Index Top 第3話 浩介の休日 |
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第2章 女の自分 |
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浩介はブラウスを手に取る。 半袖の白いブラウス。模様も何もなく、漂白したように曇りも汚れもない。生地も縫製も一目で高級品と分かった。 左袖を通してから、右袖を通す。ボタンの位置が逆であること以外、男物と変らない。六つのボタンを留め終わり、襟を直す。 最後のスカートを手に取る。足首まで届くような水色のスカート。おそらくは女の歩き方に慣れてないことを考えて、草眞はこのスカートを選んだのだろう。足が隠れていれば、男のような歩き方をしてもばれにくい。 スカートに両足を通し、腰まで持ち上げる。ホックを止めて、終わり。 ベッドに腰掛けてから、靴下を履いた。 浩介はベッドから立ち上がり、クローゼットの前に移動する。扉を開けて鏡を見た。 「うおぉ」 白いブラウスに水色のスカートという格好の、背の高い女。細くメリハリのある身体も相まって、まさに美女だ。というよりは、美少女だ。自分とは思えない美しさ。 浩介はキツネ耳と尻尾に力を込めた。 ひょこ。 と、引っ込む。思いの外あっさりと。 頭を撫でてみても腰の後ろを撫でていても、痕跡すら残っていない。完全に消えていた。これほど簡単とは思わなかった。引っ込めようと思ったこともないが。 鏡に向かい、浩介は腕輪に法力を通した。 その法力を髪に通して、印を結ぶ。 「変化」 キツネ色だった髪の毛が、黒く染まった。背中の中程までの長さと髪の質は変わらず、赤味がかった黄色がきれいな漆黒へと変わる。 鏡に映ったのは、まさしく良家のお嬢様。 両手を胸の前で握り、可愛く微笑む。 「てへ?」 さわさわさわ…… つま先から頭に、形容しがたいむず痒さが駆け上がって行った。鏡に映る自分の顔。表情はそのままに、ぷつぷつと鳥肌が立っていく。髪の毛が逆立っていた。 「うおおおおおおおおあああああああああああ!」 絶叫とともに身体を仰け反らせる。浩介は全身を掻きむしり、クローゼットの扉に頭を叩きつけ、拳で壁を殴りつけた。あまりの気恥ずかしさに、死にたくなる。 三分ほど悶絶した後、ようやく落ちついた。 膝に手をついて、浩介は肩で息をする。 「二度とやらん」 鏡に映った疲れた表情を見ながら呻いた。 バッグを持ったままスカートを手で押さえて、車庫に向かう。 車庫の隣には、リリルが立っていた。暇を持て余すように、益体なく尻尾を揺らしている。浩介に気づいて、視線を向けてきた。 「叫んでたみたいだけど、何かあったのか?」 「……何でもない」 浩介は答えた。言えない。可愛いポーズを取って悶えていたとは。 ぎこちない動きで歩いていく。 「お前、歩き方ヘンだぞ。まるで女装した男が歩いてるみたいで……。いや、アタシ的にこの表現は間違ってないと思うが」 「足がスカスカして気持ち悪い」 浩介は太股をすりあわせた。 足を踏み出すたびに、太股を空気が撫でる。スカートを穿いていても、体感的には何も穿いていないのと同じだった。男としては慣れない感覚である。 「いいけどな」 興味なさそうに呟いた。 なんとなく視線を家に向ける。 「何なんだ、ここ?」 やたらと大きな屋敷。洋風と和風の中程の造りで、部屋数は一階に十二部屋、二階に十部屋。使わない部屋がほとんどで、人が住むには明らかに大きすぎる。 家の周囲は、中規模公園ほどの広さの森となっていた。雑木林というわけでもなく、薄く木が茂っていて、隙間から遠くの家が見える。 異様な場所である。かといって、封印などが施してあるわけでもない。ただ、何となく人を遠ざける空気はあった。 「……俺も知らん。宗家の人間も知らないらしい。なんでも、二百年くらい前に守護十家のどこかが俺の一族にここに住むように言ったとか、言わないとか」 「ふーん」 リリルは頷いた。やはり興味はないのだろう。 「で、お前。名前はどうするんだ?」 「名前?」 「女がコースケなんて名乗ったらヘンだろ?」 指摘されて自分を見下ろす。 この姿で浩介など男の名前を名乗ったら、確かに変である。今の姿に相応しい名前を考えておかなければならない。 「服屋に着くまでに考えておく」 言ってから、リリルを見つめる。 「お前はどうすんだ?」 「何を?」 「お前はどう見ても人間じゃないだろ?」 淡褐色の肌、尖った耳、鞭のような尻尾、金色の瞳、銀色の髪、赤い前髪。どう見ても、人間ではない。悪魔ッ娘という単語を絵に描いたような姿である。 「魔法で誤魔化す。人間の認知力に働きかけるのは簡単だ」 リリルは答えた。 浩介は感心したようにリリルを見つめる。 「お前、魔法得意なんだな」 「アタシを誰だと思ってんだ? シェシェノ・ナナイ・リリル。その手にはちっとは名の知られた魔族だぜ。悪名がちょっと多いのは愛嬌だ」 得意げに笑ってみせる。 「じゃ、俺に術を教えてくれ」 「嫌だね」 「拒否権はないだろ?」 にっこり微笑んで見つめてやると、リリルは両手を握り締め、歯を噛み締める。歯の間から短く息を漏らすだけで、拒否はしない。できない。 思い切り悔しさを表現してから、皮肉げに言ってきた。 「嫌がらせか?」 「悔しそうにする顔が、なんか可愛くて」 言葉を失うリリルに、浩介は言った。 「さ、行くぞ」 |