Index Top 艦隊これくしょんSS 進め、百里浜艦娘艦隊

第4話 大井と北上と――?


 百里浜基地の西側――丘側に並んでいる艦娘寮。
 そのひとつである第二艦娘寮。艦娘たちからは巡洋艦寮と呼ばれている。呼び名通り、軽巡と重巡が暮らしていた。二階建ての建物で、外見は学校校舎を小さく切り出したみたい、と言われている。なお、かなり頑丈に作られている。
 北側の廊下を歩く二人の少女。
「いやー、大井っちの雷撃は凄かったねー」
 緑色の制服を着て、長い黒髪を三つ編みにしている少女。趣味なのか、長いもみあげも緩く三つ編みにしている。軽巡洋艦北上。
 のんびりと笑いながら、隣の少女に話しかけていた。
「北上さんにそう行って貰えると、嬉しいわ」
 そう返すのは、同じく緑色の制服を着た、明るい髪の毛の少女。軽巡洋艦大井。
 雷巡コンビと言われるが、まだどちらも練度が足りず軽巡である。
「早くあたしたちも改二になりたいねぇ。全四十門の魚雷発射管から放たれる超雷撃。空母も戦艦もバシバシ沈める、みんなの憧れパイパーズ――!」
 右手を持ち上げ、ぐっと拳を握りしめる。
 桁違いの雷撃値から繰り出される、大火力の魚雷。直撃すれば戦艦だろうが沈める格上殺し。火力は凄まじいが、意外と装甲が薄いので運用には注意したい。
「甲標的が本体なんって言っちゃダメだぞ」
 表情そのままで北上が付け足す。
 大井は苦笑いをしながら足を止めた。
 四角い木のドア。そこが二人の部屋である。基本的に艦娘寮は数人で一部屋を割り当てられている。一人部屋もあるが、多くは二人部屋から四人部屋である。
「まだ私たちは改にもなってないから、先は長いわね」
 大井がドアを開け、部屋に入った。小さめの玄関で靴を脱ぎ、室内用のサンダルに履き替える。午後の演習を終え、自由時間である。
「でも、気長に頑張りましょう。ああ、早く酸素魚雷が撃ちたいわー」
 両手の指を組んで、きらきらと大井は瞳を輝かせていた。
 まだ見習いであるため、支給されるのは三連装魚雷や四連装魚雷である。酸素魚雷や艦首魚雷は見るだけでまだ撃ったことがない。
「いいよねー。酸素魚雷」
 しみじみと同意する北上。
 靴を脱ぎ部屋に入る。
 寮はアパートのような部屋割りだった。床は板張りで、壁紙はシンプルな白である。ダイニングキッチンと小さめの風呂、トイレ。そして寝室。もっとも、食堂もトイレも大浴場も別にあるので、部屋の設備を使うことは少なかったりする。
「そうだ。北上さん、先にお風呂いただいてもいいかしら?」
 大井が風呂の扉を指差した。部屋にある風呂は小さいが、一人でゆっくり使うことができる。大浴場でのびのび疲れを取るのもいいが、一人で気ままに浸かるのもいい。
「いいよー」
 ぱたぱたと手を動かし、北上は答えた。
 が、ぽんと手を打ってから、声を掛ける。
「そうだ。大井っち、一緒にお風呂入らない?」
「一緒に?」
 大井が瞬きをした。
 部屋の風呂は一人用である。二人で入るのにはさすがに小さすぎた。しかし、多少無理をすれば二人で入れるほどの大きさはある。
「いやー、姉妹だし裸の付き合いって大事だと思うよ、あたしは」
 両手を広げて、北上が笑った。頬が少し赤く染まっている。よく見ると口元が緩み、目には怪しい光が灯っていた。
 北上の様子には気付かず、大井は首を傾げる。
「そうねぇ」
 ばたん。
 寝室のドアが開いた。
「くまー」
 緩い声とともに部屋に入ってきた少女。
 腰辺りまで伸ばした茶色い髪の毛。触手のような大きなアホ毛が飛び出している。水色の縁取りのなされたセーラー服と、ハーフパンツという出で立ちだった。
 球磨。大井、北上の姉であり先輩であり、この部屋の室長でもある。
「あら。球磨姉ぇ。いたの?」
 眉を持ち上げ、大井が驚いていた。部屋には誰もいないと思っていたのだ。誰かいるような気配もなかった。しかし、現実として球磨はここにいる。
「………」
 こっそりと北上が渋い顔をしていた。
 とことこと球磨が二人の元に歩いてくる。
「部屋のお風呂はそんなに大きくないクマー。二人で入るとさすがに狭いクマー。それにお風呂は一人でゆっくり浸かるものクマー。無茶言っちゃ駄目クマー」
 ぐっ。
