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第17話 それはイレギュラー |
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隼鷹は右手に持った羅針盤を眺めていた。 羅針盤の形をした深海棲艦探知機。どちらに深海棲艦がいるかを示すものだが、羅針盤妖精は何故か派手に羅針盤をぶん回す。 くいと眼鏡を動かし、霧島が羅針盤を見やった。 「いつも思うのですけど、この羅針盤――本当にアテになるのかしら?」 「それは言わない約束さ」 苦笑いをしながら隼鷹は答える。頼りになるのかならないのか分かりにくい羅針盤。針の示した方に行けば深海棲艦を発見できることが多い。何も無かったという事も、微妙に多かったりする。そして、羅針盤を無視して進めば、まず深海棲艦とは出会えない。 完璧ではないが、現状もっとも有効な探知機と言えるだろう。 ちらと後ろに眼をやった。 神通が刀の柄に手を添え、静かに口を開く。 「空母ヲ級……イレギュラー。それが今回の討伐目標ですね?」 「はい」 頷いたのは大和だった。神妙な面持ちで視線を僅かに落とす。 無印、エリート、フラグシップ、フラグシップ改。深海棲艦の区分けはこの四種類だが、その系列から外れたイレギュラーという呼称がある。表向きにはされていないが、完全な規格外の深海棲艦は数は少ないながらも実在していた。先日見かけた変なレ級も、イレギュラーかもしれない。隼鷹はそう考えている。 大和は静かに続ける。 「私も以前対峙したことがあります。艦載機を操る力はかなりのものです。フラグシップ改を上回るレベルでしょう。加えて何よりも厄介なのが――異様な装甲値です。この大和の46cm連装砲の連撃を余裕で耐えるほどの堅さです」 と、艤装の46cm三連装を見つめる。 現在の艦娘で最大の攻撃力を誇る46cm三連装。それが通じないのなら、残る正攻法の手段は非常に少ない。重巡か雷巡が、夜戦にて至近距離から全弾撃ち込むなど。 だが、正攻法でない手段ならいくつもある。 「その装甲を斬り裂くために、私が呼ばれたのですね?」 神通が腰の刀に手を添えた。 斬鉄剣・流星――刃渡り二尺一寸の直刀。白樫の合口拵えで、見た目は仕込み杖のような刀である。非常識な切れ味を持ち、丸太や岩から鋼鉄、深海棲艦まで問答無用で斬り裂いていく特殊兵装だった。通常兵装とは桁の違う力を持つ兵器である。 「そういうこと」 隼鷹は神通と大和に笑いかけた。 「作戦は単純明快さ。瑞鶴と霧島とアタシで敵艦載機を全部撃ち落とす。で、制空権取ってから、大和と多摩で露払い。そして、神通がヲ級を斬る、ってな具合」 「……」 神通と大和、揃って目蓋を下げる。 かなり適当で無茶苦茶な作戦だ。神通や大和も、その自覚はあるのだろう。それでも、相手は正攻法の通じないイレギュラー。非常識な攻め方をしないと倒せないのだ。 「援護はこの隼鷹様に任せなさい」 そう宣言して、隼鷹は自分の胸を叩いた。 「十時の方向に敵影発見!」 瑞鶴が声を上げた。 機銃による撃墜専門だが、一応彩雲も持っているため、索敵も行っている。艦載機は索敵するもの、と言い切る機銃至上主義者であるが。 「例のヲ級旗艦、軽空母二体、戦艦二体、重巡一体、軽巡一体、駆逐四体」 「って連合艦隊編成かい!」 思い切り隼鷹は声を上げた。 水上部隊もしくは機動部隊に、水雷戦隊を加えた、大型艦隊である。