服はどうするんだ?」
 浩介は訊いてみた。歩きながら値段を見ていたのだが、安くても数千円もする。高い物では二万円をこえている。女の服は高い。
 リリルは視線を泳がせてから、答えた。
「ソーマの奴が持ってきたのが、下着と一緒にあるんだけど。色も形も、今着てるのと全く同じものが、五着もな。買う必要はないだろ?」
「……二万円やるから、何か好きな服一着買ってこい」
 浩介は財布から二万円を取り出し、リリルに渡した。さすがに毎日同じ服というのも、味気ないだろう。かといって、そんなに無駄に金は使えない。
 リリルが不満げに一万円札を眺める。
「一着だけかよ」
「盗んだりするなよ」
「ちっ」
 舌打ちひとつしてから、リリルは歩いていった。振り向きもせずに、棚の影に消える。盗む気満々だとは、気づかないことにしておいた。
 浩介はリリルが魔法をかけた店員の元へ歩いていく。
「すみません」
「はい。何の御用でしょうか?」
 店員が答える。
 浩介は視線を左右に泳がせた。
「ええと、下着を買いたいのですが……」
 自分でも怪しい態度であると自覚する。顔が赤くなり、心拍数も上がっていた。幸いにしてリリルがかけた魔法のおかげで、疑問には思われていないようである。
「サイズは、どれくらいですか?」
 訊かれてから、考える。考える間でもない。
「分かりません。測ったこともないです」
 浩介は正直に答えた。
 女になってから、まだ一週間も経っていない。身体のサイズを測ったこともないし、測ろうと思ったこともないし、測り方も知らないし、測るためのメジャーもなかった。男が自分でスリーサイズを測ることは、まずない。
「ここで、測ってもらえないでしょうか?」
「分かりました」
 店員はあっさりと頷くと、試着室を示した。
「こちらへどうぞ」
「はい」
 言われるままに、試着室へと入る。
 畳二畳ほどの小さな部屋。ベージュ色の絨毯が敷かれた床に、白と天井。荷物を置くための小さな台とプラスチックのかご。右手には、大きな鏡が設置されている。
「えーと、私はどーすればいーでしょーか?」
 バックを置いてから、浩介は尋ねた。がちがちに緊張した棒読みの声。訊かなくとも分かっているが、訊かずにはいられない。胸の奥が熱い。喉がからからに乾いてた。
「まずは、バストです。服とブラジャーを脱いでください」
「はい」
 浩介は頷く。

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