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第18話 斬り込め、最強の軽巡! |
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水面を蹴り、神通は進む。 目の前に佇むヲ級めがけ、さらに加速しながら。 猛獣に裂かれたような傷跡を持つヲ級。左目に眼帯を付け、自身の身長ほどもある長い杖を携えていた。高い艦載機運用能力に加え、異様な装甲値を持つイレギュラー。資料によると、値推定九百。その非常識なヲ級を斬ることが、今作戦における神通の任務だった。 ヲ級は杖を持ち上げたまま、神通を見つめる。自然体の構え。 「百里浜一刀流――」 声には出さず、しかし神通は咆哮した。 「流し斬り!」 白刃が舞う。 逆手で鞘から抜き放たれた刀が、横薙ぎにヲ級へと襲いかかる。突進から抜刀の勢いを利用し、初手で相手を両断する、神通の得意技であり必殺技だった。 ギィン! ヲ級の杖が、刀を受け止めた。 岩でも鉄でも斬り裂く、無垢の刃。今まで斬れなかったものはない。重巡も空母も戦艦も斬ってきた。だが、その刃を、ヲ級は杖で受け止めた。 「やはり簡単にはいきませんか……」 神通はさらに踏み込み、右腕を突き出した。右手に装備された20.3cm連装砲。腰に装備された五連装酸素魚雷。それらを即座に発射する。 世界から一度音が消え。 ドグオォン! ゴッ、ガォァン! 鼓膜を撃ち抜くような爆音とともに、ヲ級が吹き飛んだ。 反動で神通も後ろへと跳ぶ。いや、吹き飛ぶ。夜戦でもまず行わない、超至近距離からの接射だった。相手に与えるダメージも莫大だが、一歩間違えば自爆である。 素早く体勢を立て直し、神通は左手の刀を逆手から順手に持ち替えた。 「密着距離からの接射。この破壊力を以てすれば、大抵の深海棲艦は沈みます――が、この程度で沈むとは思えません」 柄頭に右手を添え、前へと走る。結果は既に分かっていた。この程度で沈むならば、既に誰かが沈めている。 「――。………!」 爆煙を引き裂き、ヲ級が飛び出してきた。当然のごとく無傷のまま。 だが、神通の方が一拍速い。一度伏せるほどに身を沈め、全身のバネを爆発させる。水面から生まれた力の奔流を、体内で加速させながら、刀の切先へと。 ギッ! 諸手突きがヲ級の胸へと突き刺さる。 「むっ」 だが、返って来たのは硬い手応えだった。切先が一センチほど刺さっているが、それだけである。深海棲艦の構造上、かすり傷に等しい。 考えるよりも速く、真横に跳ぶ神通。 ゴゥッ! 振り抜かれた杖が、一秒前まで居た空間を切り裂いていた。辛うじて残像だけが視界に映る。明らかに接近戦の心得がある。しかも、達人級の。 神通は改めて前へと出る。 ギィン! 斜め下からの切り上げを、ヲ級は掌底で受け止めた。 「硬い……」 刀を引き、振り下ろされた杖を、鎬で受け逸らす。 びりびりと腕が痺れていた。振り抜かれる杖の一撃は凄まじく重い。受け流すだけでも、筋肉が、骨が悲鳴を上げていた。しかし、退く理由にはならない。 「―――!」 ヲ級は杖を引き、一気に踏み込んできた。杖の間合いよりも内側に、刀の間合いよりも内側に。握りしめられた左拳。全身が爆発する。 ガァン! 突き出された右拳を、神通は20.3連装砲で受け止めた。本来はこのような使い方をするものではないが、細かい事は言っていられない。あまりの重さに装甲が凹んでいた。 「逆風の太刀――!」 左手の刀を順手から逆手に持ち替え、切り上げる。 ギ、ギ……ッ! 擦れた音を立て、切先がヲ級の腹から胸、さらに顔まで走り抜けた。普通のヲ級なら、戦艦ル級やタ級なら、たとえ鬼や姫でも、縦に両断されていただろう。 しかし、浅い傷ができただけである。 神通は後ろに跳び、一度距離を取った。 「…………」 「………」 無言のまま神通とヲ級はにらみ合い。 