Index Top 第1話 浩介、キツネガミになる |
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第3章 基礎の術 |
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浩介は訊き帰す。 「術?」 「そうじゃ。仮にも神になるのじゃからの。術のひとつも使えなければ、お話にもならないわ。神の仕事もこなせぬ」 草眞はあっさりと言った。 神になっても、術すら使えないのは不味いだろう。神の仕事とは、因果の調整。昔宗家の人間から聞いた。それがどのような仕事なのかは想像もつかないが、法術が使えなければ何もできないのは想像がつく。 「お主が覚える術は、みっつ。基礎中の基礎じゃ」 浩介の思索をよそに、草眞は続ける。 「ひとつ、狐火。これは妖狐族、狐神族の基礎の基礎の基礎じゃ。次に、変化の術。人間として生活するには必要じゃろ? 最後に、尻尾抜きの術。服に尻尾を通す術じゃ。どれも身体が知っているから、すぐにできるじゃろ」 「俺にできるか?」 浩介はうろんな眼差しで、草眞を見つめた。狐火、変化、尻尾抜き。いかにも簡単そうである。だが、すぐにできるとは思えなかった。 「最初に、狐火じゃな。右手を前に出して、手の平を上に向ける。法力を集中させて、炎となる様子を思い浮かべるのじゃ。身体の持つ本能に従い、狐火を作れ」 大雑把な説明である。 言われた通りに、浩介は右手を前に出した。手の平を上に向ける。呼吸を整え、法力を手の平に集中させた。霊力の制御はできたので、この程度のことはできる。 集めた妖力を炎となるように…… ぽっ。 小さな音とともに、青白い炎が生まれた。 蝋燭よりも、一回り大きい炎。燃料もなく、静かに燃えている。中学生の頃に理科の実験で見た、水素が燃える炎に似ていた。 「……おお」 驚いていると、草眞が釘を刺してくる。 「尻尾振ってまで喜ばんでよろしい。身体が知っているからの。これから毎日、狐火を作って大きくできるようにするのじゃ。焚き火くらいの大きさになったら――ま、子狐ほどの法力にはなったということじゃ。次の術の習得に移れる」 浩介は狐火を消して、後ろを見た。 尻尾がぱたぱたと揺れている。動かしているという感覚はないのだが、元気に動いていた。止めようとしても、思うようにとまらない。 仕方ないので、右手で尻尾を掴む。 「っん!」 背筋に走った寒気に、浩介は悲鳴を漏らした。 慌てて尻尾から手を放す。 「お主、敏感じゃのー」 「尻尾は慣れていないんです」 浩介は頬を赤くして答えた。 草眞は木の小箱を取り出す。どこに隠していたのかは見当もつかない。手に乗るほどの白木の箱。机の上に置いて、蓋を開ける。 「次に、変化の術じゃが――これを使え」 箱から取り出したのは、黒い腕輪だった。 黒い糸を縫い合わせた細い平紐に、赤い玉と白い玉の飾りがついている。民芸品のように見えるが、そこはかとない不気味さを漂わせていた。 「何です? これ」 「お主の遺髪から作った腕輪じゃ。白い玉は骨、赤い玉は血じゃな。あと、補助のための法術がかけてある」 「…………」 腕輪を摘み、半眼で草眞を見つめる。 草眞はしれっと言った。 「化けたい相手の血や髪束を使って完璧に化ける方法がある。それを応用したものじゃ。手助けなしじゃ、失敗するだけじゃからの。では、さっそく実践じゃ」 浩介は、腕輪を左手にはめる。 はめたからといって、何か変わるものでもない。 「まず、ありったけの法力を腕輪に集中させる。一度腕輪に通した法力を全身に――頭からつま先、尻尾の先まで――くまなく、しっかりと行き渡されるのじゃ。法力を届き損ねると、身体が変化しないから気をつけろ」 言われた通りに、浩介は一度腕輪に法力を集中させた。その法力を全身に、頭に身体、手足、指の一本一本に、髪の毛の先、尻尾にキツネ耳まで流し込んでいく。力の制御に不慣れなので、思うようにならない。 一分ほどでようやく完了する。 「次に、印を結ぶ。わしがやって見せるから、真似せい」 告げて、両手動かす。 指を曲げたり、伸ばしたりと複雑な動きを見せた。印自体は四つだけであるが、うまく指が動かない。印など結んだことがないからだ。 もたもたしていると、草眞が声を上げる。 「……わしが動かす。しっかり覚えろ」 「―――!」 浩介の手が動いた。意志とは関係なしに、素早い動きで、印を結んでいく。止めようとしても言うことをきかない。勝手に動き、印を結んだ。 「何ですか? 今の」 自分の手を見ながら、恐々と訊く。 「お主の身体はわしの分身じゃ。その気になれば、わしの意思で動かせる」 「……え?」 「勝手に動かすことはしないわ。ただ、お主の身体はわしの身体に作用される。わしが体調を崩せば、お主は何もしていなくとも体調を崩すし、わしが死ねばお主も死ぬ。お主がどうなろうと、わしの身体に影響はないがの」 「不公平だ」 浩介は呻いた。 草眞は鼻を鳴らす。 「さっさと変化せい」 「はい」 頷いて、両手を動かした。自力ではないにしろ実際に手を動かしたこともあり、なんとか動かすことができる。ぎこちなく印を結んでから、 「変化!」 法力を放った途端、衝撃が身体を駆け抜けた。骨格、筋肉、皮膚が瞬く間に変質していく。手足が太くなり、体格が変わり、髪が短くなって、尻尾とキツネ耳が消え―― 三秒ほどで、変化が終わった。 自分の手を見る。ごつごつした男の腕。 胸に手を当てる。平らな胸板。 股間を撫でてみる。ちゃんと生えている、男のもの。 「元に戻ってる」 声も、元の声に戻っていた。 浩介はその場に立ち上がり、隣の部屋――草眞の自室に移動した。部屋の隅に置いてあった姿見に、自分の姿を映す。 二十歳の若者。短く刈った黒髪に、少しきつめの顔。痩せても太ってもいない、中肉中背の体格。着ているものは元のパジャマだが、身体は間違いなく樫切浩介になっていた。完璧に変化できている。 「元に戻って喜んでるところ、すまぬが」 座布団に座ったまま、草眞が声をかけてきた。 |