様々な制約から艦娘も深海棲艦も、一隊六人編成が限界だが、連合艦隊編成を用いれば十二人まで艦隊に組み込むことが出来る。その戦闘力は推して知るべし。 「敵の出方に注文は付けられませんから」 「今回は好きにやらせてもらうにゃ」 微苦笑を見せる神通と、肩をすくめる多摩。相手が連合艦隊編成であるというのに、怯んでいる様子もない。艦娘というものはかつての大戦で沈んだ船の意志であり、勇気である。見た名よりも遙かに肝は据わっているのだ。 「来るわよ――」 瑞鶴が左腕を振り上げた。 空の向こうから飛んでくる数十の艦載機。SFっぽい見た目の深海艦載機に、白いたこ焼きのような艦載機。 「ではみなさん」 神通が海面を蹴り、走り出す。 「神通――突撃します……!」 「お先に失礼するにゃ」 同じく多摩も走り出した。 このまま何も考えずに直進すれば、飛来する艦載機の爆撃に晒されることになる。 が―― 「航空戦開始ね」 瑞鶴が駆け出した。右腕と左腕に装備した25mm三連装機銃。さらに肩に乗せた12cm30連装噴進砲。艦載機を使わず、全て銃撃で撃ち落とす装備だった。 「来なさい、カトンボたち。全部撃ち落としてあげるわ!」 瑞鶴が舞う。 ドバババババババッ! 踊るような滑らかな動きから、火を噴く銃口。銃口は正確に艦載機を捉え、撃ち出された銃弾は、一撃で艦載機を粉砕する。思考よりも速い本能で艦載機の位置を把握し、条件反射で機銃を構え、そして撃ち落とす。 空母の常識を無視するような神業。まさに機銃マスターだった。 飛来する敵艦載機が次々と撃ち落とされていく。 「それでは、私も始めますか――」 霧島が背中のアーム型艤装に縛り付けていた十字架を取り外した。重さ数百キロの代物だが、艤装を装備した海上なら、そう苦労する事無く振り回せる。 霧島は十字架を頭上に振り上げた。足を真上に向けた上下逆さまの状態へ。 「問答無用調停装置パニッシャーくん二号改、解放!」 バンッ! 十字架に巻き付いていたベルトが弾け、布が吹き飛び、中身が露わになる。 白い装甲に包まれた巨大な十字架。 ガシャン! 十字架が中心から左右に分かれた。さらに足部分の外装が横にずれ、内部の機関砲が現れる。口径12.7mmの重機関砲。そして内部に格納されていたトリガーとグリップが飛び出した。十字架が一瞬で二丁の大型機関砲へと姿を変える。 落ちてきた二丁の重機関砲を、霧島は両脇に抱え込んだ。両手でグリップを掴み、指をトリガーにかける。水上機母艦の千歳千代田がカタパルトを構えるように。それだけでは終わらない。アーム型艤装から飛び出したコードが数本、機関砲に接続される。 「艤装との接続確認! 三式弾生成確認――そして!」 凶暴な笑みを口元に貼り付け、霧島は銃口を敵艦載機に向けた。機関砲だけでなく、アーム型艤装の砲塔も空へと向けられている。 トリガーを引き、霧島は咆えた。 「弾幕はァ、パワーだ! 火力だ! 速度だ! 手数だ! 密度だ! 猛れ砲身! 爆ぜろ爆薬! 咲け三式弾! 燃え上がれ焼夷弾! 堕ちろ艦載機! 銃身燃え上がるまで、撃ちまくれェェェェ! オラオラオラオラオラオラァァッ!」 ドゴゴゴゴゴガガガガガガ! 轟音とともに爆裂する火花。二丁の機関砲から撃ち出される無数の弾丸。艦娘用弾丸生成機構によって作り出された三式弾の弾幕だった。三式弾は空中で爆裂し、さらに無数の焼夷弾となって飛び散る。 文字通りの弾幕が、敵艦載機をなぎ払っていた。 正確無比な瑞鶴の射撃と、霧島の作り出す無数の弾幕が、飛来する艦載機を次々と撃ち落としていく。