同時に踏み込んだ。 ガッ。キンッ。 硬い音を響かせ、杖と刀が激突する。 杖を捌き、刀を振るう神通。神通とヲ級は、技術的にほぼ互角だろう。しかし、精神制御術で限界まで集中力を引き出した神通は、ヲ級の攻撃を見切り、その身体に白刃を打ち込んでいた。打ち込んでいたが。 しかし、どの傷も浅く、致命傷にはほど遠い。 「噂に違わぬ、異様な装甲値です……。覚悟はしていましたけど、これは予想以上です――。一体何をしたらこれほどの硬さを得られるのでしょうか。――ッ!」 神通は息を止める。 振り下ろされる杖が見えた。意識と呼吸の間隙を突いた攻撃。見えているのに、思考が追いつかない。身体が動かない。避けられない! ゴッ。 「!」 視界が白く染まり、全ての音が消えた。 脳まで突き抜ける衝撃。全感覚が遮断され――順番に復帰していく。機械の緊急停止と再起動が頭の片隅に浮かんで消えた。 耳の奥にノイズのような音が満ちている。 ヲ級の振り下ろした杖が、神通の額を直撃していた。いや、咄嗟に鉢金で受けた。 割れた鉢金が、海面へと落ちる。 「あ……」 蹌踉けるように神通は一歩下がった。 ヲ級が踏み込んでくる。踏み込みの勢いから、まっすぐに杖を突き出してきた。 ドッ。 左手に返って来る手応え。 「………!」 ヲ級が顔を強張らせる。 神通が握った刀が、ヲ級の腹に突き刺さっていた。切先だけではない。かなり深く――切先が背中側から飛び出すほどに。つまり刀がヲ級を貫通していた。杖を躱し、カウンターで突きを打ち込んだのである。 「少し――固さに慣れてきました」 薄く微笑みながら、神通は刀を引いた。 間髪容れず一閃! パッ。 首元の留め具を砕かれ、ヲ級のマントが千切れ跳ぶ。 神通の振り下ろした刃が、袈裟懸けにヲ級に斬り込んでいた。首元から入り、鎖骨を切り、胸元へと。表面だけではない。生身の生物なら確実に致命傷になる深さを以て。異様な強度の肉体を斬り裂いていた。 しかし、胸元で刃は止まっていた。 ヲ級が杖で刃を止めている。 「やはり、核の位置はそこなのですね?」 艦娘にも深海棲艦にも、肉体を形作るための核がある。極端な話、脳よりも重要な部分であり、弱点だ。どこにあるかは個人差が大きく、外見からでは分からない。 しかし、幾多の戦いから、ヲ級の核の位置はほぼ特定されていた。 心臓部分のやや左側。 深海棲艦は沈んでも復活してくるが、核を破壊されれば最低数年は復活できない。あくまで肉体の核なので、完全消滅はさせられないが。 「―――。………!」 ヲ級が後ろへと跳び、間合いを取る 神通は左手の刀を指の間に握り込んだ。握った五指の人差し指と中指とで柄を挟む奇妙な構え。さらに、切先を右手で掴む。握った人差し指の腹と、親指で。 筋肉が軋むような異音。 両目を見開き、神通は踏み込む。 「百里浜一刀流・流れ星――」 刹那の閃き。 限界まで溜められた筋肉のバネが爆発する。残像すら残らぬほどの速度で、白刃が横薙ぎに繰り出される。ヲ級の首目がけて。 ―――! 「!」 しかし、神通の刀は空を斬っていた。 ヲ級は海面を蹴り空中へと跳び上がっている。 そして。 杖を、抜く。 中程を左手で掴み、鈎状の部分を右手で持ち、右手を横に振り抜いた。大きな剣を鞘から抜くように。事実、それは仕込み杖だった。 銀色の液体が、杖の鞘から鈎状の柄に引き出される。それも一瞬。次の瞬間には長大な刃へと姿を変えていた。刃渡り百二十センチはあるだろう、片刃の大剣。身幅は十センチ以上もあり、巨大な包丁にも見える。 「これ、はっ――!」 自身と相手の動きを計算し、神通は即座に決断する。 両手で柄を持ち、ヲ級が大剣を振り抜いた。神通を縦に両断する軌道で。 ドォンッ! 火を噴く20.3cm連装砲。 巨大な刃が身体の真横を通り過ぎる。 砲撃の反動で無理矢理斬撃を避け、神通はさらに無理矢理体勢を立て直していた。視線を上げ、空中のヲ級へと狙いを定める。