Index Top 艦隊これくしょんSS 進め、百里浜艦娘艦隊 |
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第3話 私はここにいる―― |
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「天龍さん」 不知火は声をかけます。 とりあえず事情を説明しておく必要はあるでしょう。 天龍さんが不知火に目を向けて来ます。先ほどまであった困惑は薄れ、疑問の眼差しに。つまりそれは、この不知火が状況説明が可能だと、認めてくれているということですね。自称最新鋭軽巡の姉さん。 「私もいるよー?」 不意に。 天龍さんの後ろから現れたもう一人の軽巡娘。 背丈や体格は天龍さんとさほど変わりません。頭の上に浮かんだ輪っかのような頭部艤装。中分けボブカットの青みがかった黒髪。優しそうな笑顔には、しかしどこか影があります。豊満な胸を強調する、アンミラ風の黒い制服。両手で抱えるように持った槍。 「龍田さん。こんにちは。遠征お疲れ様です」 不知火は一礼しました。 天龍さんの相方。龍田さんです。いつも天龍さんと一緒にいます。たった今まで居なかったように思えるのですが、まぁ細かい事は気にしてはいけません。 「ふふふ、そんなに疲れるような事はしてないよー? ねぇ、天龍ちゃん」 「遠征は、ここからが本番だろ?」 にこにこ笑う龍田さんに、天龍さんが釘を刺します。 よく言われる事ですが、遠征の本番は報告書作成です。深海棲艦討伐任務に比べて遠征は危険度が少ないですが、逆に報告することはかなり多いです。 天龍さんの肩に寄り添い、龍田さんがにっこりと頬笑んでいます。 「頼りにしてるわよー、天龍ちゃん」 「自分の報告書は自分で書けよ……?」 そんな会話をしていると。 前触れ無く。 がばっ! 仰向けに倒れていた敷嶋博士が飛び起きました。頭にたんこぶできていますけど、元気そうです。バネ仕掛け人形のような速度は、はっきり言って老人のソレではありません。 「いきなり何するんじゃ、天龍ちゃん!」 かっと目を見開き、天龍さんを睨み付けます。 「ワシの行動に非があることは認めよう! だがしかぁし、刀で斬りつけるのはさすがにどうかと思うぞ、ワシは! もし、万が一、脳神経とか脳血管がアレしてコレしれ、装備が作れなくなったらどうするんじゃ!」 と自分の頭を指差します。 武器、装備開発にかけては国内屈指と言い張る頭脳。何故かボルトが刺さっていますが。実際、博士の作る装備は高性能です。万が一脳に障害が残るようなことがあっては、我が百里浜基地は、それなりに困るでしょう。 「大丈夫だろ、峰打ちだし。力も入れてない」 ぱたぱたと手を動かしながら、天龍さんが苦笑いをします。 ちょこんと小首を傾げ、龍田さんが口を開きました。眉を内側に傾けつつ、 「でも、天龍ちゃん。刀はマズいかもねー。敷嶋博士は私たちと違って生身の人間なんだから、固いもので頭叩いたらダメだよ? 打ちどころが悪いと死んじゃうし」 不知火たち艦娘は、頑丈です。生命活動を肉体のみに依存していないため、多少無理が利くとのことです。また単純に身体自体が頑丈という特性もあります。船の化身やら憑喪神やらのようなものですし。 龍田さんが博士に声をかけました。転んだ子供に接するように優しく。 「ケガは無い、先生?」 「うぇーん、痛かったよー。龍田ちゃーん!」 満面の笑顔で両腕を広げ、涙を迸らせながら龍田さんの胸めがけて飛びついて―― あ。死んだな、これ。 どすっ。 「おぅ!」 龍田さんの左腕がエロ博士の脇腹に突き刺さりました。 笑顔のままのリバーブロー。それなりに手加減はしているようですが、肝臓に一撃食らって博士が、白目を剥いて前のめりに崩れていきます。 ゴスッ。 そこに迷わず右アッパーカット。 跳ねる髪の毛と大きな胸! 下がった顎を打ち上げられ、博士は後ろに仰け反り。 ばたっ。 仰向けに倒れました。 ノックアウトです。一発です。カウントすら必要ありません。確実に脳震盪起こす殴り方で、実際起こしました。仰向けのままピクピク痙攣しています。 「でも、素手なら大丈夫よ」 黒いグローブに包まれた拳を持ち上げ、楽しそうに言ってのけます。明らかに天龍さんよりも酷いことをしていますね……。 「それは、刀でドツく方がまだ安全だと思うネ……」 「相変わらず容赦ないですね、龍田さん」 金剛さんと不知火は正直に感想を述べました。 いつもにこにこと穏やかなように見えて、やることは基本的に容赦も躊躇も無い人です。今回は思い切り胸に飛びつこうとした敷嶋博士が悪いですが。 「大丈夫か、爺さん……」 冷や汗を流しつつ、天龍さんが倒れた博士の側に屈み込みました。 「だ、だっ……じょぶ――じゃ」 天龍さんに顔を向け、博士はおもむろに右手を挙げました。脳震盪のせいで腕が震えています。しばらくはまともに動けないでしょう。その状態でぐっと親指を立ててます。 見えてるんですね……。