戦闘機を使わず、機銃と砲火だけで敵艦載機を圧倒していた。 撃墜される艦載機を無視し、神通と多摩は前進する。 「ぅゎぁ………」 隼鷹は何も言えず、瑞鶴と霧島の猛攻を眺めていた。 覚悟はしていたが、非常識極まりない光景である。 「気をしっかり持ってください。隼鷹さん」 「!」 声を掛けられ、我に返る。 振り向いた先には大和が立っていた。どこか投げやりな笑みを浮かべているが、それでも瞳には静かな闘志を燃やしている。 一度息を吸い込み、隼鷹はにやりと口を笑みの形に変えた。 「よーし、改装強化済みの隼鷹さん攻撃しちゃうよー!」 巻物型の飛行甲板を広げ、式紙を収めた巻物を広げる。まだ非正攻法の戦い方には慣れていないが、自分のやるべき事はしっかりとやらなければならない。瑞鶴と霧島の対空放火で艦載機はことごとく落ちているが、全滅とは言い難い。 式紙が飛行甲板を走り、艦載機へと姿を変える。 「さあ、ぱーっと行こうぜ、烈風、彗星一二甲! 者どもかかれえええ! くれぐれも巻き込まれるなよー! フレンドリーファイア、駄目、絶対。なー!」 緑色の艦載機が、撃ち漏らした敵艦載機目がけて飛んでいく。 そして大和も主砲を構えた。 「戦艦大和、砲雷撃戦始めます――」 飛来する砲弾を避けながら、神通と多摩は敵艦隊の奥へと突き進む。通常ならば相手の位置や自分の位置を考え移動するのだが、今回はひたすら直進していた。 前方に見える敵駆逐艦と敵軽巡洋艦。 ドッグォン! 「――!」 右前方から接近していた駆逐ニ級後期型が、消し飛んだ。大和の砲撃である。直撃すればほとんどの深海棲艦を一撃で粉砕する46cm砲の威力。 「さすがは大和さんです」 立ち上る水柱を一瞥し、速度を緩めることなく神通は進む。 左前方に見える軽巡ト級。両肩の主砲を神通たちへと向けた。 ドッ! 近くに着弾する砲弾。水しぶきが舞い上がり。 「こっちは任せるにゃ」 多摩が海面を蹴った。両手両足を使った猫走法によって、ト級との間合いを詰め、跳び上がる。舞うように踊るように空中で体勢を切り替え。 「二級挽き肉〈ドゥジェム・アッシ〉にゃ!」 ドドド、ドガッ! 「――!」 連続蹴りがト級を容赦なく粉砕した。提督と料理長によって教え込まれた体術と、猫のように柔軟に強靱に鍛え上げられた体躯。繰り出される蹴りは、下手な砲撃を軽く上回る。軽巡程度なら一撃で粉砕できるほどだ。 「では、征きます」 神通は息を吸い、人差し指をこめかみに押しつけた。指先でねじ込むように、こめかみを強く押す。特定の動作を引き金として、集中力を極限まで高める精神制御方法。提督から教えられた技術のひとつだった。 ィィィィ――! 軋むような音が耳の奥に響く。 意識が、凄まじい速度で加速を始めた。 脳が、神経が、筋肉が完全にリミッターを外された。敵の位置、波の動き、飛び回る艦載機、流れる風。飛び交う砲弾。五感全てが世界へと広がっていく。 「脳が焼けるようです。持って十五分でしょう――」 極限集中。神通の切り札のひとつだった。 多摩が艤装から爆雷を掴み取った。小さなドラム缶のような三式爆雷。本来なら潜水艦目がけて射出するものだが、多摩は爆雷を右手で握りしめ、大きく振りかぶった。 「提督直伝! レーザービームにゃあ!」 筋肉をバネのように跳ねさせ、爆雷を投げる。 一直線に空を裂いた爆雷が―― ズドォン! 重巡リ級を直撃した。衝撃と爆発に、リ級の身体が砕ける。しかし、完全破壊には至らず中破程度のダメージだった。 「もう一発にゃ」 ドゴォン! 二発目の爆雷が直撃し、リ級は海面下へと沈んでいった。