柄頭を握り、身体を沈め、 「百里浜一刀流・牙突三式――!」 ガギッ! 一直線に突き出された直刃が、ヲ級の左腕を貫き、右肩に突き刺さった。回避のできない空中。核を狙ったのだが、腕を盾に防がれてしまっている。あえて腕を貫かせ、腕を動かし、突きの軌道を変えたのだ。 刀を素早く引き抜き、神通は体勢を立て直す。 「残念です……」 「………。―――」 ヲ級が海面に降り、振り向いた。 ギィン! 長大な片刃の大剣と、反りのない直刃が激突する。 一拍遅れて。 ばしゃっ。 吹き飛んだ20.3cm連装砲が海面に落ちた。神通の右腕とともに。 神通の右腕は二の腕の中程から切断されている。砲撃の反動を利用して辛うじて避けたのだが、完全に逃げ切ることはできなかった。 ガキッ! 横薙ぎの一撃を、逆手に持った刀の鎬で受ける。 「さすがに片腕だけだと、戦いにくいですね……」 少し弱音を吐きながら、しかし瞳に灼け付くような闘志を燃やし、神通は刀を振るう。腕一本失っているが、引く気は微塵もない。 ギンッ。 「―――。――!」 ヲ級は右手だけで大剣を盾のように構え、刀を防ぐ。 本来は両手で構える武器だが、左手がまとも動かないようだ。神通の刀を受けた左腕は、傷口を中心に数本の亀裂が走っている。芯を絶たれたのだろう。骨も筋肉も無い深海棲艦だが、一応神経のような部分はあるらしい。 「まだ、まだ……まだッ!」 振り下ろされる大剣を躱し、神通は刀を振るった。 斬られた腕がゆっくりと海流に流されていく。重い20,3cm連装砲を持っているが、艦娘の身体や装備は、水に浮く性質があった。 閃く刃と、唸る風切り音。 お互いに避け、防ぎ、攻撃を繰り出す。 一手一手確実に相手の手札を読み、詰みへと進んでいく。 そして、動いたのは神通だった。 「百里浜一刀流――」 腰を深く落とし、半身の構えから左手を大きく後ろに引く。弓を引き絞るように。柄頭を握り、刀を水平に構え、切先をヲ級へと向けた。本来なら右手を前に突き出し反動の重りとするのだが、今は無いので省く。 「牙突一式ッ!」 爆発するような突進から、神通は刀を突き出した。 ザギィッ。 衝撃。異音。 「………」 ヲ級の身体が傾いた。 胸に、神通の刀が突き刺さっている。強烈な突きから、そのまま刀を投げ放ち、ヲ級の胸に撃ち込んだのだ。核があるだろう心臓のやや左側へと。 「…………」 刺さった刀の傷口から、青黒い液体が一筋流れる。一拍後れて、口元からも青黒い液体が流れた。深海棲艦に血液はないが、核を損傷した時のみ血のような液体を流す。身体が崩れ溶けているのだ。 ただ、浅い。擦った程度である。 「ぅ……」 神通の口元から赤い血が流れ落ちた。 視線を落とす。 「セラミック複合装甲では、力不足でしたか……」 左胸の下に突き刺さっている銀色の刃。ヲ級の大剣だった。 神通の突きと同時に繰り出されたヲ級の突きは、神通の身体を容赦なく貫いていた。制服の下に仕込んでいた、セラミックと超硬金属の複合装甲ごと。工廠の博士が作ったものである。戦車の主装甲を小さくしたようなものだが、あまり効果は無かったようだ。 「がは……ぁ……」 口から吐き出される大量の血。 神通は片目を閉じた。身体から力が抜ける。 艤装ではなく、肉体への致命傷。腕と胸から流れ落ちる赤い血。生命力がこぼれ落ちていく。轟沈ではない。生物としての死が目の前にあった。 それでも神通はヲ級の右手首を握りしめる。逃がさないように。 「お待たせにゃああああ!」 「多摩さん!」 視線を転じると、ぼろぼろになった多摩が宙を舞っていた。ヲ級の前にいた深海棲艦を倒して、やってきたのだろう。大破状態だが、動きは衰えていない。 どのような仕組みか、その右足は燃えるように白熱していた。 「蹴ってください!」 「わかったにゃ!」 神通の叫びを、多摩は即座に理解する。 「悪魔風脚〈ディアブル・ジャンブ〉――」 空中で身体を丸めて二回転。 