 と球磨が北上の肩に右腕を回しつつ、大井に向かって片目を瞑る。
「そうねぇ」
 頬に指を当て、大井は天井を見上げた。白くきれいな天井。建物自体はかなり古いが、時折工廠の妖精たちが修理をしているため、汚れなどもなくきれいである。
 北上に目を戻し、にっこり笑う。
「それじゃ、北上さん。お先にお風呂いただいていいかしら?」
「うん、いいよー。あたしはちょっと球磨姉ぇと話があるからさ。ゆっくりたっぷりのぼせるくらい浸かってきてよ」
 手を動かしながら、北上が笑う。
「のぼせちゃ困るけど」
 苦笑いをする大井。
 後の行動は速やかだった。寝室に移動し着替えを持って来てから、脱衣所へと入る。ぱたりと閉まるドア。換気用の鎧窓のついた木のドア。上部に小さな磨りガラスが嵌められている。当然だが脱衣所内部の様子は見えない。
 北上はダイニングの隅に移動した。肩を組んだ球磨と一緒に。
「球磨姉ぇ――」
「何クマ?」
 低い声音で唸る北上に、球磨はしれっと訊き返す。
「どういうつもり?」
「お風呂に入るときは、誰にも邪魔されず自由で、なんというか……そう、救われてなければいけないんだクマー。たとえ姉妹でも、それを邪魔するのはマナー違反クマ」
 両目を閉じ、球磨は蕩々と語った。子供に言い聞かせるような優しく穏やかな口調で。しかし、北上の肩に回した腕にはしっかりと力を込めて。
「………」
「…………」
 静寂。
 風の音や、海の音。演習による砲撃音などが聞こえてくる。どこからか他の艦娘たちの話し声も聞こえた。誰の声か、何を言っているかまでは分からない。
 脱衣所からは大井が服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえてくる。
 そちらを数秒凝視してから、北上は球磨に目を戻した。
「で、本音は?」
 ジト目で北上が訊く。
 優しげな――胡散臭いくらいに優しげな表情を引っ込め、球磨は北上に顔を近づけた。鼻が触れあうほどの距離。こちらも妹同様ジト目で告げる。抑えた声音で。
「妹が越えちゃいけない一線越えるのは、ぞっとしないクマ……!」
「むぅ」
 きっぱりと告げられ、北上が視線を逸らした。
 肩から腕を解き、球磨が一歩下がる。両手を腰に当てて、
「それに提督にも言われてるクマ。北上が大井に変な事しようとしたら、砲撃してでも止めるクマって。それでもどうしようもないなら、自分を呼べって言ってたクマ」
「くっ、やはりあたしたちの前に立ちはだかるのは、提督か……」
 右手を力任せに握りしめ、北上は呻く。瞳に怒りの炎を灯しながら。影の薄い提督だが、噂によるとかなり強いらしい。
「あー。まったく昔を思い出すクマ……」
 その様子を眺め、球磨は肩を落としている。眉を寄せ、陰鬱に。
 球磨に目を向け、北上が呟く。
「前の大井っちはかなり問題児だったみたいだね」
 先代大井である大井改二。同じく先代北上改二とともにハイパーズとして暴れまくったらしい。その後、艦娘としての寿命を迎え、二人一緒に解体された。そして、今の北上たちはその後継である。まだ見習いであるが。
 一度北上に顔を向け、
「くまぁ……」
 球磨は両手で頭を抱えてうなだれた。

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北上
球磨型 3番艦 軽巡洋艦
三ヶ月ほど前に建造された見習い。レベルは大体7くらい。
まだ練度が足りないため、改にはなっていない。
緩い性格に見えるが、大井に対してはかなり危ない感情を持っている。
もみあげを緩く三つ編みにしている。

大井
球磨型 4番艦 軽巡洋艦
北上と同じ時期に建造された。レベルは大体7くらい。
大人しく素直な性格であるが、魚雷に対する思い入れは強い。
北上は気の合う相棒という認識。


球磨改
球磨型 1番艦 軽巡洋艦
レベルは大体50くらい。軽巡たちのまとめ役のような立ち位置でもある。
適当そうな性格だが、やることはちゃんとやる。かなり苦労人。
北上、大井の先輩であり姉であり、生活指導のため同じ部屋に住んでいる。提督からは北上の暴走を止める役割を任せられている。
先代大井には相当に苦労していたらしい。
14/6/23