心底解せぬと言いたげな表情で。 投げやすい大きさと重さのものを、敵目がけて思い切り投げつける。誰が言い出したかレーザービームと呼ばれる投擲攻撃だった。 「爆雷は投げるものではないですよ、多摩さん」 「問題にゃい」 神通の指摘に、多摩は言い切る。 それから額の上に手を翳した。遙か先に見えるヲ級の影を眺める。敵連合艦隊旗艦空母ヲ級イレギュラー。ここからの距離は七百メートルほど。ヲ級の前には戦艦二体と軽空母二体が立ちはだかっている。 「旗艦は遠いにゃぁ」 吐息する多摩に、神通は口を開いた。 「多摩さん」 「何にゃ?」 首を傾げる多摩に、告げる。 「アレをやりましょう」 「アレにゃ?」 「アレです」 きっぱりと告げる神通。 そして。 「分かったにゃ!」 大きく頷き、多摩が右足を持ち上げた。 神通はその足の上に飛び乗る。 「空軍〈アルメ・ド・レール〉――」 遙か先のヲ級を睨み付け、多摩が吼えた。 左足を一度曲げ、海面を蹴って全身のバネを爆発させる。筋肉の伸縮、重心の移動、身体の回転。それらの勢いを全身で利用し、右足を全力で振り抜いた。 足に乗せた神通ごと。 「軽巡〈ライト・クルーザー〉シュートにゃ!」 ドゥ! 神通が飛んだ。 振り抜かれた多摩の足。まるでカタパルトのように、神通を空へと撃ち出していた。 淡い茶色の髪の毛をなびかせ、神通は空中を突き進む。 「………」 「――……!」 呆然と見上げる戦艦タ級、ル級。軽母ヌ級は艦載機を飛ばすこともできない。あまりに非常識な事態に、思考が追いついていないようだった。実際、艦娘が空を飛ぶことなど、ありえないのだ。普通は。 前方の障害を飛び越え―― ドバァン! 神通は海面へと着地した。 勢いは落とすことなく、海面を走り、目標へと一気に肉薄する。戦艦や軽空母は、多摩が片付けてくれるだろう。自分の獲物はひとつ。空母ヲ級。 「あれが……空母ヲ級イレギュラー」 神通の正面に佇む、空母ヲ級。 黒いクラゲのような帽子を頭に乗せ、白いボディスーツとマントを身に纏った少女のような深海棲艦。しかし、他のヲ級とは明らかに違う。帽子を斜めに走り、みぞおちから左腰まで抜ける創傷跡。巨大な刃物で斬られたような跡だ。そして、顔から右腰まで走る、四本の傷跡。巨大な獣が引っ掻いたような生々しい爪痕だった。左目には眼帯を付けている。二種類の傷跡は肌だけでなくボディスーツにも残っている。深海棲艦の服は皮膚に近いものらしい。 右手には自身の身長ほどもある、長い杖を持っていた。 (一体何と戦ったら、こんな傷を負うのでしょうか……) 資料で姿は知っていたが、実物は写真とはまるで違う迫力がある。誰が呼んだか、疵面〈スカーフェイス〉ヲ級。身体に刻まれた傷跡を一体誰が付けたのか、それは神通の知るところではなかった。 「………」 ヲ級は神通の姿を見据え、杖を持ち上げる。口元には薄い笑みが浮かんでいた。その笑みが何を意味するかは分からない。 ただ、神通も同じように笑みを浮かべる。腰の刀に手を添え、鯉口を切る。 「いざ、尋常に勝負!」 |
空母ヲ級イレギュラー 非常に高い戦闘能力を持ったヲ級。単純な能力はフラグシップ改以上、そして大和の46cm砲すら通じない異様な装甲値を誇る。深海棲艦の規格外個体。 身体には大きな傷跡があるが、何と戦って出来た傷なのかは不明。 所持する杖は自身の身長と同じくらいの長さ。 |
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