天龍さんは気付いてないようですけど。 龍田さんは頬に手を当て、博士を見下ろしました。 「ふふふ、大丈夫よ。死んだり後遺症残ったりしないようにちゃんと加減してるからぁ。それに、問題あっても間先生に頼めば大体治してくれるわ。一回死んだ人を生き返らせたなんて逸話があるくらいの名医さんなんだから」 嬉しそうに槍の刃先を指でなぞります。 「…………」 素早く天龍さんのスカートの中から目を逸らすエロジジィ。 ちなみに、間先生とはうちの基地で従軍医師を務めている方です。名前は間玄男。主な仕事は不知火たち艦娘の治療と体調管理です。入居ドックの管理もしています。医師としての腕は天才的で、一度死んだ人間を蘇生させたという逸話まであります。 博士がヤバいことになっても、間先生に頼めば問題なく治してくれるでしょう。 ガシッ。 「ん?」 聞こえた固い音に、全員が振り向きました。 岸壁に作られた柵を、真下から伸びた手が掴んでいます。今の音は柵を掴んだ音のようですね。白い手袋と白い長袖。ここから海面までそれなりに高さがあるようですが、頑張って登ってきたようです。 「司令――」 実を言いますと、不知火すっかり忘れ去っていました。 無言のまま――柵を掴み身体を引き上げ、そのまま柵を跳び越える若い男。全身ずぶ濡れで、肩に藻が引っかかっています。白い軍帽と詰め襟という標準的な服装。 我が百里浜基地の司令官です。 名前は鈴木一郎。有名な野球選手とほとんど同じ名前ですが、野球は苦手だそうです。特徴は……何も無いです。本当に、何も無いです。一度見たら次の瞬間には顔を忘れていそうなほどモブい容姿が特徴と言えば特徴ですね……はい。もし制服以外の格好をしていたら、それが司令と気付かない自信が、不知火にはあります。 「オーゥ。提督ゥ、元気そうですネェ!」 クレーンに吊されたままの金剛さんが元気に声を上げてます。 「チョーットお願いがあるんだけどサー、いい加減下ろしてくれないかナー! もう十分反省しましたヨゥ! それにベリーベリー退屈で、おへそでティーを沸かしそうデース!」 「あまり反省していないようだな……」 金剛さんを見上げてから、司令はため息ひとつ。肩に付いていた海草を掴んで海へ放り投げます。それからこちらに向かいながら、天龍さんと龍田さんを見ました。 「天龍、龍田。海上護衛は終わったか?」 いくらか引きつつも、天龍さんが答えます。 「予定取り無事終了だ。深海棲艦との接触は無し。チビたちは風呂に行かせた。これから報告書作るから、そうだな二時間待ってくれ」 「分かった。報告書を作ったら、ゆっくり身体を休めてくれ」 頷く司令官。普通に仕事の会話しちゃってますけど―― 「司令。お怪我はありませんか?」 不知火は平静を装いつつ声を掛けます。不知火の認識が正しければ、生身の人間が空飛んだり落ちたりすれば無事では済みません。普通死んでます。 「ケガはないよ、不知火。私も鍛えているからこれくらいでは何ともない」 「人間ではありませんね」 思わず本音が漏れますが、司令官は気にしていないようでした。 「しかし敷嶋先生」 「ぎくっ!」 死んだふりをしていた敷嶋博士が震えます。 倒れたままの博士を司令は片手で持ち上げました。荷物を担ぐように肩に担ぎ上げています。ぐっしょりと濡れた司令の身体に、博士は露骨に嫌そうな顔をしています。しかし司令は無視して歩き出しました。 「色々とお話があります。一緒に来ていただきたい。今回のはさすがにやり過ぎです。工廠施設と倉庫の私物化もいい加減見過ごすわけにはいかないので」 「あー。めんどいのぉ」 げんなりと呻く博士。始末書なり反省文なり書くのでしょう。でも、それに懲りず一週間くらい経つとまた爆発起こすのでしょう。うちの基地ってその辺りの軍規とかどうなっているのでしょう? 割と本気で謎です。 「行ってしまいました」 去っていく司令の背中を眺め、不知火は呟きました。 「提督ゥ、結局私のこと下ろしてくれなかったネー」 唇を尖らせながら、金剛さんがぼやいています。 でも、それは自業自得ですよね? |
天龍改 天龍型 1番艦 軽巡洋艦 レベルは50くらい。百里浜基地では古参組。 軽巡とは思えない豊満ボディが特徴。 口は荒いが面倒見は良く、駆逐艦たちには好かれている。堅実な遠征を得意とする遠征番長にして、報告書作成など事務仕事の帝王。縁の下の力持ち。 龍田改 天龍型 2番艦 軽巡洋艦 レベルは50くらい。天龍とは同期。 おっとりにっこりとした性格だが、天龍に危険が迫った時は、容赦も躊躇もない行動を取る。 変に刺激しなければ優しいお姉さんです。 提督 百里浜基地の提督。一応一番偉い人。 名前は鈴木一郎。野球選手のイチローとは、郎の字が違う。 標準的な制服を纏った若い男。特徴がない事が特徴と言えるくらいに、特徴が無い。稀に見るモブ顔。不知火曰く、制服以外の格好をしていたら司令と気付かない自信がある。 普段から鍛えているため、非常に頑丈。 |
14/6/23 |