「ネコキックにゃア!」 ドガォンッ! 多摩の右足が、刀の柄を蹴り抜いた。突進の速度に全体重を乗せた砲撃並の一撃。さながら杭打ち機のように、浅く刺さっていた刀を深々とヲ級の身体に打ち込む。 「―――!」 ヲ級の口から青黒い血が吐き出される。 だが、同時にヲ級の隻眼が多摩を捉えていた。 ザリッ…… セラミック複合装甲が斬られる音。 神通の胸を横に斬り裂きながら、ヲ級は大剣を引き戻した。赤い血に塗れた包丁のような刃。艤装の防御を貫通し、肉体を直接損傷たらしめる、深海の特殊兵装。 「それは……!」 「――――!」 神通の手を払いのけ、ヲ級は多摩へと大剣を振り上げた。 多摩の赤紫の瞳が、刃を捉える。空中では斬撃を躱すことはできない。大剣を受け止めるほどの力を、多摩は持っていない。受ければ受けた部分ごと斬られてしまう。 「駄目です……!」 神通は叫んだ。 ドッ。 「に゙あ゙っ!」 鈍い悲鳴とともに、多摩が吹き飛ぶ。 神通の左脚とともに。 海面を蹴り跳び上がり、神通は力任せに多摩を蹴り飛ばしていた。多摩のいた場所を大剣が斬り裂き、結果――その場所にあった神通の左太股が斬り裂かれた。 探照灯の破片が散る。 そのまま。 空中で一回転し、神通は左手を伸ばす。 「―――!」 ヲ級の目が見開かれる。 神通はヲ級の胸に刺さった刀を掴んだ。 白と黒の音のない世界。残った力が、意識が、刀へと流れ込んでいく。錯覚なのか事実なのかは分からない。それでも身体が、刀が、知らせる。超装甲値の斬り方を。 ズッ! 刃が空中へと抜けた。 ヲ級の胸から左脇腹まで斬り裂いて。 崩れるように後退るヲ級。 「少し、やりすぎてしまいました、ね……」 片足のまま水面に立ち、水面に刀の切先を刺し、平衡を取る。 消えそうな意識を気合いだけでつなぎ止め、神通はヲ級を見据えた。裂けた身体と口から、ひび割れた左腕から、体中の傷から、青黒い血を流し、ほどなく崩壊するだろう状態で、しかしまっすぐに神通を睨み付けている。 口元にどこか満足げな、声なき哄笑を貼り付け。 「―――。……! ――」 ヲ級が叫んだ。右手と、壊れた左手で柄を握り締め、大剣を大きく振りかぶる。今までのような滑らかさは、もはや無い。必要もない。 燃え尽きる前の蝋燭が激しく燃えるように、力任せに斬りつけてくる。 「あなたと戦えて、この神通……」 薄れ逝く意識の中、神通は振り下ろされる刃を見つめ。 倒れる。 「光栄でした……」 ドバァン! ヲ級の大剣が海面を吹き飛ばした。 周囲に飛び散る白い水しぶき。 そして、斜めに身体を切断されたヲ級が崩れ落ちる。 神通が無心で放った一太刀。身体を捻りながら倒れ込み、刀を跳ね上げる。結果、ヲ級の刃は空を裂き海を斬り裂き、神通の刃はヲ級を捕らえていた。 その時には既に、神通の意識は途切れていた。 「あのさ、あのさ。あたしの飛行甲板は担架じゃないんだけど」 隼鷹は冷や汗を流しながら声を掛けた。 広げられた巻物飛行甲板の上に寝かされた神通。ヲ級との戦いで致命傷を負い、意識も失っている。勝てないと感じたら別の手段を使うと提督は言っていたのだが、神通は死ぬ寸前まで斬り合っていた。 「いや、ま……それはいいんだけどさ。何それ?」 飛行甲板の横に立ち、黙々と手を動かしている大和に訊く。 「高密度に固めた高速修復材のようなものです」 「うんうん。それは……一応納得するとして」 一度頷いてから。 眉根を寄せて続けて訊く。 「縫って治るの? これ。かなりざっくり斬れてるよ?」 右腕と左脚と胸を切られ、意識を失っている神通。大和は曲がった針と太い糸を使って、千切れた足を縫い合わせていた。ちくちく、と。胸と右腕は既に縫い終わっている。凧糸で縫っているようにしか見えないのだが。 顔を上げず、大和はきっぱりと答える。 「はい。真っ二つくらいまでならさほど問題無く」 「解せぬ」 半眼で隼鷹は呻いた。 |
15/1/29 |